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8月4日に出会った彼女 9


 あの日から、ぼくらは週に何度も夕飯を一緒に食べる仲になった。お互い、すでに組まれているシフトをいじらなかったので、どちらかの休みの日や、彼女の休日前などに「広場」で待ち合わせた。サイゼリヤ、定食屋、スープカレー屋、吉野家等々・・・・・・どちらも独り暮らしの生活にはそれほどの余裕はなかった。食事と一緒にお酒は飲まず食後にコンビニでビールと軽いつまみを買い、駅前の広場でぼくの終電まで色々なことを話して夏の夜を過ごした。


 彼女は大学を卒業すると洋酒メーカーに就職していたらしいのだったが、今年の春に退職していた。一方的な誤解からつまらない社内恋愛に巻き込まれてしまい、給湯室で何度も同じ課の女の先輩とモメ続けた末、顔にお茶をひっかけられたそうだ。その日、課の全てのパソコンが一斉にダウンしかねなかったほどの金切り声を突然に発した先輩は、複数の人間がそれこそお茶やコーヒーを噴き出し唖然とするオフィスを、ミュージカル女優然とし、卑猥で下品な歌を歌い呪いの踊りを披露しながらゆっくりと横切り、ある意味において性器のような角を生やしたまま休職に入ってしまった。

 以後、彼女は自分が先輩にお茶をぶっかけたらしいよ、との噂に「馬笹村」のひまわりを心に咲かせ無言で耐え続けた。それでもどうしたことか、今度は労るふりをしていたとしか思えない、その相手の男からLINEのブロックと解除を繰り返された。気づけばまるで精神の高利貸しと化している若禿げの営業課へ、もう誤魔化しようのない殺意を覚えていた。

 彼女は心の中のひまわり以外、誰にも相談することなく自己都合により退職し、まだ親にも言っていないそうだ。帰省したときに話す、と言っている。そのとき再びの仕送りも頼んでみるそうだけど、たぶんそれは冗談だと思う。


 ぼくは彼女にあの「彼女」のことを話した。ぼくらと同じ年で顔もとてもよく似ていたんだ、と言ったらその「彼女」に、若禿げを殺めていて欲しいわね、と笑った・・・・・・

 


 ・・・・・・どうしてか、いつも閉まっている踏切が長々と開いていた高校二年の一学期の期末テスト期間だったあの日の朝、誰もが細やかな幸運を享受し、朝から熱した線路の上を横切るなかで、一人だけ自転車を押している女の子がいた。「彼女」の自転車は女子高生らしからぬ、古いものだった。クリーム色の太いフレームは、足腰の強い昭和のおばさんみたいに太く、溝の減った車輪も太かった。変速ギアのついていない車体で坂を上るときのペダルの重さが想像できる女子高生はそれほどいないと思うし、下り坂では速いだけではない力強い加速のスリルを知る者は他にいなかっただろう。おまけに前かごも少しばかり凹んでいた。リアフェンダーに貼られたぼくらの高校名の入る赤いステッカーは、リアル過ぎるコスプレの小物みたいだった。

 夕方のお母さんがお肉や野菜の入るビニール袋を両方のハンドルに吊り下げ、前かごには5キロの米を入れ、すっかり生意気になった高校生の息子や娘の腹立つ態度を思い出しながら、でもやっぱり幸せな献立を考えるに適した、そういう自転車だった・・・・・・


 踏切で追い越したとき、実は彼女の自転車のチェーンが外れていたらしいことを知ったのは三教科のテストが終わり帰りの学活を待っているときだった。

 二年生になってクラス替えをしたとき、通学路が重なる素敵な女子と一緒になり、ぼくは密かな好意をもっと強めていた。そのくせ特に親しく口を聞いたことはなかった。年頃の無駄な自意識も人並みにあったし、ぼくはクラスの隅にいる生徒で彼女は割と真ん中にいたことも要因だったのだろう。

 そんなわけで、通学時にもよく姿を見かけていたけれど声を掛けたことなどなかった。もちろん彼女もぼくをスルーしていた。彼女に好きな人がいてもいなくてもスルーされていたことだろうが・・・・・・



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