幕間、2
母さんが死んだ所を見たばかりだったから、その男も死んでいるのだろうと。そう咄嗟に思い込んだ俺は、怖さで身動きが出来なくなってしまった。
強ばった視界に、川から這い上がったような水の跡が映る。目を凝らして見ると、男の背中には大きな傷。黒く焦げた服の間から、血に染った傷跡が覗いていた。その生々しい光景に耐えられず目を瞑ろうとした、その時。
──げほっ!
男が苦しげな咳を漏らした。
……生きている!
俺は手に持っていた籠を放り出し、急いで家に駆け戻った。まだ、母さんが作り置いていた傷薬があったはずだ。早く、早く!途中で躓きそうになりながら、必死に走った。
家に辿り着くなり、薬棚を漁る。見付けた母さんの薬は、心許ない量しか残っていなかった。仕方無しに俺が練習で作った薬をありったけ手に取り、他にも傷口を洗う為に真水の瓶も担いで川へと戻る。病気じゃないなら、きっと。きっと、この薬で。
男は同じ場所に、同じ姿勢で倒れたままだった。もしかして…と不安になったが、よく見れば背中が微かに上下している。間に合った、と安心したものの、すぐに真水を使って傷口を洗い始めた。痛みを感じるのか、体が僅かに反応している。でも、起きる様子は無い。
洗い終えた傷口は、その酷さを先程より鮮明に知らしめてきた。見ているこっちが痛くなってくる。よくよく見れば、ところどころに石のような破片が刺さっている。幸いと指で摘める程度の大きさだったので、ゆっくり抜いては傷口を真水で洗って…それを何度か繰り返した。
いよいよ、一番大きな破片に手をかける。背中の右側に、それは深く刺さっているように見えた。ぐっ、と力を込めて少し動かすと…血がどっぷりと溢れてきて、思わず手を離してしまった。
『大きくて、抜くと血が沢山出そうなものは、すぐに抜かない方がいい』
かつて、母さんが大怪我をした人に言っていた言葉が不意に頭を過ぎる。この男はすでに血を沢山失っているかもしれない。急に恐怖に襲われ、それ以上は石に触れられなくなってしまった。しかし、とにかくどうにかしなければ、と薬を手に取る。傷が深そうなところに母さんの薬を塗りこめて、その周りに自分が作った薬を塗っていく。血を止める効果もある、と言っていたから、しばらくこのまま様子を見よう。
大きめの木の枝を男の四方に立て、男が身に着けていたマントを広げて被せる。あちこち穴が開いているが、日が照ってきても多少は大丈夫だろう。
何か飲ませておいた方がいいだろうかと、残りの真水を男の頬に1滴、1滴垂らしてみる。肌を伝い落ちていった水が口に入ったらしく、喉がこくりと動いた。それをまた、何度か繰り返す。どうか、この人が助かりますようにと。そんな祈りを込めながら。




