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在らぬ者は名を持たない  作者: 紋 余白


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十六、『なあなあ』

あれから何日経っただろう。窓から入る光が徐々に強くなり、そしてゆっくりと赤みを帯びていったかと思えば、段々と室内が暗くなっていく。そうなると近くのランプへ火を灯して手元だけを照らした。そして夜通し作業をして、明るくなるとランプを消す。その繰り返し。

ナイフで腕の関節に切り傷を作る。調合した薬を止血剤代わりに塗り、その上から──


「ヒール」


一瞬、淡い光が放たれる。痛みは薄れていく、が…


「……まだ少し引き攣るか」


最初よりは随分マシだが、まだ治りが甘い。傷付けた場所を指の腹で撫でてみる。瘡蓋を剥がした痕のような状態までは戻っているが…腕を曲げ伸ばしすると違和感がある。出来れば動作の邪魔にならない程度までには回復させたい。となると、今手元にある素材だけでは足りないか。

傷跡に回復魔法を重ねがけし、完全に治してから立ち上がる。ここのところ部屋から出ていないし、素材の回収も兼ねて依頼を受けに行くか。気分転換にもなるだろう。




ギルドへ訪れたのは何日ぶりだろうか。昼時ということもあり、普段来る時間帯よりは空いていた。依頼が貼り出されている掲示板へと向かい、薬草採取と同時進行出来そうなものを探す。

──あった。森の深部にある素材集めの依頼と、その近辺に出現する魔物の討伐依頼。それらを手に取ろうとした矢先、魔物討伐依頼の紙を横から引ったくられた。稀にある事だが…その時は何故か、よく分からない確信めいたものがあり、咄嗟にその人物の方へと顔を向ける。


「おっと、こりゃ失礼!」


その男──ポッテは軽薄な笑みを浮かべながら、依頼の紙をひらつかせた。俺はもう一方の紙を取り、懐に仕舞う。


「行く先は一緒だな」


明らかに驚いた表情で、ポッテが俺を見た。自分でも、何故そんなことを言ったのかは分からないが…新たな風をもたらしてくれたこの男に、研究の進捗を伝えておくべきなのかと。そう思ったのかもしれない。

それだけを告げて踵を返し、ギルドから出ようとする俺の後をポッテが追ってくる。


「待て待て!今から行くのかよ?昼飯食ってからにしねぇ?」

「そのつもりだから安心しろ」


ポッテは安堵した様子で、やれ何処の食事処に行きたいとか、今日は何を食べる気分だとか、聞いてもいないことを饒舌に語り始める。特に場所を決めていなかった俺は、ポッテが進むに任せてついて行くことにした。


奇妙なやり取りだ、と。そう考えているのに、居心地は悪くない。行動を共にするデメリットは、あまり無いように感じられた。


──それが正しい判断なのかは分からないが。


今は深く考えずとも良いんじゃないか。不思議と、そう思えたのだ。

第一部はここまで。次回から第二部となります。

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