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8月4日に出会った彼女ー彼女の一人称 3ー


 「で、そのバーちゃん(世界遺産のバーミヤンから取った名前らしいが、ファミレスで十分だろ!)が、ときどき慰めてくれていたんだよね。喋るんだよ、そういうときって」

 「あなたが落ち込むことなんかあるの?」

 瀬田がここで突っ込まれたいと思う通りの突っ込みを佐伯は入れた。

 「何をどう喋るんですか?」

 私もまだそのときは役割を知っていたし、ぶり返す内なる何かに気がつかないでいたのだ。

 「たとえば俺、志望校だった大学を落ちちゃって、四、五日部屋で塞ぎ込んだんだ。二人の姉はそれぞれ無難だったのに、俺だけ落ちて、でも浪人は考えられない。だから引っかかった一つに行った。学生として上京するつもりでいたし、親もそのつもりだったんだ。バーちゃんが俺を心配して部屋の前で寝ていることを知ったのは、合格発表があった日の夜。さすがに眠れなくて、悶々としているうちにトイレへ行きたくなったんだよ。どうだろう? 一時とか二時ごろだったかな。ドアを開けたら暗い廊下で丸まっていて、黒猫だから分からないくらいだった。で二階の廊下の先にあるトイレまでついてきて、また部屋の前で丸まろうとしたんだ。中には入ろうとしなかった。誰からも独りでいたい俺の気持ちを察していたんだよ。日中のバーちゃんは二階に上がっては来なかった。そういう晩が続いていて、ようやく俺は慰められていることに気が付いたし、人って夜中になると思い詰めちゃったりするでしょ? たぶん警戒してくれてもいたんだと思う。最後の夜、俺は暗い廊下でバーちゃんの背中を摩って明日から学校に行くよ、って言ったんだ。バーちゃんは暗い階段を降りていくとき振り向いて、モウ、アンシン、って言ったんだ。ニャー、ニャンシンって感じでね」

 僅かな酒で真っ赤な顔をする瀬田が右の手首を前方へ折り曲げ拳を丸め、猫招きの真似をすると佐伯はこちらへ倒れ掛かるように笑い崩れてきた。

 間違いなく首元のDior(だとさっき言っていた)香が濃くなっている。トイレに行きスマホ連絡のみならず発情のアピールも欠かさずにしてきたんだ、と思うと、急に腹が立ってきた。

 「でも、あれですよね。植物も意思の疎通を図ったりしますよね。たまにそういったモノを示したりしますよね?」私は、佐伯のDiorに腹を立ててしまった内心に留意したからこそ無理して微笑み言った。つまりそれはどこか挑戦的でもあたったのだろう。

 「植物はないっしょ」

 目の前で笑い転げる女の全面的な狼煙を嗅ぎとっているに違いない、既に合意へ達したオス猫は少し驚く表情を上手く誤魔化して笑い、断言した。

 「かおりちゃん起き上がると、意図的だったかどうかは分からないけれど、胸のブラジャーをモソモソ直した。、意図的だったかどうかは分からないけれど、胸のブラジャーをモソモソ直した。

 「草に想いを示される、ってなんかすごいよね」瀬田は本気で笑った。瞬間的であっても間違いなく相手を見下すものだった。

 「いやいや違う違う、草じゃなくてお花よね?」どうせすぐに外すか、外させるかする胸の下着をフィットさせた佐伯は、お花よ、お花、と連呼した。瀬田は自分で「草」って言ったぞ、と指摘する。佐伯は我慢しきれずに笑い出し、私のことを思う、というよりも女同士の関係上という意味で瀬田を悪く言い、テーブルの上で小ぎれいにたたまれていたおしぼりを投げつける振りをして、最後には実際に投げつけた。二人は前戯の前戯をおっ始めたってわけだ。



 もし草だ花だと変に笑われでもしていなければ、私はもっとムキになり、あの「ひまわり」のことを事例として述べていただろう。さらには祖母が大切にしていた「シロミノ万両」の実に励まされた経験を口にしていたかもしれない。

 そこそこお酒を飲めてしまう私は、例外なく酒の席での失敗はいくらでもある。でもそれらは翌日になっても笑われ、私は恥ずかしさに溶解するか自然発火してしまう類の、同席者に対する申し訳なさと幾らか自分を傷つけてしまうことで手打ち可能なものでしかない・・・・・・そう信じている。


 私は酒の席で腹を立てることはこれまでそうそうにはなかった。それを鑑みるとこれまでは同席者に恵まれていたのかもしれない。しかし無精ひげの坊主頭に目がくらみ、学生の頃同じクラスにいたら絶対に友達にはならない、なれないタイプの輩、否「猫」たちと酌み交わす今夜を待ちわびてしまっていた。極して言うならば腹を立てたのは、そんな私自身に向けてだったのかもしれない。

 とにもかくにも、こんな連中に、少なくとも「シロミノ万両」の実の話をしなくて本当に助かった。ドブに捨てられてしまうことを承知で、わざわざ差し出してしまうところだった・・・・・・




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