火炎の刑
★屋敷崩壊の序曲です。
空が白みはじめた。
お腹が空いてよく眠れなかったし、日ごとに疲労が溜まっている気がします。
「男爵様の書斎の暖炉が消えかかっているから、火をおこしなさい!」
「はい……」
(この屋敷は男爵家なのか……お貴族様の屋敷だったのかぁ……でもわたしは使用人……)
毎朝の日課になっているエントランス前の掃き掃除をしていたら、超絶怖いロッテンマイヤーオバサンに仕事を言いつけられた。
オバサンから仕事を課されるのが日課になっているのです。
日課といえば、朝と夕方に階段踊り場の小さな肖像画に向かってお祈りするようになった。これは当主像らしき肖像画の四分の一くらいしかない。でも表現手法が繊細で、人物の想いがそのまま出ている感じがする。
(この肖像画を見るとほっこりするのよね~、誰が描いたんだろう)
「イケオジ様、美人お姉様、イケメン様、どうかわたしをお守りください」
さて。
自慢じゃないけど暖炉の火なんて無理です。どうやって火を点けるのか知らないもの。実家はエアコンとコタツだったし。
電気ストーブは?
ガスファンヒーターは?
エアコンは?
ライターは?
ガスバーナーは?
この転生世界には魔法が見当たらない、普通の世界。
どうすればいいのでしょうか。
とりあえず一階奥の書斎へ行く。
暖炉? あった。
わたしが押し込められている屋根裏部屋には暖炉なんてない。お風呂もない。
大きなタライに水を入れて、それで体を拭くの。変なニオイのする石鹸で。
うぇ〜。
しかもトイレは使用人用共同トイレ。一階の裏だから、三階屋根裏部屋からは遠いの。
冬になったらどうするの?
凍死するのでは?
※
書斎の大きな暖炉の前には金属棒の囲いがある。残念なことに、暖炉の火は消えていました。
管理不行き届きだよ、ちゃんと管理してよ!
火を点けるのだから、まずは燃えるものが必要だよね。
紙! 紙!
ありました、デスクの上にたくさんの紙が積まれていました、ラッキー!
あとは燃えやすい木とか、暖炉の中でくすぶっている黒い石みたいなのは……もしかしたら石炭コークス?
黒〇事で読んだかも。
仕方ないので、コークスを捜しに行く。
裏庭で庭仕事をしているオジサンがいるのは知ってるんだ、この間ゴミ捨てに行ったとき見かけたの。
「オジサン、コークスはどこにあるか知ってる?」
「コレットお嬢様でしたか。あそこの地下にありますよ。大変でしたら俺がバケツごとお持ちしましょうか? 火を点けるんでしたら小枝もあるといいですかね」
「お願いするね、ありがとう」
「構いませんよ。そういえば、男爵夫人はあれからずっとベッドに寝たままらしいですな」
「そうなんですか」
何と、あのオバサンはベッドルームの住人になったらしい。
しかもわたし『お嬢様』でした、わ〜い!
そういえばわたし、メイド服は着ていない。屋根裏部屋には何着か古ぼけた木綿のドレスや下着、ネグリジェがある。それを洗いながら着回しているわけだけど……わたしはどこの誰?
まさか、あの小太り男爵の、不義の子?
気持ち悪い~、家族から虐げられたリアルドアマットヒロインだよ。
※
庭仕事のオジサンのおかげでコークスと小枝を用意できました――が。
火はどこでしょうか。
そうだ、ろうそくの火を持って来ればいいじゃない。
そこでわたしは廊下にあったろうそくを暖炉内に置いた紙に近づけた。
ボウッ!
やった、火が点いた!
ところがですよ。
紙から小枝に火が燃え移って大きくなり、小枝もコークスも燃えて火力が大きくなったと思ったら、煙突から炎が逆放射されたのだった!
ボボボボボボゥッ!!
「あうっ、熱い、痛い、火傷する、死ぬぅ!」
火の回りが早い、逃げなければ!
扉が重い、開かない!
ならば窓から!
わたしはデスクにあったペーパーウエイトで窓を割り、庭へ飛び出した。
ガッシャーン!!
プハ~~~、深呼吸。
ハァ……危なかった、マジで死ぬところだった。
※
「どういうことなんだ、コレット!」
また髭ヅラのオジサン――男爵様、もしかしたら、コレットの実の父、クズ野郎――に怒られました。
もう~、何なのあの人、文句ばかり!
やってらんない。
「書斎はすすだらけ、書類は全滅、窓ガラスはこなごな。この惨状をどうしてくれる!」
「そう言われましても……これは事故であって……」
バッチーン!
な、殴られた!
あの鬼のようなお母さんにだって殴られたことなかったのに!
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『琴美、夕食だよ、さっさと食べないとおかず全部食べちゃうよ! 今日はホルモンのトマトチーズ煮だよ!』
『待って~、今いいところなんだ~(フムフム、それで? 王子はどうなった? 処刑? 追放?)』
『琴美っ!』
ボフッ!
((ス、スマホ投げられた〜!))
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「食事は抜きだ、当分部屋から出るな、反省していろ!」
とりあえず謝っておこう。
「スミマセン」
※
その日も次の日も食事はなかった。ここのところ何日もまともに食事をしていない。
わたしは屋根裏部屋に監禁されたのだ。
このままやせ細って死ぬ未来しか見えない。
もう、ふて寝するしかないよね。
『果報は寝て待て』
『果報』があるのかどうか知らないけど。
ときどき、黒くて固いパンとチーズを差し入れてくれ、しかもトイレまで一緒に行ってくれる親切な使用人さんがいた。『ありがとう』とお礼を言ったら、『おいたわしや……コレットお嬢様……』と、涙を流していた。
誰が見ても悲惨よね、だって使用人以下の待遇だもの。『お嬢様』なのに、何で?
その使用人さんから聞いた話によると、書斎に置いてあった書類が燃えたことでいくつかの取引がパァになり、期待していた収入が入らなくなりそうで困っているらしい。
(そんなに大切な書類を出しっぱなしにするなんて、不用心じゃない?)
さらに、お嬢様のお見合いをやり直さなければならなくなったとか。そんなこんなで、何人かの使用人が解雇されたとか。
(『お嬢様』? わたしではなくて違うお嬢様? わたしの知らない住人がいるの? 訳わっかんない)
☞まだまだ琴美の無自覚ざまぁは続きます。次回は『衣装崩壊の刑』です、『お嬢様(悪役令嬢)』登場です。




