彼女の頭の中にある寓話 6
青白く透けている、おかっぱ頭の女の子は黙ったままジッと「虫」を見上げました。彼女は透けているとは言え、背後が見えるわけではありません。きれいな青白い立体の輪郭があるだけです。触れられそうで触れられない、深い透明度を保つ小さな女の子です。
「君にお願いがあるんだけれど、聞いてもらえるかな?」辛うじてそこが瞳だと分かる位置に視線を持っていきたかっので、腰ほどしかない彼女の背丈に合わせ屈みました。
「・・・・・・」
「誰か、大人の幽霊を紹介して欲しいんだ。出来れば親切っていうか、優しいっていうか、まぁそんな感じの誰かを知っているかい?」
「・・・・・・」
「君は一人なのかな?」
「俺を人数に入れなければ一人ってことだろうな」
まるで地下2000mくらいの暗闇然とした、真っ黒い彼女の影が答えました・・・・・・
「虫」は飛び上がるほど驚いたのでしたが、腰が抜けるほど驚いてもいたので、体を貫く電流は上下に相殺されたらしくしゃがんだ状態で全く固まりました。
「勝手にしゃべらないで」幼い女の子の幽霊は初めて口を開きました。
「お前がしゃべろうとしないからだろ」影が言い返します。
「勝手にしゃべらないで。いい?」
「あぁ、分かったよ」
二人の意外性に満ちた力関係に「虫」は固まったまま少し笑いそうでした。
川面に反射する陽の中で、曇りガラスを見ているようなほど大量に舞っていたカゲロウの命は尽き果て、光に透ける薄い羽は全て下流へ流されていました。
右半分だけの鮮やかな月が上り、黒光りした小川に揺れているだけです。水量は変わらないはずなのに水音が大きく聞こえました。たぶん目が見えるからなのでしょう・・・・・・
既に要件を伝え終わっていた「虫」は河原の小石の上に座ったまま、一旦姿を消した彼女からの返事を待っていました。つまりすっかり陽が落ちて月が上るほどの時間を一人で待っていたということです。河原の気温はグッと下がっていました。夏の気温が昼と夜の境を失くしたのはここ最近のことなのです。
世界にはもう「わたしたち」しかいないこと。他の幽霊はみんなこの星に嫌気がさして違う星へ行ってしまったこと。仮に他の幽霊がどこかの隅っこや「何か」の裏側にいたとしても、奴らはバッタもん(だと、月明かりにさえ黒々するのだろう、地下2000mの暗闇は言っていました)でしかないこと・・・・・・思えば、どこか予感しなくもなかった「来訪者」が立てた仮説に少しだけ笑った二人は何も答えず、そのようなことを教えるだけでした。
半月の晩ほど、失ったモノの大きさと手に入れたモノの価値を比べるに適した夜はありません。かつて動き回る自由を手に入れた巨木は失った愛と影のことを、夜空に見えない片側の半円に見つめます。
・・・・・・まだ若いのに俺たちよりも大きいのは気に入らない、要約するとただそれだけの理由で、森の古木たちから四六時中文句を言われ、年輪の近い連中や古木に気に入られようと攻撃的な虚言を競う遥かに若い輩から罵倒されることが少なくなかった無口な巨木。唯一彼を味方していたのは、内に宿る原始的な精霊―それは「愛」でした。




