第二章 九話
「ああ、三年前だったかな。三ヶ月くらいほとんど起き上がれなかったんだ」
「なんの病気だったの?」
「……さあ? 誰もそれを教えてくれなかったからな。あん時ほど大人にムカついたことはないぞ。なんか大人たちは一堂に会してこそこそ話し合っててさ。俺をロンの部屋に入れてもくれないんだからな」
そのときのことを思い出したのか、カークは憤慨したように道端の小石を蹴飛ばした。
「あったま来たから、誰も居ないときを狙ってコッソリ忍び込んだら、見たこともない大人がそこに居てさ。やっぱりロンには会えないし病状も分からない。だから……ロンの親父さんがヴォードから帰って来た時にはマジでやばいと思ったんだ。まあ、ああ見えてロンって意外としぶといからな。何とか持ち直してくれたから良かったけどさ」
幼なじみが元気になってくれたことが何よりも嬉しいというように、カークは満面の笑みを浮かべる。
「そういえばそのすぐ後くらいだったんじゃないか、カーク? 陛下がロン殿を宮中に召したのは」
当時いささか周囲が騒然としたことを思い出しながら、メイルードは口を挟んだ。
ロンはいちおう華族の子弟であり、十四歳で宮仕えをすることは特に珍しい事ではなかった。
けれども病後の少年を何故いきなり召すのか。不思議に思ったのは、メイルードも例外ではない。
「……うん。そうなんだよな。もともと宮仕えするって決まってたらしいんだけど、普通ならあんな病気をした後だから延期してもいいはずなのにな。ロンもあれで負けず嫌いだからなあ。止めるミリアさんに意地を張り通したらしいよ。約束を違えるわけにはいかないって」
「あははっ。ロンらしいねえ。あいつってば、意外と頑固だもんねえ」
フィアセルは楽しそうに声を上げて笑った。
「昨日だって顔色は死にそうだったけど、けっきょく最後まで『休もう』とか『もうダメだ』とか。そんな弱音も吐かないで王都まで歩き続けたんだもん」
死ぬほどの病気をしたというのを聞いて、あんなに歩かせたのは少し申し訳なかったかなと一瞬だけ思った。
しかしそれは三年前のことで、今ではもう元気なのだから。もう少し身体を鍛えて体力を付けた方がいいんじゃないかと思いなおす。
「カークでもメイルードさんでもどっちでもいいけど、クレスセルトに帰ったら、少しロンを鍛えてあげなよ。たかだか半日歩いただけでへたばるような体力じゃあ、人としてどうかと思うもん」
神殿に向かってのんびりと歩いていたフィアセルは、くるりと二人を振り返って笑顔をつくる。
「鍛えてやるっていうなら、俺よりメイルードさんが適してるよ。俺はまだまだ人並みだから」
カークはフィアセルの視線を受けて、もと練武館の師範だった青年をにこやかに見やる。
「…………」
メイルードは僅かに眉を上げて苦笑した。
鍛えている武人ならともかく、普通の人なら半日も休まずに炎天下を歩き続ければ疲れてヘタばりもするだろうと、元気すぎる彼らに思わず突っ込みを入れたくなる。
けれどもロンの体力が無さ過ぎなのも確かなので、とりあえず黙って頷くことにした。
「じゃんじゃん鍛えてやってよね。ついでに、あのひねた性格も治るといいんだけど」
くすりと笑って、フィアセルはぴょんっと階段を一段飛び乗った。
「でもとりあえず、今は私と一緒にアユラ様に言い訳してね。二人とも」
目の前に、大陸を代表するフォン=ティエンの神殿が天高くそびえるように建っている。その中では、ここの司祭たちをまとめる役目にあるアユラという女性が自分の帰りを待っているだろうと思われた。
もし自分たちが王宮を出た時点でロンが神殿に知らせを出していれば、帰宅予定時間を大幅に過ぎていることになる。
大司教ロイルは怖い人ではないけれども。その前に会わなければいけない司祭長のアユラが、フィアセルは苦手だった。
やはり一人よりもみんなで言い訳した方が心強い。
「お願いねっ!」
フィアセルは、ぺろりと舌を出して笑った。
短くて済みません。
次回はもうちょっと長めに更新します・・・




