幕間、1
俺が9つの時。母さんが死んでしまった。
薬では治せない病だった。医者を呼ぼうにも母から止められ、そんな中で幼い俺に出来ることなど何も無く。ただ、母さんから教わった煎じ薬を作っては飲ませ、見よう見まねで病人食を用意してみたりもしたが…最期は俺の手と、大切にしていたハンカチを握ったまま眠るように息を引き取った。
母さんの作る薬はよく効くと評判で、奥まった山間にある俺たちの家には、離れた村からも薬を求めてやって来る人が少なくなかった。どんな薬が必要なのかを聞き、母さんがその場で症状に合った薬を調合して渡すと、皆安心した笑顔を浮かべて礼を告げた。それを見て、母さんも嬉しそうにしていたのを覚えている。
そして後日にまた、改めて礼を言いに来ることもあった。そんな母さんを誇りに思っていたし、俺もいつかあんな風になりたいと思っていたんだ。
「私たちも、いつまでも元気でいないとね」
そう言っては、滋養に良いものを使って食事を作ってくれていた。俺はウサギやリス、川魚くらいなら捕まえるのは得意で、よく持って帰って母さんに褒められたっけ。
過ぎ去って行った日々を思い返して、胸が苦しくなる。
「アラン…お前のような子供が、ここにひとりで暮らすのは危ない。…わしの家においで」
山の麓にある村の村長が、しわしわの手で俺の頭を撫でながら、そう言った。色んな人たちに手伝ってもらって作った母さんのお墓。その前から動こうとしない俺を心配してくれたんだろう。何も言葉が浮かばなくて黙ったままの俺を、村長は急かそうとはせずに「なにかあればすぐに村まで来るようにな」と言い残して帰って行った。俺は、日が暮れても母さんの墓の前でうずくまったまま。
こんなにずっと泣いていては母さんが心配してしまうと、そう思い至って──ひとりで生きて行こうと決めたのは、その何日か後だった。
―――
ひとりで生きると決めはしたものの、子供に食い扶持を稼ぐ手段があるはずが無い。母さんから調薬を教わってはいても、それは到底売り物に出来るような代物ではなかった。となると、食糧は自給自足するしかない。幸いと母さんは小さな畑を作っていて、そこから多少の作物は手に入った。自分の分だけなら、これをまた育てていけば何とかなるだろう。
それに加えて、仕掛けておくだけでウサギやリスを捕獲出来る罠を試行錯誤して作ったり、母さんが残した手記を参考にして食べられる木の実や野草を探した。冬になれば、こうして食料を調達することは出来なくなる。──ひとりで、冬を越せるのか。それとも、村長の家を訪ねるべきなのか。そんな考えが頭を過ぎるが、強く首を振って固く目を瞑る。ひとりで生きられるようにならないと。何故かそれに固執していた俺は、あれ以来一度も、麓の村へ足を運んではいなかった。
滲む涙を手の甲で拭い、気を取り直して立ち上がる。川魚をある程度採って干物にしておけば、冬の間の食糧になるだろう。家から少し大きめの籠を持ち出し、いつもの川へと向かう。出来るだけ沢山捕まえよう。そんなことを意気込んでいた矢先。
川岸に、大きな男が倒れていた。




