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第3話_神は神であり神だった――満月のようなまぶしい男

「原作者の俺が拾いづらい生のファンの声を届けてくれたお礼だよ。そのサイン誰にも見せちゃだめだよ?スタドロ界隈のコミュニティに上げてもだめ、来週の金曜日のスタドロ放送が終わるまではね?」 アレックスさんは口元に人差し指を立てた。


「……っ!!」


 来週の金曜日の、放送が終わるまで……先生のその言葉の持つ意味を理解した瞬間、あたしの脳内で、さらにドデカい彗星が衝突したみたいな衝撃が走った。

 ――来週の金曜日……って、スタドロ第25話……今期の最終回の放送日じゃん……!!ってことは、やっぱりこれ、最終回の……ノスフェルが奇跡の復活を遂げる時の、ガチの、本物の、最速先行ネタバレセリフ(ネ申プロット)ってことじゃん……!!


「アップするわけないじゃんバカ! 誰にも見せないし、SNSに1文字たりとも流さないし、なんなら来週の金曜まであたしの全記憶を暗号化してハードディスクの底に封印したいくらいだし……っ!!」

 あまりの国家機密レベルの情報の重みに、あたしはテーブルに両肘をついて、頭を抱えて超早口で捲し立てた。

 ――そりゃそうだ、こんなのもしネットに流出してみなよ。スタドロ界隈が大炎上するどころか、あたしは推しの、アレックス先生の輝かしい未来に泥を塗ることになってしまう。オタクとして、いや一人の人間として、そんな万死に値する裏切り、絶対にできるわけがない。


「……っていうか、何それ。生の、ファンの声、って……」

 一通りパニックになった後、先生の言葉の前半部分がじわじわと胸の奥に染みてきて、あたしの声は急にトーンダウンした。 色紙を抱きしめたまま、上目遣いで先生を見た。


 ――ネットの冷たい批評とか、数字の評価とか、そういうのじゃなくて。 ガチャガチャの前で、ただ純粋に「ノスフェルが尊い」「シナリオが神すぎる」って魂を震わせてたあたしのあの、ぶっちゃけ死ぬほど恥ずかしい限界オタクの姿が……先生にとって「届けてくれて嬉しい声」だったんだ、って思ったら……


「……っ〜、もう……本当にずるいんだけど、あんた……」

 顔の熱さが全然引いてくれない。 あたしは唇をきゅっと噛み締めて、恥ずかしさを隠すように、コーヒーのカップを両手で包み込んで一口そっと口に含んだ。


 ――……苦い。オシャレカフェのブラックコーヒー、ぶっちゃけあたしにはまだちょっと苦いんだけど、今のこの、胸の奥が締め付けられるみたいな甘酸っぱい痛みに、なんだか妙にマッチしてる気がした。


「……分かった。約束するし。来週の金曜日、テレビの前で、あたしの名前が入ったこのセリフがノスフェルの口から流れるのを……正座して、1秒も見逃さずに、リアルタイムで見届けてあげる」

 カップを置いて、ふいっと顔をそっぽに向ける。 だけど、今度は睨みつけるんじゃなくて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、素直な、照れくさそうな笑みをこぼしながら、小さな声で付け足した。

「……ありがと、アレックス先生。……あたしの声を、拾ってくれて」


「……じゃあせっかくだから、これ……」

 目の前に、すっと差し出されたスマホの画面。 そこに表示されていたのは……


 メッセージアプリの、連絡先QRコード。

「……は? え? ちょ、ちょっと待って……っ!?」

 あたしは持っていたコーヒーカップをガタッとテーブルに置いて、またしても1メートルくらい後ろにのけぞった。

 ――れ、連絡先……!? 原作者の先生と、メッセージアプリで繋がる……!? いやいやいやいや、そんなの神の領域を超えてもはや天界の通信回線じゃん! 意味わかんない、あたしのスマホが神聖すぎてあたしが浄化されて消滅しちゃうってば!!


「当日実況か、感想もらえるかな?」

 先生は、あの落ち着いた大人のトーンのまま、さらっとそんな恐ろしいことを言ってきた。


 ――来週の金曜日、アニメの最終回を見ながら、原作者本人に、リアタイで感想を直接送りつける……? そんなの、ファンとしてこれ以上の贅沢なんてこの世に存在しない。


「な……ななな、何言ってんのあんた……っ!? じ、女子高生と簡単に連絡先交換するとか、ぶっちゃけ、本当に、マジで事案だからね……っ!?」

 顔が、もう赤くなりすぎて耳の裏まで熱かった。 あたしは慌てて自分のスマホをスクバの中から引っ張り出して、胸元にギューッと抱きしめた。 画面に反射するあたしの顔は、普段のクールなギャルのみる影もないくらい、余裕をなくして真っ赤に染まっていた。


「だ、第一、あたしの感想なんて、素人の、ただの……その、従兄弟の受け売りみたいなやつだし! 先生が読んだって、ちっとも面白くないしね!」

 ――……面白くない、んだけど。もし、ここで「嫌だ」って断ったら。 あたしは、アレックス先生と繋がれる、一生に一度の、いや宇宙の歴史が始まって以来の奇跡のチャンスを、自分のプライドのせいでドブに捨てることになる。 最終回のノスフェルのあのセリフを聞いた瞬間、あたしの(ソウル)が、オタクとしての(ハート)が、どれだけ叫び声をあげるか……それを先生に直接届けることができる唯一の切符が、いま、目の前にある。


「……っ〜〜〜、もう!!」

 あたしは降伏するように、がっくりと肩を落とした。

 ――本当に、この人には最初から最後まで敵わない。大人の余裕っていうか、原作者としての包容力っていうか……ぶっちゃけ、ずるすぎる。正直、これからも連絡とりたいって思っちゃう……


「……、……でも、まぁ……。あんたが、そこまで『あたしの』感想が聞きたいって、泣いて頼むなら? ほら、作者として読者のリアルな反応をデータ収集したいってことでしょ? だから、あたしが、ボランティア(協力)してあげなくも、ない、けど……」

 ぶつぶつと言い訳を並べ立てながら、あたしは震える手でスマホを操作して、カメラアプリを起動した。 そして、これ以上ないくらい真っ赤な顔のまま、上目遣いで先生を睨みつけながら、画面のQRコードを「ピッ」と読み取った。


 画面に表示された「友だちを追加」のボタン。 あたしは意を決して、親指でそれをぽちっとタップした。


「……つ、追加、した、し。……あ、アカウント名は『YUA』だから。勘違いしないでよね、メッセージ送るのは、来週の金曜日、アニメの放送中『だけ』だから! 用もないのにあたしにメッセージとか送ってきたら、秒でブロックするからね……っ!?」

 スマホを裏返して机の上にパシッと置くと、あたしは再びスクバで顔を半分隠して、ふいっと窓の外の景色に目を向けた。 でも、画面の向こうで先生と「繋がってしまった」という事実が、胸の奥をトクン、トクンと、甘痒いリズムで焦がし続けていた。


「ああ……よろしくね」アレックスさんが嬉しそうに画面を見ていた。


 あたしもスマホの画面を見た。

「……ぷっ、あはははは! なにこれ、ウケるんだけど!」

 画面に表示された『Alexsan』のアカウントを見て、あたしは思わず我慢できずに吹き出しちゃった。

 さっきまでの心臓バックバクの緊張感が、そのアイコンのせいで一瞬でどこかへ飛んでいった。

「ちょっと先生、アイコン『フルムーンさん』じゃん! しかも、これ公式のイベントとかで関係者が被るクオリティのガチなやつだし! 顔が完全に満月で、体は執事の燕尾服……シュールすぎてマジで草生えるんだけど!」

 ――フルムーンさんといえば、ノスフェルと並ぶ作中屈指のイケメン(?)キャラ。 その尊すぎる執事ムーブと、お顔が『満月』っていう奇抜すぎるデザインのギャップで、男女問わず狂ったような人気を誇るキャラだけど……それを原作者本人が被ってアイコンにしてるとか、お茶目すぎてずるいじゃん。


「……てか、フルムーンさん推しなの? ぶっちゃけ、そこはノスフェルにしときなよって感じだよね」

 画面に映る、満月を被った先生の(たぶん)お茶目なポーズを指先でツンツンと突きながら、あたしはふっと柔らかく微笑んだ。 なんだか、遠い雲の上の存在だと思ってた『原作者・アレックス先生』が、このアイコンのせいで、急に身近な「おもしろい大人の人」に思えてきた。


 スマホをスクバに片付けながら、あたしは席を立つ準備を始めた。


 手元には、あたしの名前が刻まれた2枚の家宝(色紙)。


「じゃあ……約束通り、来週の金曜日、フルムーンさんのアイコンに向かって、あたしの最大級のパッション(感想)を送りつけてあげるから。覚悟しといてよね、アレックス先生」

 あたしは机に手をつき、立ち上がると、悪戯っぽく、でも今日一番の、とびきりのギャルっぽい笑顔を先生に向けた。


「……今日はガチャガチャ譲ってくれたり、いろいろ、……ありがと。じゃあね!」

 そう言い残すと、あたしは今度こそ顔が再び赤くなる前に、個室を後にすべく扉の方を向いた。胸の奥に、来週の金曜日への、言葉にできないくらいの期待感をいっぱいに詰め込んで。


 その時『次の満月の時にまた会おう』というフルムーンさんのセリフが突然、耳に飛び込んできた。


「……っえ!?」

 その場を離れようとした足が、完全にピキッと止まった。

 ――今の、声……。 満月の顔をして、優雅に紅茶を嗜みながら、星の運行を乱す敵に冷徹な眼差しを向ける、あの……あの、フルムーンさんの、低くて、ちょっと色気のある、あの神ボイス……!? 『次の満月の時にまた会おう……』第18話「(ほし)の涙は誰がために」の、フルムーンさんが初めて本気で怒って敵を倒してその場を去る時の、あの……全オタクが悲鳴をあげた伝説の決め台詞じゃん……っ!!


「な……ッ、なななな、何!? なんで今フルムーンさんの声がしたわけ……!?」

 あたしはロボットみたいな動きで、ギシギシと先生の方へ振り返った。

 ――個室の中には、先生とあたししかいない。店長さんも、フルムーンさんの声優さん(中の人)もいるわけがない。ってことは、今の声を、その……その渋くてカッコいい声を、いま目の前で出したのは……。


「せ、先生……あんた、今……自分でフルムーンさんの声、真似(アフレコ)した……!?」

 あまりの衝撃に、あたしの目は点になっていた。足が震えた、机に手をついていた。原作者自らの、ガチすぎる生アテレコ。しかも、声優さん本人かと思うくらいクオリティが高くて、耳が、脳が、完全にバグを起こしていた。


「ちょっと、ずるすぎでしょ……!! ストーリーだけじゃなくて、声までフルムーンさんとか、どんだけマルチな才能発揮してんのよバカじゃないの……っ!? 尊すぎて耳が幸せすぎて、ぶっちゃけ今ので命が3回くらい尽きかけたんだけど……っ!!」

 普段の低いテンションなんて完全にどこかへ消え去り、あたしは机の前に突っ立ったまま、顔を真っ赤にして、超早口で捲し立てていた。 推しの名セリフを、原作者本人の(なぜかめちゃくちゃイケボな)生声で聴かされるとか、これ以上のファンサービス、地球上のどこを探したって存在しない。


「あ、あー、もう……っ! 最後の最後まで、本当に調子狂わされるんだけど……っ!」

 あたしは両手で真っ赤になった耳を隠すこともできず、机に手をついたまま、涙目で先生を睨みつけた。 心臓が、さっきの連絡先交換のときよりも激しく、ドクドクと音を立てて暴れていた。


「……来週の金曜日、フルムーンさんが何か言ったら、今のセリフの10倍の熱量で文句(感想)送るからね!! 覚悟しといてだし!!」

 今度こそ、あたしは顔が爆発する前に、逃げるように入り口の方に向かい、個室のドアを開けようとした。あたしの頭の中は、先生のあのイケボと、胸の奥のドキドキで、もう完全にいっぱいいっぱいになっていた。


「あー、フルムーンさんの声、原作者の俺が担当してるんだ…」アレックスさんはさらっと答えた。


「……………………は?」

 あたしの足が、完全にオシャレ喫茶の床にアロンアルファで固定されたみたいに、一歩も動かなくなった。


 ゆっくりと、本当に1ミリずつ、首がギギギ……って音を立てるような感覚で、優雅に座りコーヒーを飲む先生に向かって振り返った。

「……いま、なんて、言った……?」

 ――原作者の俺が、担当してる……? フルムーンさんの声を、アレックス先生、あんた自身が……?


「ちょっと待って、意味がわからない、脳の処理が追いつかないんだけど……っ!? 声優の『満月まんげつ うるむ』って名前、あれ、あんたの、声優としての名義ってこと……!? 原作とストーリー書いて、なおかつあの作中トップクラスのイケメンキャラの声まで自分で当ててるとか、どんな神のフルコースよ、多才のレベルが人間超越しててマジで怖いわ……っ!!」

 あたしは個室のドアにすがりつくようにして、本日何度目かもわからない限界オタクの超早口を爆発させた。

 ――あの、毎週EDで満月潤の名前を見るたびに「今日も満月さんのイケボが五臓六腑に染み渡るわ……」って拝んでた、あの低音ビブラートの神ボイスが、いま目の前でコーヒー啜ってるこの「しがないおじさん」の口から出てたなんて。 っていうか、あたしさっき、フルムーンさんのアイコン見て「シュールすぎて草」とか言ったじゃん! 本人じゃん! ご本人様がフルムーンさんを被ってただけじゃん!!


「あ、あ、頭痛い……尊みと衝撃の過剰摂取で脳の血管が千切れそうだし……。待って、ってことは、あたしは今、原作者のアレックス先生であり、なおかつフルムーンさん本人でもある人と、メッセージアプリの連絡先を交換したってこと……!?」

 急激にその事実のヤバさが押し寄せてきて、あたしはスマホを握りしめたまま、その場でしゃがみ込みそうになった。 顔が、耳が、もう全身が熱くて、自分が今どんな表情をしてるのか想像するだけで死にたくなった。


「……っ、もう、本当に、なんなのあんた……っ!!」

 あたしは顔を茹でダコみたいに真っ赤にしたまま、泣きそうな目で先生を(フルムーンさんを!)睨みつけた。


「そんなの、来週の最終回、どんな顔して見ればいいか分かんないじゃん! ノスフェルの未公開セリフだけでも命懸けなのに、フルムーンさんが喋るたびに、あんたの顔が脳裏にチラつくとか、ぶっちゃけ情緒グチャグチャにさせる天才すぎでしょ……っ!」

 スクバで顔を完全にガードして、今度こそ、本当に今度こそ、個室の外へと猛ダッシュで逃げ出した。


 ――来週の金曜日なんて、緊張でスマホ爆発しちゃうし……っ! バカ、先生のバカ……っ!!


 心臓が、まるでフルムーンさんの必殺技を喰らったみたいに、激しく、熱く、体の奥で鳴り響いていた。


 アレックスさんは個室のドアが閉まるのを見送りながら、「僕自身がいろんなことで思い悩んできて作った作品で、おっさんたちに届けたいメッセージが形を変えてあんな可愛い子に届くのは嬉しいな」と目を細めていた。

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