ドアマットヒロイン勝利宣言
「いずれコレットの息子がヴァルジー男爵家を継ぐことになる。それまではわたしが当主になろう」
よく通る深イイ声でジャン伯父さんが宣言した。
ゼウスみたいな人だな。会ったことはないけれど。
ここはヴァルジー男爵家でしたか、はじめて知りました。
ということは、わたしの名前は『コレット・ヴァルジー』ですかね。
「コレットはリュシアンと結婚しなさい」
えっ? 今、何と?
「ひと目会ったときから好きでした、コレット。僕たちとても相性が良いと思うのです。今すぐ結婚しましょう」
「そ、そうですかぁ?」
ナニイッテンデスカね、この人たち。
「それがいいわ、リュシアン。ウフフッ、コレットさんもいいでしょう?」
「えっ?」
ロンダまで!
自分の息子とわたしを結婚させるという、そういう下心がありましたか、ソウデスカ。つまり伯父の息子を男爵家の後継者にしようということね。
でもよく考えてみて。
そもそも伯父が長子なのだから、男爵家を継ぐはずだったのでは? その息子であるリュシアンが継ぐのは当然のことなのでは?
「リュシアンはロンダの息子、亡くなったブロワ子爵の次男だ。俺に子供はいないし、そもそも俺たちは結婚している訳ではない」
「あ、そうだったんですか」
「弟一家は追放した。由緒正しい伯爵家令嬢リュミエールの娘であるコレットが、男爵家を継ぐ権利を持っている」
「そうなのですか……」
つまり、わたしには男爵家を継ぐ権利があると。たなぼた的にラッキー。
それにしても、会って早々『好きです』なんて、リュシアンの頭の中はどうなっているんでしょうか。しかもわたしガリガリに痩せて醜いんですよ?
よく見るとリュシアンってものすごくイケメンだわ。
茶色いくるくる巻き毛、ハシバミ色の瞳、鼻筋の通った、ちょっと日焼けして筋肉質な感じの青年。
二十歳くらい?
「僕のことを忘れたの? 十年前、ジャンと母とぼくが旅に出るとき一度会ってるよ。そのとき約束したよね、大人になったら結婚しようって」
「え、そうだったの?」
知らんがな。
わたし、何も考えていないアホな『琴美』だったし。
ジャン伯父さんから教えてもらったわたしの年齢は十八歳だった。『琴美』と同じ年だった。リュシアンとは二歳違い。
その後わたしとリュシアンは、屋敷で盛大な結婚式を挙げました。同時にジャン伯父さんとロンダも籍を入れました。
恋人同士だったんでしょう。
招待客は芸術家と画商だらけ。お得意様も少々。
何でも、伯父はこの国ではかなり有名な画家さんで、『巨匠』と呼ばれているらしい。芸術関係の知り合いがたくさんいるのだそうです。
そもそもジャン・ヴァルジーという人は、ヴァルジー男爵家を継ぐ気が全く無かった人で、趣味の絵を描きながら大陸中を旅する放浪グセがあったらしいのです。
伯父が海辺のリゾート地で子爵未亡人ロンダと出会ったのが十年前。彼女と意気投合した伯父は、ロンダの連れ子を伴って屋敷を出た――というか、出奔した。
つまり、弟であるコレットのクズ父に当主の仕事を押し付けたのです。
放浪芸術馬鹿でしょうか。
らせん階段踊り場の繊細な肖像画は、やはりジャン伯父さんが描いたものでした。超絶怖い大男が描いたとは思えないんだよね、フェルメールみたいに繊細なの。
だとしても、少しでも実家の様子を見に来ていれば、少しは違ったかもしれないのにね。
コレットと琴美が入れ替わることもなかったのにね。
※
伯父が戻って来ても、ヴァルジー家は貴族家としてはカツカツなままだった。なぜならジャン伯父さんは、領地の仕事はすべて家令にまかせ、絵ばかり描いていたから。
男爵家が破産寸前になって散り散りになっていた使用人の半分は、どうにか戻って来た。あの庭師のオジサンも。ロッテンマイヤーオバサンはわたしが断った。
「コレットお嬢様、今まで申し訳ありませんでした」
とか何とか出戻り使用人は言ってたけれど、そもそもあなた方を知りません。
「執務室をアトリエにする。許可ない者は入って来てはいけない」
ジャン伯父さんが屋敷の住人全員に命令した。
――この人は絵しか頭にないらしい。
巨匠というのはそういうものなんだろう。
わたしと結婚したリュシアンは、新婚半年もたたずに首都の大学へ行ってしまったし。
「僕は建築と博物誌の勉強をする!」
ソウデスカ〜、って、順番逆じゃない? アンタ学生結婚したの?
まぁ、勉強頑張ってね。
ということで、結婚したのに夫に会えるのは大学の長期休暇だけ。
義理の母になったロンダという女性は社交好きで、頻繁に芸術家と画商を呼んではパーティーを開いた。ヴァルジー家は芸術家が集まるサロンになってしまったのです。
大丈夫なのか、この屋敷。
☞次回で最終回です。お約束のハッピーエンドです。




