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森は静かな幻想迷宮  作者: 風祭
第二章 『水の都レジス』
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第二章 十話

 すでに一般の参拝時間が過ぎたフォン=ティエンの神殿は、人の姿もなく普段よりも一層の静寂に包まれていた。

 神殿に仕える司祭たちも一日のお勤めを終えて、夕食までの時間は調理当番以外は私室で自由に過ごしている頃だった。


「もしかしたら、アユラ様に会わずに済むかも」

 人気ひとけのない廊下を歩きながら、フィアセルは二人の道連れを振り返ってにこにこと笑う。

 このままこっそり自室に戻って、夕食時に知らん顔で参加すれば帰りが遅くなったこともバレずに済むかもしれない。そう思うと嬉しくなった。

 あとで大司教ロイルには戻ったことを伝えなければならないけれど、それに関してはまったく心配していないフィアセルだった。


「じゃあ、もう戻っても良いか?」

 ここに入って来る前に、この中で一番()()()()()()()()()()()であるメイルードには、しっかりと『言い訳』を準備して口裏を合わせてくれるように頼んでいた。

 まったくもって神に仕える司祭らしくない俗物的なお願いに、メイルードは苦笑しながらも了承してくれたのだった。

 その言い訳の出番はどうやらなさそうだということに、メイルードはちょっぴり安堵したように表情を緩めた。

 やはり、神殿で嘘をつくというのは、敬虔な信者でなくともさすがに良心が咎めるというものだ。


「うーん。そうだなぁ」

 もう少し、安全が確保されるまでは一緒に居たいなと思いつつ、悩んだようにフィアセルは首をかしげる。それと、廊下の向こうから一人の女性が姿を現したのはほぼ同時だった。


 ややくすんだ金茶の髪をきっちりと結いあげ、司祭らしい落ち着いたグレーのローブを身にまとったその人は、どこか能面のような()の眼差しでこちらに静かに近づいてくる。

「……ぅ」

 その瞬間、フィアセルは小さく唸った。

 平坦な道だと思って歩いていたら自分が掘った落とし穴に嵌ってしまった人のように、ひどく情けない表情(かお)になる。


「……アユラさま。ただいまクレスセルトから戻りました」

 何かを言われる前に先に挨拶してしまえと思ったのか。フィアセルは頬を引きつらせながらも、笑顔の()()()()()を目の前の女性に向けた。


「ずいぶんと遅いお戻りですね、フィアセル司祭」

 少女の微妙な笑顔に心を動かされた様子もなく、ほんの少しも表情を動かさずにアユラと呼ばれた女性は静かに応えた。

「お昼前には王都を出たと、主任学者どのから『青天』で連絡がありましたが」

 怒っているようには見えないけれど、あまり抑揚のない平坦な口調が逆に恐い。彼女のその声からは感情の欠片も感じられない。

 そんなところが、フィアセルがアユラを苦手とする理由でもある。がっつり怒られた方が、まだ対処しやすいと思うのだ。


「あちゃー。わざわざ鳥まで使って知らせてたのか、あいつ」

 うしろで聞いていたカークは驚いたように目をまるくした。さすがに抜け目のない行動に、メイルードも思わず苦笑が浮かぶ。


 アユラの言う『青天』とは、いわゆる伝書鳥のことだ。

 (もち)いられるのは、その名の通り青く美しい翼を持った中型の鳥で、高い知能を持ち、飛翔速度も最速と言われるセルト王国の固有種。

 自由に天空を翔ける優麗な姿は風神フォン=ティエンにもたとえられ、その名を冠した『神風の鳥(フォンティエナス)』の別名をも持つ鳥である。


 能力的には伝書用の鳥として最適だがその繁殖は難しく、また高い知能を持つがゆえに自尊心も強く、飼育と調教は無理だともいわれていた。

 それが、近年になってその繁殖と調教に成功し、以来、遠方との連絡を取る手段のひとつとして、青天による通信が採られるようになっていた。


「まったく、ロンってば余計なことを……」

 ぷっくりと頬をふくらませて、フィアセルはそっと悪態をついた。

 もちろん、連絡してるんじゃないかとは思っていたけれど、実際にされていたと分かれば腹が立つのは仕方がない。


「何か言いましたか?」

 きらりと目を光らせて、アユラは不真面目な司祭をじっと見やる。

 フィアセルは慌ててぶんぶんと大きく首を振ってから、何かを懇願するようにメイルードに視線を向けた。


「……お話の途中で申し訳ありません。アユラ司祭長どの」

 すがるような少女の視線を受けて、メイルードは仕方なさげにため息をつくと、目の前の女性に声をかける。

 顔に大きな傷痕がある厳めしい顔つきではあるけれど、メイルードはけっして()()()ではない。

「どちら様でしょう?」

 そのおかげもあってか、アユラは自分への呼びかけにちらりと青年の顔を一瞥し、一瞬だけ胡散臭そうに目を細めつつ、話を聞くようにメイルードの方に向き直った。


「私は、河川水路警邏隊のメイルード・オズレイと申します」

 ぴしりと姿勢を正し、役人()()()礼儀正しく挨拶をする。

「実は、先ごろ()()()()()で盗難事件がございまして、ちょうどその現場に居合わせたフィアセルどのには捜査にご協力を頂いていました。ご連絡もせずに、遅くなってしまい申し訳ありません」

 打合せした通りの言い訳を、メイルードはゆっくりと口にする。もちろん、モルトン川のマーケットに行ったことは内緒だ。


 河川・水路警邏隊の管轄はモルトン川だけでなく湖の周辺も含まれている。あえて場所を細かく言わないことで、目的地であるはずの『湖の船着き場』付近で事件が起こったのだろうと、アユラが勝手に()()してくれたら良いというのがフィアセルの考えだった。


「……今日は、モルトン川でマーケットが開かれていたそうですね」

 ふうっと大きなため息をついて、アユラは小さく首を振った。

 はっきり言ってフィアセルは日ごろの行いが悪いので、ロンからの連絡がなくても彼女の行動などお見通しだ。

武官(あなた)がここに居るということは、盗難があってフィアセル(この子)が協力したのは事実なのでしょう。けれど、寄り道しなければそれに遭遇することもなかったのでは?」

 ちらりとフィアセルを見やり、そのまま何故かカークを睨む。


「え、なに? 俺?」

 のんびり鑑賞していた()()に突然引き上げられて、カークは慌てたようにアユラの顔を見た。

「あなたは、主任学者どのの代わりに付き添いで来た方ですよね? フィアセル司祭を止めないどころか、モルトン川に案内したのでしょう。罪は同じです」

 あっさりとアユラは応えた。

 王都クレスセルトからモルトン川への行き方など知らないフィアセルが、独りでその()()()を企てたはずがないのだから。


「ちょ、ちょっと何でモルトン川のマーケットに行ったことが()()になってるんですかーっ!」

 思わずフィアセルは抗議する。せっかく誤魔化せたと思ったのに、ここで認めてしまっては、そのあとの説教と懲罰のオンパレードは避けられない。

「それでは貴女は、フォン=ティエン様の聖名に誓って、寄り道していないと言えるのですね?」

 アユラはいっこうに絆された様子もなく、ずずいとフィアセルに顔を近づける。

「うぅっ……」

 その顔は相変わらずの無表情だというのに、容赦なく迫りくる圧迫感は鬼のように怖ろしい。

 それに、フォン=ティエンの名に誓えと言われてしまえば、さすがに嘘はつきとおせない。

 観念したように、フィアセルはぎゅっと目を閉じた。


「 ―― そのあたりで、許してあげてくださいませんか。アユラ司祭長」


 ふいに、やんわりと春の陽のように穏やかな男性の声が、その場を和ませるかの如く廊下に響き渡った。

 驚いて視線を上げると、先ほどアユラが出てきたのと同じ方向から、裾の長い白い服を身にまとった壮年の紳士がゆったりと歩いて来るのが見えた。

 歩くたびに揺れる、背中でゆるく結んだ銀色の長い髪が穏やかさをまとい、知的な氷碧の瞳(アイスブルー)が、人懐こそうに微笑んでいる。


「大司教様!?」

「ロイルさまっ!」

 アユラとフィアセルは同時に叫んだ。


 そこに居たのは、現在フォン=ティエン教会の総本山であるこのファーラント=ビューロの神殿をまとめている大司教。

 風の神フォン=ティエンに仕えるすべての聖職者の頂点にたつ、ロイル・フェリア・ロンギストその人だった。

更新頻度が遅くてごめんなさい

次話は今月中には更新予定です。

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