表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/28

8月4日に出会った彼女ー彼女の一人称 5ー


 日陰の隅に僅かばかりの残雪が認められる、無駄に広いだけの庭に面した廊下には金盥の中に入れた古い鋳物の鉢が置かれていた。毎年結実する冬から春にかけ、他所の家よりも過保護に扱う「シロミノ万両」を越冬させているのだ。大雪がガンガン降らなければ「万両」など通年野外で育てても問題ないのだろうが、生前の祖母がどの「鉢」よりも大切にしていた。話に聞くところ父がまだ幼かったころ、霜が降り始めると家の中へ入れる、入れないを巡り意地になった祖母は祖父と言い合いをし、決して譲らなかったそうだ。そうして祖父が他界すると祖母は誰とも言い争うことなく、息子たちの誰かを使い庭の「鉢」を廊下まで持ち上げさせた。記憶がないほど私がまだずっと幼かったころに祖母も他界した。長男の父は家に入れる必要なんてない、と今でも信じているはずだが、一方では今でも母親のことを想っているのだろう「鉢」は相変わらずぬくぬく冬を越す。

 樹高40~50cmほどで三株植わる「シロミノ万両」の白い実は、色の濃い葉の下で今年もたわわに実っていた。


 ・・・・・・あの細い一本の茎が揺れたのは、母が作り置きしてくれていた私の「朝ごはん」を一人で食べ終わり、台所から自分の部屋へ戻るときだった。廊下の窓は閉まっていた。薄いカーテンが端から端まで広がっていて、春めいた午後の陽ざしは更に薄まり、廊下を裸足で歩く私にも「鉢」にも影があるのかないのか? そんなことよりも足裏の冷たさに、スリッパを履き忘れている、と気付いた。家族が誰もいないとき私は台所の椅子に胡坐をかいて食べることを好む。だからそのときに脱いだままだったのだ。


 実も葉もつまり茎ごと揺れて見えはしたものの、スリッパを台所へ置きっぱなしにしている方が現実的問題は生じる(そのうちパートから戻ってくる母に見つけられ、上京してから予想される私の生活をグダグタ言い出すに決まっている)ので、一度戻った。そして再び「鉢」の横を過ぎるとき二つの白い実はそこに落ちていた。確かに春になると実を落とし始めるのだったが、大概は「鉢」の中に落ちた。しかし「鉢」を置く金盥でもない廊下に落ちていた。もっと言えば不自然なくらい離れてだ。それでも私にはどこか当然のことのように小さな二つの白い実はそこにあったのだった。

私は一つを仏壇の右下の抽斗に入れ、もう一つには透明なマニキュアでコーティングを施し今もピアスの小物入れのなかに保管している。


 生前の祖母が大切に世話をしていた万両から「あの娘も都へ一緒に連れて行ってやりな」あるいは「連れだった気になるから、そのつもりで受け取りな」と言われた気がしたのだ。

 当時の私と歳の変わらない祖母の「姉」は私と一緒に上京したかったのだろう、と思う。あるいは、嫁いだ母を「鍛え直した」という祖母自身だったとしたら恐ろしくてけっこう笑える。言うまでもなく、一人で上京する不安はこの昼過ぎを境に払しょくされた。


 これほどあからさまな経験はない。でも私は「客観的に見ると不合理な事象」への理解力がこれまで以上に深くなったわけでもない。ロック好きが、最高だと思える新たなバンドを発見したとしても、より深くロック自体を好きになることはないのと同じようなものだ。


 私はこれまで家族の誰にも話してはいない。それは「誰にも」話したことはないということでもある。また仏壇の抽斗に入れていたもう一つの「実」は、上京してから初めて帰省したときこっそり確かめてみたのだけれど、どこにもなかった。そのことについても別段不思議に思ってはいない。こちらの「実」はしょぼしょぼに枯れていたに違いなく、盆前と年の瀬に父が行う仏壇大掃除のとき(少しは何かが心に引っかかったかもしれないけれど)なんかよく分からないゴミとして単に捨てられただけだと思うからだ・・・・・・



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ