十五、『新たな風』
「あのタイミングで呼び間違えるのはおかしくねぇか?」
目が覚めた男は、いかにも不満そうに口を開いた。何の話だか分からず首を捻る。
「『ボッチ』っつったろ。ポッテだ!今覚えろ!」
「…!?」
咄嗟に口にした気はするが、まさか間違えていたとは思わず言葉に詰まる。
「それは、……本当にすまない」
無意識とはいえ失礼な振る舞いだったと頭を下げた。それを見た男──ポッテは、何故か罰が悪そうに頭を掻いている。
「…まぁ、介抱してもらった分でチャラにしてやるよ」
「そうか。ありがとう、…ポッテ」
「……おう」
礼を言われたのが余程嬉しかったのか、ポッテは満面の笑みを浮かべて立ち上がる。ふらつく様子もない。薬はしっかりと効いたようだ。服はまだ生乾きだが、そろそろ移動しなければもう一晩、森で明かすことになってしまう。
焚き火の処理をしてマントを羽織り、川の様子を確認する。雨の影響は微々たるもののようだ。再度キラービーに遭遇しないとも限らない。万が一の為、逃げ道となる川に沿って移動すべきか。
「街へ戻るには少し遠回りだが、川沿いを行く」
「あー…またアイツに出会すかもだし、それが確実そうだな」
同意を得るなり、忌避剤をポッテに振りかける。頭から掛けた為か大いに咳き込んだ。
「ゲッホ!!鼻っ、鼻にくる…!!」
「念の為だ」
顔をゴシゴシと擦っているポッテを他所に、自分のマントにも振りかけてから漸く歩き出す。
警戒しながら移動し、森の出口へ差し掛かる頃には日が落ち始めていた。後ろでポッテが安堵の吐息を漏らす。と、直後に傷を抑えて小さく呻いた。
「っ、てぇ〜……」
「街に着く頃にはその薬草を剥がして、回復薬で傷を塞いでいい」
あれから随分時間が経った、しっかりと解毒されているはずだ。その説明にポッテは首を傾げる。
「魔法で毒消したり回復した方が早くねぇか?」
「俺は簡単な回復魔法しか使えない。薬があるから覚える必要性を感じなかった」
自分ひとりで動く分には、止血さえ出来ればあとは薬でどうにかなった。
「あー、そりゃ確かにそうか。でもさ、薬だけだと治療すんのに敵の前で動けなくなっちまうだろ。使えるようになってもいいんじゃねぇのか、解毒魔法と回復魔法」
理屈は分からなくもない、が。恐らく俺は、母から譲り受けた調薬の技術を軽んじたくないのだろう。黙り込む俺にポッテは続ける。
「薬と一緒に使ったら効果すげぇかもだしな」
「───!」
思わず目を見開く。
同時に使う……考えたことのない視点だった。魔法を使うことに制限があるこの身体では、上級の回復魔法を使ったところで別の異常が出るのは明らかだ。それならば調薬技術を磨けばいいと、それだけを指標にしていた。
だが、魔法との相乗効果を狙えば───持ちうる知識の中で、相互に作用しそうな組み合わせを思い浮かべていく。実際に試さないことには確実なことは言えない。しかし、
「試してみる価値はあるな…」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、ポッテは意外そうな声を漏らした。
「お?案外頭柔らかいんだな、お前」
その言葉が聞こえてはいたが、頭はこれから試行すべきことでいっぱいになっていて。街に着くまでの間、黙々と思考に耽る俺の隣を、ポッテは黙って歩くだけだった。




