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森は静かな幻想迷宮  作者: 風祭
第二章 『水の都レジス』
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第二章 五話

「謝ることないよっ! 僕は間違ってなんかいない。先に……僕たちの聖なる護りを持って行ったのはそっちじゃないか!」

 襟首を掴まれて宙にぶら下がったまま、少年は弾劾の視線を男に向けた。

「僕は、取り戻そうとしただけだっ!」

「…………」

 今まで興味本位で事の成り行きを眺めていた周りがざわめいた。少年の言うことが本当なのだとしたら、確かに悪いのはこの店の男の方だ。

「このくそガキっ、ふざけたことを! こいつは嘘吐き皇国のガキだぞ。どっちの言葉が信じるに値するか、わかるよな」

 周囲の雰囲気が自分に不利になったと思うや否や、男はぶんっと少年を地面に投げ下ろし、仁王立ちになって威嚇するように吠えた。

 ざわざわざわと、周りが再びざわめく。そうしてしばらくすると、人々は地に倒れ込んだ少年を見て見ぬ振りするように、三々五々とその場を離れて行った。

 もちろん、男の言葉を真に受けたわけではない。

 気の毒そうに眉をしかめるご婦人や、神妙な面持ちの人々もいたけれど、結局は鬼のように凶暴そうな男の形相に、みんな逃げたのだ。

 関らないでおこうと。嘘吐き皇国の子供を助けて、自分が痛い目にあったのではたまらないと思ったのか。抗議の声を上げる()()はいなかった。


「返してやれよ、おっさん!」

 カークは足を一歩前に踏み出していた。

 かの国の人間が身に付けているペンダントが『水の花(リオニア)』という名前だということは初めて知ったが、その貴重さは分かっているつもりだった。

 水の神アトゥイ=レジスを信仰する者だけが持つ、内側に水の入った小さな花の形をした硝子珠。

 熱狂的な信者が多いといわれるかの国の人間が、これを手放すはずがないのだから。

「絶対この子が言ってることが正しいでしょ。昨夜はこの子たちが身に着けてたペンダントが今はないもの。それに、あなた限定二つって言ってたし、数もぴったりじゃない」

 フィアセルも男の間違いを指摘するように胸を張って参戦する。

「ああ。それに、リオニアってやつはそう易々と手に入らないって」

 カークはフィアセルの言葉に力強く頷いた。

 そうして、目に染みる青空のような碧眼を店の男にしっかり据えて、ゆっくりと近付いて行く。

 ひょいとレジス=クルセイドの子供を立ち上がらせて背後に庇うと、まるで臨戦態勢を整えたように、にやりと笑った。


「なんだあ? おまえら」

 ひくひくと頬を引き攣らせるように、男は二人を()めつけた。

「人の物を盗んでおいて逆ギレするなんて、みっともないんだよ。いい年こいた大人のくせにさっ!」

 十七歳という年齢のわりに背の高いカークは、店の男の前に立つと真っ向から言い放った。明らかに挑発してるとしか思えない。

 こういう言動が、ロン曰く『カークは揉め事を起こす天才』なのだろう。ここに居たのがロンだったなら、もっと違う対処をしたに違いない。

 そう思いはしたが、カークはやはりカークだった。

「な……んだと?」

 男は顔が真っ赤になった。もちろん恥入ったためではない。怒ったのだ。逞しすぎる腕を、ぶんっと風の音がするほど勢い良く振り上げる。

 誰もがぶちのめされるカークの姿を思い描き、さっと目を逸らした。

「うっ!?」

 呻いたのはしかし、カークではなくガタイのいい男の方だった。

 振り下ろされた丸太のような腕を、その半分程の太さしかないカークの腕が押え込んでいた。

「ふん。ダテに……子供の頃から鍛えちゃいないぜっ!」

 得意げに上唇をなめてそう言うと、さすがに少し重たそうに、カークは男を背負い投げた。

 どすんと大きな地響きを立てて、男は地べたに転がった。自分が投げられたことを理解できないような、狐につままれたような情けない面体で、金色の髪の少年を見やる。

「ちゃんと返すか?」

 どうだと言わんばかりに、カークは転がった男に馬乗りになるように羽交い締めにした。

 もしもの時は言霊で加勢しようと思っていたフィアセルは、予想外のカークの強さにはしゃいで歓声を上げながら喜んでいる。

 昨夜はフィアセル。今日はカーク。この二人こそ"類友"を絵に描いたような存在だ。


「はい、そこまで。その先は私に任せてちょうだい。カーク君」

 王都の衛兵が着ていた制服と良く似た服をまとった女性が、ぱんぱんと手を叩きながら人々の輪の中に入ってきた。

「キャロライン隊長!?」

 カークは目をまるくして、彼女の名を呼んだ。

 セルト王国が世界に誇る風軍『疾風(はやて)』の部隊長キャロライン・シュナイダー。女性ながら短く刈った赤毛が颯爽とした印象を与える美人で、カークが通う練武館の総長デリド・シュナイダーの娘でもある。

 風艇(グライダー)と呼ばれる鳥の形をした船で風に乗り、空を翔ける彼女の姿に憧れる者は多い。カークもまた、その一人だった。

「今は隊長ではないわ。河川・水路警邏(けいら)隊に転属になったのよ」

 キャロラインは苦笑しながら、カークに視線を向けた。

「え……?」

 カークは気まずそうに表情をこわばらせた。

 何があったのかは知らないが、言わば降格されたと言うことだ。警邏隊と『疾風』では、格が天地ほども違う。

「ふふ。気を使わなくてもいいわ。君らしくもない。それよりも、相変わらず向こう見ずな性格だね」

「だってさ、こいつが!」

 カークは思い出したように、自分の下敷きになっている男を指差した。

「見ていたわ。でもねえ、君は手が出るのが早い。こういう時のために私たち警邏隊が居るってことを忘れないで欲しいな。二人で居たんだから、そのお嬢さんに通報させるとかね。喧嘩しなくても、穏便に済ませる方法はいくらでもあるのよ」

 くすくすと笑いながら、キャロラインはカークとフィアセルを見た。

 確かにそうなのだ。わざわざ事を荒立てることはなかったのである。確か昨夜も同じようなことがあったなと思いながら、二人とも悪戯を叱られた子供のような表情になった。

「まあいいわ。さあ、君たち。派出所の方まで来てもらおうかな」

 カークの下敷きになっている店の男と、被害者である母子に凛とした眼差しを向けてそう促す。

 レジス=クルセイド皇国の女性はしかし、怯えたように後退りした。


「セシル様……」

 まるで少年の意向を伺うように、おどおどした目を下方に向ける。

 どうやら彼女は少年の母親ではないらしい。フィアセルはようやくその事に気が付いた。自分の息子に様をつけて呼ぶ親が居るわけもない。

「行く必要なんか無いよ、アンリ。僕たちは悪くない」

 セシルと呼ばれた少年は、キャロラインの眼光を跳ね返すように傲然と言い放ち、小さな体を精一杯おおきく見せるようにピンと背筋を伸ばした。

「それに、僕は『風』の人間に触れられるのも嫌だ」

 じっとフィアセルを睨み、そして他の人間たちをも見やる。

「ちょっと、何よそれ。二回も助けてあげたのに……」

「助けてくれなんて、言ってない。それに、勝手におまえたちが暴れただけじゃないか。昨日も今日も」

 セシルはつんと横を向いた。


 ―― か、可愛いくないっ!

 別に感謝しろとは言わないけれど、触れられたくないとまで言うか普通! あまりに失礼な暴言に、フィアセルは地団太踏むように頬をふくらませた。

「まあまあ、落ち着いて。それでは来なくてもいいけれど、この『リオニア』はすぐには返却できないわ。貴方たちの物だという証拠も無いのだから」

 地面に落ちていた硝子珠のペンダントを拾い上げながら、キャロラインはくすりと笑った。

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