階段落ちの刑
「さっさと起きなさいよ、コレット! まずはエントランス前の掃除だよ!」
は?
もう起きるの?
まだ薄暗いじゃない、あり得ないんですけど。
「眠い……無理……」
「さぼろうっていうのかい!? ご主人様のお情けでこの屋敷に置いてもらってるくせに!」
ほほう、わたしは『ご主人様のお情け』でこの屋敷にいるらしいです。
孤児なんでしょうか。ま、まさか、『不義の子』?
いじめの対象?
ヤバい、怖えぇ~。
「いえ……」
「ホラ、これでエントランス前の落ち葉をきれいにするのさ、毎朝やってるだろう?」
「はぁ……」
灰色の髪を頭上でキッチリ結った、超絶怖いロッテンマイヤーオバサンに、柄の長い箒を渡され、屋敷の玄関にドナドナされた。
口答えできたのだから、話すこともできるみたい。
外のつるべ式井戸で水を汲み、顔を洗って口をすすぐ。昨日の夕方、メイド服姿の女の子を見てやり方を覚えたのよね。水道なんてないからね。桶が重いんだよね。
屋根裏部屋にはお風呂もないんだよ。トイレも。
信じられる? 浴槽とトイレがないの。
だから、暗くなって仕事が終わったら、井戸から飲み水を壺に入れ、バケツにも水を汲んで三階へ行く。バケツの水は屋根裏部屋のタライに入れて、布で全身を拭くの。
慣れないわたしは一時間くらいかかる。
しかも使用人用共同トイレは一階裏。
《ヤッテランネーヨ》
シュッシュッ……と、エントランス前の地面を掃く。
掃くだけ。
それからどうするのかは知らない。
どこに落ち葉を集めればいいのか?
集めたら燃やせばいいのか?
焼き芋でもするのか?
ライターはどこ?
もしかして、落ち葉は燃やせるゴミ袋にまとめて出せばいいの?
ゴミ袋は? 軽トラはどこ?
運転免許なら持ってるよ。
ぴゅ〜っと風が吹いて葉っぱが飛んでいった。
参ったわ〜、全然綺麗にならなかったわ〜。
シュッシュッとまた掃く。
風が吹く。
飛び散る。
掃く。
エンドレス落ち葉掃き。
「おおぅ……」
※
「それが済んだら、今日は屋敷の一階二階と階段にワックスをかけるんだよ、まずは二階から!」
「はぁ……」
「さっさとおやり、コレット!」
転生早々こき使われ、固くて黒いパンとチーズと水だけの食事でお腹を空かせ、不憫で超可哀想なコレット。
あの女の人はここから逃げ出したかったんだろうけど、よりにもよってなぜわたしに代わったの?
ところで、野菜と肉と果物がないんですけど。
食後のコーヒーとおやつも。
栄養的にどうなの?
せめて、コンビニのタマゴサンドください。スムージーも追加で。
そんな可哀そうなわたしに、ロッテンマイヤーオバサン――たぶん使用人をまとめる偉い人、名前は知らない――が怒鳴ってくるんですけど。
わたしの名前がコレットって、笑う。本当は『琴美』です。
ロッテンマイヤーオバサン早起きだな〜。
凄いな~。
早起きして仕事するなんて、さすがだな。わたしにはできそうにないや。
頭が下がります。
汚れた手を洗う暇もなくオバサンから渡されたのは、てらてらした薄黄色くてドロドロな液体入りバケツ。たぽたぽ言ってる。甘くて変なにおいがする、ウェッ。
もしかしたらこれはワックス? 油に見えるけど?
床はダス◯ンモップかクイッ◯ルでそのままサッとひと拭きじゃないの?
このバケツ、ものすごく重い。折れそうなコレットの細腕で運べる気がしない。
あそこにある、長くて重そうな木のモップをバケツに浸して拭けばいいの?
廊下も階段も長いっ! 床面積にしたらかなりあるよ。
二階廊下の端から拭けばいいの?
順番がわからない。
誰か教えて。
……誰もいない。
どうなってんの、このお屋敷。使用人がやけに少なくない?
しかも、ここの住人に出会ったことがないのよね。誰が住んでいるの?
震えながら重いバケツを持ってらせん階段を二階までたどり着いたのはいいんだけれど、持っているのが辛くなりました。この体、ものすごく生っちょろい。筋肉無し子だわ。
「あれっ、この三人、ここの住人かな?」
階段の踊り場に小さな肖像画があった。大きなイケオジと艶やかなお姉様と爽やかイケメン。
「J.V.、その下にR.B.とL.B.……うぅっ……」
とうとうわたしの腕がブルブル震え、バケツをガシャッと落としてしまったのであった。
「あぁっ!」
ワックスが階段二階の踊り場から一番下の段までぶわぁ~っとこぼれた。
あぁ~、これはヤバいかも?
ズデーン!
「ギャーッ!!」
階下から重苦しい音と叫び声が!
誰!? どうしたの!?
階下を覗いたら、派手なドレス姿の厚化粧オバサンが、らせん階段の途中ですっころび、階段落ちしていた。髪留めでカッコよく結っていた茶色い髪がほつれている。
第一住人発見!
「あちゃ〜、痛そうだねぇ」
こぼれたワックスで滑ったのかな。足元には気を付けないとダメだよ。
手すりにつかまって、周りをよく見ながら歩いてね。年を取ると骨粗鬆症になって骨折しやすくなるからね。下手すると後遺症で歩行が不自由になるかもよ。こんな世界に総合病院なんてなさそうだし。
「だ、誰か……わたくしを助け起こしなさい!」
オバサンは身体を痛めて起き上がれないらしい。あわててやって来た男性使用人に抱っこされて消えたので、詳しい事は知りません。
「何てことしてくれたんだ、コレット! さっさとこぼれたワックスを片付けろ! 罰としてしばらく食事は抜きだ!」
口と顎に髭のある、ビシッとしたモーニング姿で決めた小太り金髪オジサンがいきなり現れて、わたしを怒った。
「お前たち、ぼさっとしてないで医者を呼んで来い!」
この屋敷のご主人様なのかな。階段落ちしたオバサンは奥さんなのかな。
何だか感じの悪い屋敷。
「はぁ……」
仕方なく、こぼれたワックスをモップで適当にさばき、廊下と階段をてらてらさせたまま屋根裏部屋に逃亡してじっとしていた。
(食事はナシかぁ……これ以上仕事を言いつけられませんように……)
仕事をする気なんて全然ない。
でも、水くらいは飲みたいな。井戸へ行ってもいいのかな。
「はぁ……お腹空いた……」
このまま飢え死にするのかも。
だけど、あのオジサンは使用人を名前で呼ばないのに、どうしてわたしを『コレット』と呼ぶんでしょうか?
☞次回は『火炎の刑』です。次回もコレットの身を削ったざまぁは続きます。




