第九話:考えるという行為で人となる
・・・・・・・・・・・・・・・・
後にぎゅーショク店長はこう語った。
いつも思ってたんだが【アマノ】ちゃんっていつも微笑んでるし天使みたいだろ?
少なくとも見た目は。
俺っちはもうそれに慣れててさ。
だからあの日【アマノ】ちゃんが来た時も天使だーとかは思わなかったわけよ。
お、【アマノ】ちゃんまた来てくれたな、くらいの感想だった。
でもその後が違った。
続いて暖簾をくぐってきた【ヒトミ】ちゃんはまあいいとして、その次よ。
いや驚いた。
白だけで統一された衣に身を包んだ神々しい存在が暖簾をくぐってきたんだよ。
特に頭に巻いた白布がやばかった。
わかるか?わからないだろうなー。
実際見てみたら納得すると思うけどな。
で、あの時ばかりは暖簾が外の世界とこっちの世界を隔てる壁みたいに見えたね。
その壁を切り開いて、天上の世界からいらっしゃったみたいな感じ。
そんでそいつ・・・いやそのお方は、俺っちのことなんて一瞥もしないで【アマノ】ちゃんの誘導だけを見てるようだった。
【アマノ】ちゃんは見た目も相まって本当に導きの天使みたいに見えたぜ。
何者かはわからなかったけどさ、俺たちとは違う・・・。
そう、住む世界が違うんだなって感じた。
神様だって言われても、俺っちは驚かないぜ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
なんか店主っぽい人に凝視された気がしたけど、なんだか問題なく席に座れた。
花嫁おっさんですみませんそのうち違う服手に入れます。
店員の誘導もなかったけど、それがまた元の世界の安居酒屋を想起させる。
街全体だと凄く未来的なのになあ。
この店・・・ぎゅーしょくには、見渡せば木の椅子に机、壁に貼ってある紙には手書きのお品書き。
照明は蛍光灯っぽいし、厨房も高い技術が使われている様子もなく見慣れた感じの光景だ。
それにお通しとして、もろきゅうが出てきて目の前に鎮座している。
完全に居酒屋だ。
【ひとみ】さんの服屋が未来的だった分、その落差が大きく感じる。
「なあなあ何食うよ!?っつっても【テル】はわかんねーよな!あたしのオススメでもいーか!?」
「あ、はい。とりあえずここによく通っている【あまの】さんのお勧めを食べてみたいです」
あ、いや【あまの】さんは割と感性があれだからもしかしたらとんでもないものが出てくる可能性も。
「オーイオヤジー!いつものー!3人前なー!」
く、早い。
透き通って綺麗なのに妙に響く声で速攻【あまの】さんが注文してしまった。
大丈夫であることに期待しよう。
というか【ひとみ】さんも同じでよかったのだろうか。
見てみると【ひとみ】さんはなんか栗鼠みたいにもろきゅうを齧っている。
・・・そっとしておこう。
厨房からは「かしこまりました!」という声が聞こえてきたけど、そこは「はいよろこんで!」とかじゃないのか。
少しだけ元の世界との差異を感じた。
「それで、色々と説明をお願いしたいのですが」
既にもろきゅうを食べ終えた【ひとみ】さんが切り出す。
食べるのすごい早い。
「あー、そうですね。まずどこから話せばいいのか・・・」
「じゃあよ!こっちに来る前のことからいこうぜ!そもそもなんであんな死にそーな怪我してたんだ?」
「え、【テル】さんはそんな大怪我をされてたのですか!?」
そうか、異世界からきた、みたいな話はした気がするけど、どうやって来たのかとかなぜ来たのかとかは話してなかった気がする。
それを話せば自然と黒い靄のことについても話すことになるだろう。
「そうですね・・・最初にそこから話すのが筋ですね。まずなんですが、俺は元の世界で、黒い靄を纏う虎っぽい獣に襲われたんです」
「「!?」」
二人の驚きが伝わる。
そうだよな。
黒球体は地面を修復しただけっぽい。
黒すまほは叩き落したからわからないけど、大怪我するようなことしてくる感じでもなかった。
今のところ明確に襲ってきたと言えるのはあの黒い獣くらいだ。
「どうにか抵抗したのですが、爪でお腹に大きな穴を開けられまして。これは死んだな、と意識を失って、気付いたらこの世界にいたというわけです」
「そ、それは・・・それなのによくあの黒スマホ?でいいのですか?アレを迎撃しようと思いましたね」
まああれは【ひとみ】さんのすまほを守るためだったのだけど、言わぬが花というやつだ。
恩を着せるつもりはない。
「だから死にそーだったんだな!でもよ!腹に穴なんてなかったぜ?」
そう、そこはわからない。
わからないから聞いてみよう。
「そこは俺もよくわかりません。強いて言えば、気を失う直前に腹の穴に向かって自分が吸い込まれるような感覚を覚えたくらいですが・・・お二人とも、何か、推測でもいいので心当たりはありませんか?」
「あーそうだなー・・・腹の穴に吸い込まれるなあ・・・そんなもんがあるとすりゃあ・・・」
「そうですね。そんな現象聞いたことがありませんが。ありうるとすれば・・・」
「「『星力』」」
そうなるよな。
科学では説明できない現象を引き起こせる方法として、現在考えられるものとしては、『星力』が一番有力だと思う。
「そうなると、私の考えではその黒い獣というのが『星力』を使った、とすると筋が通る気がします。人間以外が『星力』を使うというのは聞いたことがありませんが、未知の存在ですし、ありえなくもないかと」
「だな!あとはあたしが助ける前に誰かが『星力』で腹の穴だけ塞いでったっつーのもなくはねーけどさ!それだとこっちに転移してきた理由がわかんねーよな!そもそもそんなすげー『星力』あったらめっちゃ有名人だろーし!」
うん、もしかしたら腹の穴を開けること、転移したこと、腹の穴を塞ぐこと、別々の事象が絡んでいるという可能性もある。
でもそれを考え始めたらきりがないし、情報もまだ少ないから転移に関してはこれくらいかな。
「まあ今は情報が少ないので転移の理由は後々考えることにしましょう。とりあえずそういう経緯でこの世界に来たというわけです」
「なるほど。でも気になるのは黒い靄です。【テル】さんを襲った黒い靄の獣。そして私のお店で出てきた黒い靄の・・・スマホ?。それらには関連があると考えた方がよいのでは」
「だなー!あ!【ヒトミ】!あたしは球みたいなのにも遭ったぜ!黒い靄つきのやつ!」
「!!初耳ですね。つまり【テル】さんは3回、【アマノ】さんは2回遭遇しているのですね」
そう。
そして全ての場面にいたのは俺だけだ。
「全てに遭遇しているのは俺だけですので、もしかしたら、黒い靄は、俺の邪魔をしている可能性も考えられます。ですので―」
「はいストップ!それ以上言ったらあたしキレるぜ」
【アマノ】さんの微笑みに静かな怒りを感じる。
そうか、そうだな。
巻き込まないよう距離を取るより、巻き込んで共に駆け抜ける方が【あまの】さんらしい。
「私も母の研究成果を見れるようにしてくださった恩があります。気の済むまで勝手に付いていきます」
【ひとみ】さんも恩とは言っているが、母のすまほを大事に持っている一途さからすると、情に厚い人なんだと思う。
それなら。
「ですので―」
「【テル】!」
「【テル】さん!」
「十分注意して、いきましょう」
「――おうよ!」
「――お任せください!」
俺たちは誰からでもなく、硝子の杯を掴み、互いの杯を軽く打ち合わせて乾杯した。
中身が水なのが、ちょっと残念だ。
まあ無料で提供されているお冷だし、仕方ない。
「お待たせいたしました!ぎゅーショク定食です!」
おっと、もう完成したらしい。
提供が早いなあ。
とりあえず、一旦ご飯に集中することにしよう。
まだ話すことはあるけど、牛肉のいい香りで、忘れてしまっていた食欲が刺激されてしまっている。
【あまの】さんだけが穴をどうにかしようとしている理由とか。
文明水準が高いのに穴を放置している理由とか。
穴がなぜできたのかとか。
それらはご飯を食べてから改めて話そう。
・・・いただきます。




