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森は静かな幻想迷宮  作者: 風祭
第二章 『水の都レジス』
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第二章 八話

「ねえ、カーク。変なこと言ってもいい?」

 フィアセルは眉間にしわを寄せ、内緒話をするようにカークの方へ顔を向けた。

「ん、なに?」

「……私たち、なんか付けられてるみたいじゃない?」

 自分たちの十メートルほど後ろを何気なく、しかしずっとこちらを伺うように歩いている青年を、フィアセルはそっと視線で指し示しす。

 一時間ほど警邏(けいら)隊の派出所で話をしたあと、キャロラインに馬で湖の船着場まで送ってもらった。

 彼女は王都に急ぎで用があるとかですぐに帰ってしまったのだけれども。そのあとからずっと、あの青年が近くにいるような気がして仕方がなかった。

 どこか厳しい顔の左額から右頬にかけて斜めに走る大きな傷跡が特徴的で、見間違えることはないとフィアセルは力説する。

 最初は特に気にしていなかったのだが、船を下りてファーラント・ビューロに入ってからも背後に着かず離れず居るその姿を見つけて、自分たちを付け狙う変質者か犯罪者じゃないかと気味が悪くなったのだ。


「あっ。自意識過剰とか言わないでよね、カーク」

 フィアセルは先手を打つようにそう言って、金髪の少年をじとっと見据えた。

 こんなに気持ち悪い思いをしてるのに被害妄想などと言われたら、いくら自分でも傷付くというものだ。

「あははっ。そんなこと言わないよ。俺は気付かなかったけど、そいつ問い詰めてみよっか?」

 カークはにやりと口元を上げ、何かを提案するように悪戯な眼差しを少女に向ける。フィアセルは彼のやりたいことが分かったのか、了解するように軽く片目を閉じて見せた。

 お互いに言葉を交わさないままにんまりと笑い、アイコンタクトで一気に走り出す。慌てて自分たちを追いかけてくるであろう青年を、次の曲がり角で待ち受けるという極めて単純な作戦だった。

 案の定、青年は足早にこちらへと向かってくる。

 やはり自分たちをつけていたのだと確信して、フィアセルは言霊を使ってその変質者をこらしめようと胸の前で指を組んだ。

「あっ! ちょっと待った、セル!」

 フィアセルのその行動を片手で押しとどめて、カークは驚いたように声を上げた。

「あの人は変質者じゃないぞ。俺が通ってる練武館で去年まで師範をしてたメイルードさんだ。何度か指導してもらったことがあるからな。人柄は保証できるよ。それに確かキャロラインさんの幼馴染だったと思うし」

 走ってくる姿を見ながら楽しそうに言うと、カークはぶんぶんと青年に向かって大きく両手を振った。

 どうして彼が自分たちの後をつけていたのかは分からなかったけれど、よく見知った顔ということで、問い詰めるどころかにこにこと笑っている。


「……やあ。カーク。久しぶりだな」

 メイルードと呼ばれた青年は、自分に振られる手とその人物を確認すると僅かに苦笑して立ち止まった。

 そうして今度はゆっくりと、角で待ち構えている二人に歩み寄る。

「ほんと久しぶりですよねー! 練武館をやめて、今なにやってるんですか?」

 カークは嬉しそうに笑って青年を迎え、世間話に花を咲かせようとする。

 フィアセルはぷくりと頬を膨らませてそんな少年を見やり、そうして斜めに傷の走ったメイルードの顔を不審そうに睨み付けた。

「ストーップ! 知り合いだっていうのは分かったけど、なんで私たちのことずっと付けてきてたのか訊いてから和んでよね、カーク?」

 いくら顔見知りだからと言っても、付けて来たその事実が消えるわけではない。だから理由を聞くまでは、やたらと気を許さないぞと、フィアセルの表情に意志の強さが浮かび上がる。

「……いや。すまない。船の中で君たちがフォン=ティエンの神殿に行くと話しているのが聞こえたから、ついていこうと思ったのだ。実は私もそこに行く用事があったのだが、道を知らなくてな」

 こほんと軽く咳払いをしてから、メイルードは少し笑った。

「素直に一緒に連れて行ってほしいと頼めばよかったのかもしれないが、私にも武人としての面目があってな。言い出せなかった。まあ、結果的にはもっとも恥ずべき行為になってしまったが」

 なんとか言い訳をしながら、やっぱり武骨な自分には尾行などというものは性に合わないと、メイルードは内心溜息をついた。

 自分のこの面体は目立つし、カークには顔も知られている。だから余計に彼らの監視には不向きだと思ったのだけれど ―― 是非にと言われ、断りきれなかったのだ。

 頼まれたのがキャロラインにでなければ、絶対に引き受けなかっただろう。メイルードはほのかに自嘲するような苦い笑みをその頬に浮かべた。

「ふうん? このあたりには神殿以外に高い建物ってないから、あの時計塔を目指していけば迷うことはないって言われているんだけどな。すべての道は神殿に通じているんだしね。知らなかった?」

 フィアセルは天を振り仰ぎ、離れたところに高々とそびえたつ神殿の時計塔を仰ぎ見た。このあたりに住む人間で、そのことを知らない者は居ない。

「……そうなのか。もっと早くに知っていれば、君たちに不快な思いをさせることもなかったな」

 もちろんメイルードだってそんなことは知っていた。けれどもいけしゃあしゃあと、申し訳なさそうな表情を作ってそう言ってみせる。

 内心、冷や汗をかいていたけれど。


「そういや、メイルードさんは方向音痴なのが玉に瑕だって、昔デリド総長が言ってたっけな」

 カークは思い出したようにぽんと手を叩くと、呵々大笑するようにそう言った。

 一瞬、メイルードは驚いたように少年を見やった。そんなことは言われたことがない。ましてや自分は、決して方向音痴などではないのだ。

 もしかすると、カークは自分に助け舟を出してくれたのだろうか?

「どうせ俺たちだって神殿に行くんだし、一緒に行ってもいいんじゃないか、セル?」

 カークは旧師に明るく笑んでみせてから、楽しそうにフィアセルに向き直った。

 メイルードがこうも必死に誤魔化そうとするからには、何か深い事情があるのだろうと思ったし、その真面目な為人(ひととなり)は知っているつもりだった。

 だから、悪いことはないだろうと。信じてもいいと思ったのだ。

「……うーん。まあ、そういうことならいいけど。人は見かけによらないんだねえ」

 顔に大きな疵のある、一見すると怖そうなこの人が極度の方向音痴だとは……。彼が道に迷って右往左往している姿を想像して、フィアセルは可笑しくなった。

「それにしても、王都の近くって変わった人が多いんだねえ。顔は怖いのに方向音痴な武人さんとか。おとぼけな能天気衛兵とか。ロンみたいにめちゃくちゃ体力のない軟弱学者とかさ」

 昨日と今日で出会った人々を思い返しながら、フィアセルはくすりと笑う。

「そうだなあ。シルクス陛下の周りには癖のあるやつが多いかもな。そういうのが好きらしいよ、あの人」

 話題に出た面々を思い起こしながら、からからとカークも笑った。

「でもまあ、ロンは変わってるというか、あれは仕方ないんだよなあ。あいつ前に病気で死にそうになったことがあるんだ。今でもあまり体力が戻ってないんだと思うぞ」

「そうなの!?」

 フィアセルは目をまるくして、ロンの幼馴染である少年に眼を向ける。カークは少しやるせなさそうに肩をすくめてみせた。

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