『ルールのダンジョン(下)』
半ば自らの作戦の完遂を確信していた“汚れ仕事の”カッコウの、ひとつの誤算。
それは、これまでの一部始終を監視する存在がいたことであった。
「……なんだ、これは?」
カッコウは、突如として起きた周囲の変化に、そう呟いた。
人質の少女を横に従え、“竜の祝福”のリーダー格2人に前を歩かせ。
壊れた扉を潜り抜け、迷宮の最深部を目指して進もうとした、そのとき。
「光の雨……?」
“炊き出しの”ジゲインも、思わずそう溢した。
迷宮内の抜けるような青空から、白や黄色に輝く光の粒が降ってきたのだ。
何かの罠か、誰かの魔法か、これもまたこの妙な迷宮の風景の一端か。
音もなく、ゆっくりと、真っ直ぐ地面へと降り注ぐ光の雨。
舌打ちをしたカッコウが、この隙を突いて前方の男たちが襲ってこないか、一瞬、目を凝らして意識をそちらへと向けた。
「もう大丈夫だよ」
直後、背後から聞こえた予期せぬ第三者の声。
いつの間にか、視界の端から人質の姿が消えている。
魔力の感知は怠らなかった筈、だが気配もなく誰かに後ろを取られていた。
それらを理解した瞬間、カッコウは雄叫びをあげた。
「――オオオウ!」
それと同時に、背後へナイフを投げつける。
弾かれる音が響くも、牽制して時間さえ稼げればそれで充分。
そのまま前方へと飛び退り、声の主を確認する。
果たして、そこには――。
「――」
聞き慣れない言葉をしゃべり、カッコウを見据える男が居た。
両刃の剣を手に、人質だった少女をかばうように立つ、若い男。
カッコウにとっては、初めて見る相手。
他ならぬ、充その人であった。
* * *
時は少し遡る。
“竜の祝福”の進攻部隊全隊が総崩れ。
“炊き出しの”ジゲイン率いる救助隊も、部外者の妨害により危機的状況。
近隣の町からの救援も、まだまだ期待できそうにはない。
何もかもが想定外の事態となり、ジゲインがひとり、歯噛みしていたとき。
そのジゲインの思いと同調するかのように。
入念な作戦会議と下準備、様々な事態を想定してこの場に臨んだもうひとり。
迷宮最深部で“竜の祝福”を待ち受ける充もまた、困惑していた。
どうしてこんな状況に――と。
『ライミさんが怪我をしないよう、こっそり防御魔法はかけておきました。取締人形も、もう少ししたら到着します』
『馬鹿馬鹿しい。こいつら、放っておいても勝手に自滅したんじゃないの? 大急ぎでミツルたちに知らせるまでもなかったわ』
迷宮最深部の広間にひとり立つ充は、頭の中で繰り広げられるミヤと“魔法蒐集家”ジーンの会話を聞きながら、視線を前方の空中に固定していた。
そこには迷宮内を進攻する“竜の祝福”の様子が映し出され、各所の状況が一望できるようになっている。
充が見ているのは、その映像の中のひとつ。
迷宮内に攻め込んできたかと思えば、内輪揉めを始めて刃傷沙汰になろうとしている部隊――ジゲイン率いる第四隊――の様子であった。
彼らが迷宮進攻を開始した当初は予定通りに事態が進んだ。
多段階式迷宮に戸惑う面々。
信号機や自動車のルールに翻弄され、出入口へと連行される冒険者たち。
そのまま彼らが諦めて帰ればそれも良し。
もしも諦めず、強引に迷宮の奥まで攻めてきたならば迎え撃つ。
そう考えながら成り行きを見守っていた充であったが――。
雲行きが怪しくなったのは、映し出されたカッコウの姿を見て、ミヤが『あれ、この人、主人の翼を昔から付け狙ってる人ですよ。僕がいつも魔法で追い返しているのに、全然諦めてくれなくて』と発言してからである。
これに対し、“魔法蒐集家”ジーンが『貴女たち、碌でもないのに目をつけられてたのね。こいつ、カッコウっていう殺し屋よ。“竜の兜を戴く町”で町長から裏の仕事を任されてた筋金入り』と、物騒な補足を加え。
そのような人間がどうしてここに、彼も反迷宮主義者なのか、この迷宮が目をつけられたのは彼の仕業だったのか、等々。
話をしながら映像を見送っていたところで起きたのが、人質騒ぎであった。
そうして、想定外の映像を見せつけられる状況となった現在。
起きている騒動は、充たちにとって敵対組織が自滅しているだけのもの。
そのまま彼らを放置しても、立ち位置としては問題ない。
だが――。
『ミヤさん! やっぱり、すぐにライミちゃんを助けられないかな? なんとかミヤさんたちのことがバレないように……』
充は我慢できず、ミヤへと訴えかけた。
お互いに譲れないものがあり対立する者同士ではある。
だが、譲れないもの以外のところで対立する理由など、充にはなかった。
『私の周りって、どうしてこう、お人好しばかりなのかしら』
その言葉に、“石の国”で後方支援に徹しているジーンは苦笑した。
目の前に映された映像の中で真剣な表情をしている充に、目を細める。
今、正に迷宮を使って排斥しようという相手だというのに。
その相手の窮地を放っておけないとは。
彼らがこの迷宮の罠で窮地に陥っても助けないだろうに、それと何が違うのか――とジーンは思わないでもなかったが、そこは充の律儀な性格ゆえの線引があるのだろう。
『じゃあ、取締人形をこっそり近くに転送してしまいましょう。ええっと、バレないように……そうですね、魔力感知や気配感知をジャミングする魔法を光の雨に付与して降らせて、目眩ましをすれば、誤魔化せそうでしょうか?』
『ちょっと待って、ミヤ』
隣でそわそわと充を見守るミヤに、ジーンは待ったをかけた。
ジーンさんは反対ですか、と不思議そうにこちらを窺う黒髪の魔女。
それだけ理知的な顔をしておいて、どうしてこう仕草が子供っぽいのか。
鼻を鳴らして、ジーンは「後のことも考えて」と言った。
結局、こうしてミヤのことを放っておけない自分も、お人好しらしい。
『ミヤはこの迷宮を後で観光地にするつもりなんでしょ? だったら、迷宮の罠でカッコウを撃退するのはまずいわ。こいつ、裏の仕事の世界じゃ有名だから。カッコウを倒した魔物が出る迷宮なんて話が漏れたら、ガラの悪い人間どもが押し寄せるわよ。腕試しのためにね』
『このカッコウって人は、そんなに凄い人なの?』
『私たちが“水の国”でトップの冒険者だとすれば、その次くらいね。だから、やるなら迷宮の罠や魔物がカッコウを撃退したと思われないように見せないと』
想定外の事態に陥ったときこそ、先を見据えて、落ち着いた対処を。
歴戦の勇者たるジーンは、冷静に状況の分析をする。
それに対し、充は。
『それなら私が助けるよ!』
若さ溢れる行動力で、応えた。
『ミヤさん! あの丘は見晴台だから、休憩所を用意してあるよね?』
『あっ、はい! まだ入口の目印は置いてませんから映像だと分からないですが、景観を損ねないよう、外からは透明で見えないやつを設けてますよ』
『私をその中に転送してくれるかな? そこから私が飛び出せば、休憩所内に居た私が外の緊急事態を見て助けにきたって言い訳が通ると思う!』
『なるほど!』
『ミツルは人助けするときは止めたって聞かないだろうから、助言だけしておくけど、今のミツルが正面から打ち合える相手じゃないわよ。ちゃんと隙を窺いなさいよ。それと、人質を助けた後の行動も考えないと』
そのようなやり取りを経て。
ジーンの言葉を聞き、途端に充の身を心配しだすミヤをなだめつつ。
謎かけの門付近の休憩所へと、充は転送された。
外から見れば、何もない空間。
しかし、内部からは外の景色がしっかりと眺められ、テーブルやイス、飲食物が用意された清潔感と開放感の同居した休憩所。
そこからカッコウの様子を窺い、光の雨が降り注いだ瞬間。
「よし」
充は小さく気合を入れると、息を止め、男の死角から飛び出した。
光の粒が、ハイスピードカメラに映る雨粒のように空中を踊る中。
身体を魔力で拘束されている少女へと飛びつき、引き寄せる。
手に描かれたミヤの魔力を込めた蔦模様を通し、少女の拘束を打ち消し。
「――」
もう大丈夫だ、と“水の国”の言葉で少女へと語りかけた。
当然、その声にカッコウも反応する。
雄叫びをあげた男が、がむしゃらにナイフを投擲してくる。
速い、が事前に予測して剣を構えていれば対応できないものではない。
飛来するナイフを弾き、その間に距離を取っていた男と正面から対峙する。
殺意を感じさせる鋭い目に見据えられ、全身の血が冷える心地がする。
ナイフを構える男の姿を観察しても、次に何をしてくるか予測もできない。
なるほど、これはいつぞや戦った乱暴者たちとは次元の違う怖さがある。
気後れしないよう、充は注意深く剣を構えたまま、口を開いた。
想定外ばかりが起きる事態となったが――。
ここからはどうにか取締人形の到着まで場を凌ぎ、そのまま人形と共に男の間合いから離脱しなければならないが――。
そのように、事前に考えた作戦を思い浮かべながら。
「本当に、しっかり準備したときほど、旅行も予想外のことが起きるよね」
ここからは、事前に準備したルールの外での戦いだ――と。




