『ルールのダンジョン(上)』
“竜の祝福”第一隊は混乱の極地に立たされていた。
「どうして迷宮が突然明るくなったんだ!?」
「伝令がおかしいですよぉ! 誰かが勝手に第一隊の記号を使ってるし!」
「この花……綺麗だな……」
「この迷宮なんざ大した罠もないって話だろ!?」
今、口々に騒ぐ彼らが居る場所は、色とりどりの花畑の中である。
自分たちは“星空の迷宮”を進攻していた筈。
暗闇ばかりで、凶悪な魔物も致命的な罠も存在しない迷宮。
近場に4つの町があり、知名度はあるものの、人死が出た話も聞かない。
苦もなく作戦を遂行できる場所――その筈だった。
「それがどうしてこんなことになってんだ!?」
それが、暗闇の中を歩いていたと思った次の瞬間、光に包まれ。
明るさに目が慣れてみれば、この一面の花畑である。
「伝令はアテにならねぇ! とにかく花畑から出るぞ!」
「この花……燃えている……のか? 熱くは……ないな」
「あの花が生えていない場所! あそこは道なんじゃないか!?」
洞窟内部の筈なのに、上空には青空が広がり、風が吹き抜ける。
遠く見えるのは、奇妙に整った形状の、巨大な山の影。
腰の高さほどまで茂る花々は、赤や青、黄色や緑色に燃えている。
広々とした景色を見渡せば、花畑の横を平らな道が真っ直ぐに伸びていた。
どれも現実感が希薄な、地に足の着かないような光景。
どこか、取り返しのつかない場所へ訪れてしまったような。
薄ら寒い感覚が、花畑を掻き分ける面々の背中を撫でた。
「おい、石で舗装されてるぞ。やはり道だ!」
浮足立つ彼らが、どうにか花畑を抜けて平たい地面に立ち。
足元が見える安心感、得体の知れない花から離れられた安堵感。
そうしたものに、僅かながら浸っていた、その直後。
「見ろ! 何か近づいてくるぞ!」
青空と花畑の狭間に消える道の先で、何かの影が動いた。
「魔物ですかぁ!?」
「いや……車……じゃないか?」
第一隊がざわつく中、その影は見る見るうちに近づき。
臨戦態勢を取る彼らの眼前で、動きを止めた。
「止まったぞ……?」
「中に座席もある。やはり車だな」
「ウマで引いてもいないのにですか?」
「お前、魔法使いの車を見たことがないのか? 魔力で車を飛ばすからウマなんていらないんだぜ?」
「だが……車輪は……ついているな。運転手も……見当たらない……」
「それに随分とデケェな」
それは、金属でできた箱だった。
数十人は人間が入れそうな大きさの四角い箱に座席が並んでいる。
車輪があるところを見るに、どうやら馬車の一種らしかった。
「動くんなら迷宮の仕組みの一部だろ。乗ってみるか」
「ど、どこへ行くか分かりませんよ?」
「バカ、お前、今のオレたちがどこに居るかも分かってないんだよ」
次々に起こる不可解な事態に、半ば思考を放棄した彼らは。
ともあれこの場所から一刻も早く離れたい、その一心に動かされ。
「おーし、全員乗ったか?」
「でもこれ、どうすりゃ動くん……うわっ!? 動き出した!?」
「けけけ結構速くないですかぁ!?」
見慣れない形状の車らしきものに乗り込み、移動を開始したのであった。
「――アナタハ観賞用ノ花ヲ摘ミマシタ――連行シマス――」
突如、車内に鳴り響いた音声と。
「おいおいおい!? なんかヤバイんじゃないかこれは!?」
「花がどうとか言ってましたよぉ!?」
「花……これのこと……か……?」
「お前!? なんでそんな怪しいもん取ってきてるんだよ!?」
「いや……綺麗だったから……珍しくて……」
「バカヤロォ! 今すぐ投げ捨てろォーッ!」
その音声を上書きする絶叫に彩られながら――。
* * *
「うわああああ!?」
「大丈夫か!? 待ってろ! 今助けに――」
「待てい! 罠の発動条件が分からぬうちに動くのは――」
「ぐあああああ!?」
「だから言っただろうが大馬鹿者っ!」
“竜の祝福”第二隊もまた混乱の極地に立たされていた。
「踏み出すな! おそらく、この段差を下りたら罠が発動する仕掛けであろう」
「だが、あいつらは道の反対側に吹き飛ばされてますよ!」
「見たところ怪我はしていないようだが倒れたままだな。気絶の罠か?」
「何か、向こう側へ渡る術があろう。周囲を探れ!」
彼らが居る場所は、一本の道であった。
執念を感じずにはいられないほど綺麗に舗装された道。
その両端は、やや高くなり、「歩道」と白字で刻印され。
中央部分は、まるで川のように低く、「車道」と書かれていた。
彼らのうちのひとりが、道を横断しようと段差を下り。
「車道」と書かれた部分を歩いた、そのとき。
空間から湧き出るように現れた四角い箱に、有無を言わさずはねられ。
それを助けようとした2人目もまた、高速移動する箱の餌食となり。
そうして、現在の騒ぎとなっていた。
「おい! 道に変な模様が描かれている場所があるぞ!」
道を横断する方法を探していたひとりが、叫んだ。
彼の元へ皆が集まってみれば。
確かに、そこには道に白線でハシゴのような模様が描かれていた。
白線の両端には、こちら側も向こう側も、金属製の柱が立ち。
その柱には、赤や緑に光るランプらしきものがくくりつけてある。
まるで、金属でできた木に光る実が生っているようである。
「これは、道に架かった橋を表しているんじゃないか?」
「そう見えないこともないな」
「あの赤や緑に光っている柱……あれも何か意味があるのか?」
「倒れた者共を放ってもおけぬ。試しにワシが渡ろう!」
異常事態にあたり、どれだけ考えても真の正解は分かる筈もない。
無機質な緑色の光に照らされる下。
彼らのうちのひとりが、忍び足で白線の上に立ち。
左右を警戒しながら、じりじりと「車道」を渡り。
やがて、謎の箱に襲われることなく、渡り終えた。
「良し! これが橋に相違ないぞ!」
「渡れ渡れ!」
無事に道を渡った男に続き、残りの者たちも勇んで白線に踏み出し。
「うああああっ!?」
「あがああああ!?」
「ぐああああっ!?」
次々と現れた四角い箱に、揃って吹き飛ばされた。
「何故だっ!? 馬鹿なっ!?」
唯一、無事に道を渡った男が狼狽する様を。
頭上から、赤く光るランプが無言で見つめていた。
* * *
「嵌められた! 嵌められた! 嵌められたっ!」
「――スピード違反デス――連行シマス――」
“竜の祝福”第三隊最後のひとりは悔しげに叫んだ。
彼は今、ハンドル操作により動く鉄の箱に乗り。
後方に迫る白黒の人形の追跡から、必死に逃れていた。
「なんでだ! なんでだ! なんでだよ!」
「――スピード違反デス――連行シマス――」
足元のボタンを踏むことで加速する鉄の箱を高速で走らせ。
彼はこの事態に陥った経緯を回想する。
道端で見つけた、魔力で動く車と思しき鉄の箱を見つけ。
音声案内による操縦方法を聞き。
いつになっても終わらぬ注意事項の案内を途中で打ち切り。
6人が3つの箱に分かれて乗り込み、自在に走らせ――。
そして、あっという間に2つの箱が人形に捕まり。
同じ箱に乗っていた仲間も、人形に飛びかかり捕まった。
「おかしいだろ! おかしいだろ! おかしいだろうがよ!」
「――スピード違反デス――連行シマス――」
彼は、ハンドルの前に備えられた計器に視線を落とす。
足元のボタンを踏み込むほど針が上に振れるそれは、速度計だろう。
後ろの人形が襲ってきたのは、その針が中央付近を越えたとき。
「何がスピード違反だ! なんで速度計の真ん中越えただけで違反になるんだ! それだったら最初から違反するような速度が出ないようにしておけよぉっ!」
彼の嘆きは、やがて人形に捕まるそのときまで止まなかった。
* * *
こうして、先行する部隊が次々と壊滅する中。
それを知らず、“竜の祝福”のリーダー、“炊き出しの”ジゲイン率いる第四隊は。
未だ迷宮の罠に相見えることなく。
しかし、異世界のような雰囲気の迷宮に、各々、不安を募らせつつ。
静かに進攻を続けていた。
暫く進むうち、彼らは迷宮の奥に目立つ丘があることに気付き。
そこを登ったところで、妙な扉を見つけた。
――この先を目指す者、ここに自らの知恵を示せ。
その扉は、そのように書かれ、固く閉ざされていた。
「これは……謎かけか?」
「どうやら、そのようですな。ほれ、横に何やら書かれた石柱がありますぞ」
老人が指す先には、確かに細かい文字がびっしりと刻まれた柱がある。
「どれどれ……えー、『貴方は1夜節毎に金貨10枚を得る冒険者である。貴方の住む町では、1日節毎に、得た金貨の量に応じた税を納める必要がある。貴方が納めなければならない税は金貨何枚であるか答えよ。ただし、貴方は3夜節と8夜節に金貨の10枚分の価値をもつ大金貨を1枚ずつ得ているものとする』……上段の文は、そのような記述ですなぁ」
「……は? なんだい、そりゃ計算問題ってことか?」
迷宮ではお馴染みの謎かけ。
だが、大概は迷宮内で得られる情報で解けるものである。
珍しい出題だ、とジゲインは思う。
「ふむ……『税は1日節に稼ぐ金貨の枚数が10枚未満の場合は1割、50枚未満の場合は2割、100枚未満の場合は3割、100枚以上の場合は4割とする。ただし、不定期に獲得した金貨に対しては別途の計算式を用いること。また、金貨5枚分以上の価値がある物を獲得した場合、そこには特別に高額物品取扱の税が課せられる』……えー、『定期獲得と不定期獲得について』……うーむ、『町役場を通した仕事の報酬と私的に請け負った仕事の報酬に関すること』……うむむ、『貴方の今日節における諸経費の申請と、物々交換の詳細』……『雑所得』『贈与税』『控除額について』……」
「待て! 待て待て!」
珍しい出題どころではない。
いつまでも終わらない、しかも何を言っているのか分からないような問題文。
老人が唱える複雑怪奇な言葉を、思わずジゲインは止めた。
「何が何だかさっぱり分からんぞ!?」
「儂にもさっぱりですが、そう書いてあるんですから仕方ありますまい」
「くっ……後方部隊に“天使を歓待した町”の商家出身はいたか?」
「残念ながら……おそらく数字の計算はリーダーか儂が一番マシですな」
唸り声をあげる大人の男たち。
そこに、少女が焦った調子で声をあげた。
「あの! 拙にも謎かけは分かりませんが……解くのが難しいようでしたら、この扉は後にして、別の道を探すべきでは!」
“勇み足の”ライミは、救援要請を出した仲間たちが心配なのだろう。
動かずにその場で立ち続けることが我慢ならないといった様子である。
「おい、この扉がこの迷宮攻略に重要だってことは、見れば分かるだろうが」
焦れる少女とは対照的に、冷ややかな声と眼差しでカッコウは言う。
扉があったのは、異様に平らな道を進み、金属の木の列を抜けた先。
周囲から目立って小高くなった丘の中心。
赤や橙、紫色に移ろう雲が丘の周囲に垂れ込め、神秘的な趣の場所である。
迷宮内部は基本的に、重要な場所は目立つように造られる。
あくまで人探しが目的のカッコウからすれば。
探し人が侵入者から身を護るために迷宮の内部を切り替えたのだとすれば、そのような段階切替機能は迷宮の心臓部に設けられているに違いない。
ならば、目指すべき場所は迷宮の最深部以外にないのだ。
「そうだな……カッコウさんの言うことはもっともだが、迷宮が切り替わった際に、内部に居た者たちがわざわざ深部へ移動させられる可能性は低いとも考えられるな。まずは扉の手前を探してみよう」
しかし、ジゲインは扉の脇に並ぶ柱の本数を数え、そのいずれにも細かい文字が刻まれているのを見て、ここを即座に突破するのは不可能だと溜息を吐き。
「それでよろしいですかな、カッコウさん? 今の儂らの目的は迷宮攻略ではなく、仲間たちの救出ですので」
「……分かった。オレとしては、外へ誰も逃げなきゃそれでいいからな」
カッコウも舌打ちをして、それに同意した。
一同は振り返り、再び丘を下りようと紫色の雲海を眺める。
「ふうむ……こんな状況でもなければ、この景色はもう少し穏やかに眺めていたいもんでしたがなぁ……」
上には抜けるような青空と、白く聳える稜線の美しい山。
下には遥か彼方まで続く、厳かな色の雲。
老人が、眼前の光景に対して何気なしにそう呟き。
何を呑気なことを、とジゲインが渋面を作った。
「あっ!?」
そこへ、ライミの高い声が響く。
「どうした!?」
「伝令です! 入口の部屋へ、第一、第二、第三隊の全18名が人形の手により運搬されてきたそうです!」
「どういうことだ!?」
予想外の上に予想外を重ねた報告に、ジゲインは目を見張った。
「全員が拘束された状態で、ただ怪我などはなく、部屋に運び込まれたそうです」
「連行、というやつですかな。なるほど、ルールを破ると入口へ戻されると」
「よし! とにかく全員が無事なら儲けものだ! 即座に第一、第二、第三隊は迷宮の外へ出るよう伝えろ!」
ともあれ、事態は好転した。
ジゲインがそう思い、一瞬、気を緩ませた――そのとき。
「――ふんっ!」
背後――謎かけの書かれた扉の傍で、カッコウの掛け声と。
巨大な石の砕ける重々しい音が響き渡った。
「なんだ!?」
何事かとジゲインたちが振り返れば、そこには大穴の空いた扉と。
その隙間から覗く、迷宮奥へと続く通路があった。
カッコウの姿は、瓦礫の山となった扉の付近には、既にない。
「謎かけを解かずに扉を壊すとは! 無茶する御仁ですな」
「ひとりで奥へ向かったのか……? だが、悪いが今は仲間たちが優先だ!」
目の前の惨状に呆れ声をあげながらも、今はそれどころではない、と。
他の隊への伝令は済んだか、ライミへ確認しようとジゲインが扉へ背を向け。
そこで――。
「お前たちが悪く思う必要はない。こちらこそ悪いがオレに付き合ってもらう」
ライミの口を抑え、その白い喉元に刃物を突きつけるカッコウに気付いた。
やっと気付いたか、とでも言いたげな眼差しで、男はジゲインを見返す。
「な……!?」
「ぐぬっ!? 油断した……儂としたことが油断しましたな……」
身を捩るライミの抵抗は弱々しい。
魔法で腕をねじりあげられているのだろう。
足元には、伝令用の石版が転がっている。
まだ、撤退の命令は入口へ届いていないらしい。
「どうする気だ!?」
腰の剣へ手を伸ばし、隙を窺いながら、ジゲインが問う。
「なに、オレが迷宮の奥に行くまで、付き合ってくれればいいのさ」
薄いナイフをライミの喉元に突きつけたまま、男は魔力でそれを固定し。
ゆっくりと両手を少女から離し、冷たく笑った。
いつでもこのナイフで喉を貫けるぞ、と悪意に濁った目が伝えている。
「それだけならば、わざわざそんなことをする必要もないだろう!」
「いいや。お前たちは腰抜けだ。お仲間の無事が確認できたら、どうせすぐにここから撤収しただろうさ。オレもこの人探しに結構な時間を掛けていてな、そろそろ待つのにうんざりしていたんだ。だから、さっさと行こうぜ?」
「リーダー、今は……」
ライミは、不自然に両手を背中側にまわしたまま、涙目で男を睨んでいる。
腕も口も、カッコウに抑えられたままというわけか。
悔しげに顔を歪ませ、ジゲインは言うしかない言葉を、喉を震わせ言った。
「……分かった。お前に同行しよう」
※水の国における赤色……“水の国”では、神話に登場する「人々を守護する“幸いの竜”」が赤い竜として、「人々を襲う“災いの竜”」が青い竜として描かれていることもあり、赤色を好意的な色として扱う文化的土壌がある。そのため、日本に比べて赤色が警告色として機能し難い。




