『異世界迷宮、ここに見参(上)』
「第一、第二、第三隊は進攻してまず内部に冒険者が居ないことの確認! 次いで、魔法空間の支柱を確認次第、出口番への連絡! 我々第四隊は迷宮入口にて内外の情報伝達! 第五隊は後方にて近隣の町との連携!」
「第一隊、了解!」
「第二隊、了解!」
「第三隊、了解!」
「第五隊、了解!」
「よし! 全隊、作戦開始!」
“竜の祝福”の行動は、晴天に飛び交う号令と共に開始された。
山の中腹に口を開けた洞窟――“星空の迷宮”の入口。
日差しは強いにも関わらず、その内部は墨で塗り潰したような黒一色。
そこへ、6人組の冒険者たちが足音も勇ましく駆け込んでいく。
前の冒険者が闇へ溶けるように姿を消せば、すぐに次の冒険者が続き。
そうして、見る間に3つのパーティーが迷宮へと飲み込まれていった。
「よし。第五部隊は2名を残し、麓の野営地で待機。ここまでの道は再度しっかり確認しておけ。残った2名は今のうちにもう一度、近隣の町へ冒険者の同行を確認するように」
進攻部隊を見送った“炊き出しの”ジゲインは、そのまま次々と指示を飛ばし。
リーダーの号令に従い、若者たちは慌ただしく行き来する。
「ライミ!」
「はい!」
ジゲインの声に、細身の少女剣士がきびきびと進み出た。
「まずお前が迷宮内の出口番だ。何か起きたらすぐに出て知らせろ」
「分かりました!」
「いいか、迷宮の出入口を内と外から確保するのは最重要の仕事だ。これはお前の実力を見込んでのことだからな。頼んだぞ!」
「お任せください!」
結わえた黒髪をなびかせ、颯爽と少女が迷宮へと入り。
そこで、全ての指示は出し終えた、と。
ようやくジゲインは溜息を吐いて、脇の道具箱へ腰を下ろした。
「さて。あとは吉報を待ちましょうか」
厳しい表情のジゲインへ、横に立つ参謀役の老人が笑いかける。
ああ、と返事をして、ジゲインはもう一度、溜息を吐いた。
「この迷宮は広いが危険な罠も少ない。魔力が切れかかっているなら尚更だろう。冒険者が居ないことが確認できたら、迷宮の魔法空間を固定している支柱を全て破壊して、それで終わりだ」
作戦の成功を祈るように、己に語りかけるように、ジゲインは呟く。
そこに、無機質な声がかかった。
「おい、あそこでアンタたちの仲間がやってる、アレはなんだ?」
声の主は、ジゲインたちと同じ第四隊のメンバーである、初老の男性。
カッコウと名乗るその人物は、足音もたてずにジゲインの傍へと歩み寄り。
少し離れた場所で石版に何かを書き続けている若者たちを指し示した。
ジゲインは、ああ、と必死に筆を走らせる若者たちを見る。
「あれは近隣の町に待機させている仲間たちとの連絡だ」
「連絡?」
「各町で冒険者の入出管理帳を確認して、この迷宮を訪れている可能性のある冒険者が居ないか、ここを訪れそうな者が居ないか、最終確認しているんだ」
その言葉に、カッコウは鋭い眼光を一層細めた。
どうにも納得のいかない表情らしい。
「見たところアレは同様の石版同士で文字を共有するもののようだが、そんな面倒なことをせずとも“念話魔法”を使えば良いだろう」
その言葉に、老人が枯れた笑い声をあげた。
「“念話魔法”なんて上等なものが使える人間がこんなところに居ますかな。居ませんとも。そんなものが使えたら、誰も冒険者なぞやっとりませんよ」
顔をしかめるカッコウに、ジゲインも、まあそういうことだ、と言い。
「カッコウさんは“念話魔法”が使えるのか?」
そう質問を返すと、カッコウは小さく舌打ちをして無言で背中を向け。
そのまま迷宮の入口正面で闇をにらみ続け、返答の意思はないと態度で語る。
この場において、唯一の部外者である彼。
ジゲインたちが事前に調べた限りでは。
カッコウの名を連ねる入出管理帳は、どの町にも見つからなかった。
その、謎の人物の背中をちらりと見て、やれやれと老人が小声で囁いた。
「こりゃあ、いよいよもって……」
油断なりませんぞ、と言外に言う老人に、ジゲインも小さく頷く。
彼の目的がなんなのか、依然として不明のままだが。
もしも“念話魔法”の使い手だとするならば、名を偽る一流冒険者なのか。
「どうか、誰も怪我なく成功してくれよ……」
言い知れぬ不安と左肩を強く抱いて、憎らしいほどの青空を見上げ。
ジゲインはそう、呟いた。
しかしジゲインの不安を他所に、それから暫く、時は平穏に流れ。
出口番の交代時間となったところで、迷宮から少女が戻ってきた。
「冒険者の確認は終わりました! 内部には拙たちの他に誰も居りません!」
「お疲れ様。それでは、今度は儂が行ってきますかな」
少女から伝令用の石版を受け取り、入れ替わりに老人が迷宮へと向かう。
迷宮の内外は隔絶された空間である。
そのため外から内へ、内から外へは基本的に魔法での連絡もできない。
それゆえに、内外で連携するには出入口の内と外を行き来するしかないのだが。
「この面倒さ、不透明さ……やはり迷宮は危険ですね」
ライミは幼さの残る少女の顔にありありと不快な表情を浮かべ、言う。
「ああ、そうだな。ご苦労だった。次の交代までは休んで……」
そのような彼女をジゲインが労い、休息するよう指示を言いかけたところで。
しかし、そこへ割り込むように――。
「おい、娘。本当に冒険者は居なかったのか?」
老人が迷宮へと姿を消すまで見送っていたカッコウが、再び口を開いた。
その無遠慮な口調に、ライミは眉をひそめる。
目の前の男から一歩、意識の外で少女は距離を置いた。
元々、男嫌いのライミである。
正体不明の部外者が同行していることに、不審の目を向けていた。
その感情を、カッコウの言葉が逆撫でしたのだ。
「くまなく探したんだろうな? この迷宮は広いだろうが」
「そのために人数を割いての同時進攻作戦です。各隊とも隅々まで探索を行い、冒険者の発見はありませんでした。拙たちの仕事を疑うのですか? そもそも、あなたはこの迷宮の何を知っているのですか?」
「まあ待て、ライミ」
喧嘩腰でカッコウへと言葉を返すライミを見て、ジゲインが口を挟む。
作戦が上手く運んでも、迷宮の外で騒動を起こされては堪らない。
どうにか仲裁に入ろうと、彼が道具箱から腰を上げた――そのときであった。
「まずいことになりましたぞ!」
老人のしわがれ声が響いた。
「どうした!?」
ジゲインが即座に表情を固くし、その場に居た全員が声の方向を見やる。
そこには、迷宮から飛び出してきた老人が、血相を変えており。
「迷宮が変貌しましたぞ! 多段階式迷宮です!」
切れ切れの息から絞り出すように、そう叫んだ。
※伝令用の石版……魔力鉱石の粉末を原料にしたインクで文字を記述することにより、他の石版表面にも同様の文字を浮き上がらせる情報伝達道具。いわゆるトランシーバーのようなもの。“水の国”での歴史は浅く、一般的ではない。
※文字について……“水の国”では町により使われている文字が異なる(各町同士が通信手の念話、冒険者による物流以外でほぼ交流を持てない環境に由来する)ため、ここでは隊で取り決めた記号を書いて連絡を取り合っている。なお、言語については通信手を介して日常的に国中の町が会話を繰り返していること、迷宮の中には音声による扉の解錠が必要なものも多々あること等により、共用語が存在する。
※冒険者の入出管理帳……冒険者がいつ町へ来て、いつ町から出たかを個別に記載する資料。各町の通信手がいる役場で管理している。これにより各冒険者の安否と所在を凡そ知ることができ、冒険者に仕事を依頼したい人間は、この資料を参考にして希望の冒険者を探す。通信手を介して、特定の冒険者が今どの町に居るかを知ることも可能。町によってはこの資料に名前を記載しない、または他の町の入出管理内容と併せた場合に怪しい点が見受けられる冒険者の立ち入りを制限するところもある。




