『異世界迷宮、ここに見参(下)』
“星空の迷宮”は、内部が闇に包まれた、広大な空間の迷宮である。
ひたすらに闇の中、星のような光の粒が床、天井、壁で光り、瞬いている。
訪れた者が星空の中へ放り出されたかと錯覚する、ゆえに“星空の迷宮”。
――である、筈だったのだが。
「いったいこれは……何だ!? どういうことだ!?」
“竜の祝福”のリーダー、“炊き出しの”ジゲインの声が迷宮内に木霊する。
迷宮の急変を聞き、後方部隊に町への連絡と救援を要請。
山裾で待機していた人員に迷宮外の入口番を務めるよう指示。
それらを済ませた彼が、急ぎ第四隊を率いて迷宮へと踏み込み。
「見ての通り、本の山、ですな。文字は……第2種の時代ですかな。まあ、迷宮の建造時期と一致しますわな」
そして皆が目にしたのが、通信手の役場さながらの。
テーブルやイスが置かれ、書類や本が散らばる、雑多な個室であった。
山積みの本の奥にある扉が、迷宮内部へ通じているのか。
どうやら、迷宮の玄関にあたる部屋らしい。
「おそらく……魔力切れが段階切り替わりの条件だったのではないですかな」
「爺さんはその文字が読めるならどれでもいい! 内容を確認してくれ! ライミは爺さんと伝令役を変わって進攻部隊の状況を確認しろ!」
「了解しました!」
「どれ、やってみますかな。ふむ、明かりが灯っているのが親切なもので……」
「カッコウさんも手伝ってくれ! 部屋に罠がないかの確認だ! 俺もやる!」
巨大な石棺を思わせる密室が、騒々しい気配に包まれる。
口調は焦りながらも、指示だけは迅速にこなすリーダー。
歳のお陰か、既に落ち着きを取り戻した風で、本を手にする老人。
揺れる灯火の明かりでも分かるほどに青ざめた表情の少女。
それらの様子を横目に――。
「……やはりな。人の住めそうな隠れ家があったか」
“汚れ仕事の”カッコウは壁を調べる素振りをしながら、独りごちた。
その目は獰猛に尖り、冷たい光を放っている。
カッコウが今回の“竜の祝福”の作戦に加わった目的。
それは彼が反迷宮主義者だからでは、断じてない。
この陰鬱な男の目的。
それは――“水の国”の伝説に謳われる、失われた逸品の獲得。
すなわち、竜皮で作られたといわれる神授のローブの入手であった。
「あの小娘め……今度こそは逃さんぞ」
男は歯ぎしりして、20年来の仇敵の顔を思い浮かべる。
銀髪に青緑の目をした、色白の少女――エンシェ。
長寿の“山の民”や“森の民”なのか魔法かは知らないが、未だ若いままの女。
あの女が持つ、金属のような艶をした濃紺のローブ。
あれは、カッコウの見立てでは間違いなく竜皮でできている。
“水の国”広しといえど、竜皮でできた装備は、神授の装備のみ。
つまり、あれこそが失われて久しい神授のローブに間違いないのである。
「こりゃ、この迷宮で守るべきルールが記載されてますな」
「ルールだと?」
「これも、これも、こっちも……まさか、この量が全部ルールですか!」
「おい爺さん! ルールってのは、どういうことだ?」
「どうも、この迷宮は細かく守らなきゃならんルールが定められているようですな。それを破ると、ふん縛られて……連行される? ようで」
「“規則の迷宮”ってところか……だが待てよ、おい!? この積まれている本、全部にルールが記載されているってのか!? そんなの確認してられないし、確認したって覚えきれないだろう!?」
ジゲインたちの騒ぎを背後に、カッコウは口の端を吊り上げる。
何度見失っても、ひたすらその姿を探し続けてきた。
何度尾行に気付かれ迎撃されても、諦めずに追い続けてきた。
そうしてようやく掴んだのが、どの町にも定住しないエンシェの住処。
この迷宮に、あの女が頻繁に出入りしているという事実であった。
居場所が特定できれば、後は話は早い。
迷宮の破壊を行う団体に声をかけ、住処から炙り出し。
騒動に乗じて、ローブを奪い取るだけである。
「第一、第二、第三隊とも無事です! 全隊とも、不測の事態発生、ただし怪我人はなし、周囲に敵影なし、脅威は見られず、待機中とのことです!」
「そうか! よし……迷宮の座標が変わっていないことに賭けて、まず全隊とも元の出入口があった場所へ撤退を試みるよう伝えてくれ。撤退が困難と思われたら、その場で待機。待機した場所を、元の地図での座標でいい、伝えるように」
「はい!」
「くれぐれも軽率な行動は控えるようにともな! 状況は未知数だ。今は安全でも何が起きるか分からない。今はもう撤退戦に徹するぞ!」
「……はい! 迷宮を前にして……また拙は撤退を……」
「我慢してくれ、ライミ!」
素知らぬ顔で部屋の調査を続けながら。
飛び交う“竜の祝福”の面々の言葉に、カッコウは小さく舌打ちする。
特に過激な反迷宮主義団体という話を聞いて、こいつらに声をかけたが。
迷宮の異変ひとつでこの有様とは、どうにも期待外れの腰抜けである。
物陰で、カッコウはそっと伝令用の石板を取り出した。
事前にひとつ、野営地でくすねておいたものである。
書き込まれている記号についても、外での待機中に凡そ把握していた。
ジゲインたちに気付かれぬよう、男は石版に記号を書き足す。
「あっ!? 第一隊より、目標発見!? 進攻開始との連絡が!?」
「なに!? 待て! 待機させろ!」
「は、はい! すぐに……あっ!? 第二隊も進攻開始と……第三隊も!?」
「何をやっているんだ!?」
「こ、これは!? 全隊から救援要請が!」
「まさか、魔物か!?」
「リーダー! 拙たちで助けに行きましょう!」
「落ち着け! 迂闊に動く前に確認を……」
「間に合わなくなったらどうするんですか! 彼らより冒険者としての腕がある拙たちがここに居るのは、こんなときのためでしょう!?」
一気に混乱の色を濃くする部屋に、カッコウはほくそ笑み。
手元から石版を消して、おい、とジゲインに声をかけた。
「見たところ、この部屋に罠はない。迷宮内でのルールが書かれているってことは、問答無用で侵入者を殺すタイプの迷宮でもないだろう。外のやつらに迷宮内の出口番もさせて、オレたちは救援に向かえばいいんじゃないのか?」
確かにそうかもしれないが、と渋い顔をするジゲインを眺め。
もうひと押しか、とカッコウは続ける。
「こんな状況だから言うが、オレはこの迷宮へ人探しに来ていた。その目的さえ果たせれば、オレも救援を手伝ってやる。察しているとは思うが、オレも冒険者としての腕はある。おそらく、お前らより遥かにだ」
我々に何をさせる気ですかな、と老人が本から顔を上げた。
「迷宮から出てきたやつを、全員その場で待機させておいてくれ。夢魔みたいな魔物だっているんだ。人に化けて、混乱に乗じて迷宮の外へ逃げ出すかもしれないだろ? それを防ぐって名目で、オレたちが外に出るまで、誰も迷宮から逃げられんようにしてくれればいい」
カッコウの言葉に、ジゲインと老人が目配せを送り合う。
言っていることに、無理はない。
背に腹は代えられない。
分かった、とジゲインは言った。
「外に連絡して、我々は救援に向かおう」
その返答に、陰鬱な男は満足げに口の端を吊り上げた。
それから、全ては迅速に行われた。
迷宮外で待機していた後方部隊に、指示を出し。
すぐに迷宮内へと戻ったジゲインたちは、部屋の奥にある扉の前に並んだ。
「魔法の罠は仕掛けられていない」
扉に触れ、魔力の流れを調べたカッコウが最終確認を終え。
「行くぞ!」
「はい!」
ジゲインとライミが、勇んで扉を押し開けた。
――その先に広がっていた光景は。
「うおお……!?」
「えっ!?」
「ほぉ、こりゃまた、たまげましたな」
どこまでも青い空を背景に、綺麗な三角形の山が雄々しく聳え。
異様なほど平らに整えられた道が左右に伸び、涼しい風が吹き渡り。
あちこちに、赤や緑に光る実を生らせた金属の木が立つ。
まるで異世界に迷い込んだかのような光景が、広がっていた。
※水の国に住む人々の寿命……“丘の民”は日本の存在する世界の人々と同程度。“山の民”、“森の民”は2~300年生きられる(“丘の民”よりも成熟が早く、成人の期間が長い)。
※魔法使いの見た目年齢……周囲の人間に若く見えるよう認識阻害の魔法を振りまく、魔力でシワを伸ばす等の努力により、若い見た目を保つ魔法使いは多い。なお、魔力器官が異常発達した者は子供程度の小柄な体格になりやすいが、常人と変わりなく肉体は老いる。“魔法蒐集家”ジーンが小柄な上に若い見た目のままなのは、長寿の“森の民”であり、肉体年齢が実際に若いため。




