『見習い勇者の総力戦』
ナイフの刃が閃き、両刃の剣が重々しくそれを弾く。
ぶつかり合う武器の間に、火花が星のように散る。
“汚れ仕事の”カッコウとの戦いは、充にとって初の持久戦となっていた。
光の雨は、いつの間にか桜色の花弁を踊らせる風に変わっている。
無数に舞う花弁は、充の視界の邪魔にならぬよう、カッコウの視界を塞ぐよう、極めて精緻に吹き荒ぶ。
それを物ともせずに振るわれるカッコウのナイフは唸りをあげ、その刃先に触れた花弁は衝撃で粉々に潰され、桜色の雫となって霧散した。
動きが速い。
“身体制御”の魔法で動作の終わりの隙を消しているのか、全ての攻撃の軌道変化が激しく、複雑。
ナイフの刃先が蛇のようにうねり、受けようと剣を差し出した右腕を掠める。
刃物が腕を撫でる感触に、ぞわりと全身が粟立つ。
身体が硬直した一瞬を突かれ、懐に潜り込んだカッコウの刺突が腹に迫る。
『“竹火”!』
その瞬間に足元から伸び上がった炎の槍が、ナイフを受け止める。
こちらは逆に炎の槍を蹴り、カッコウから距離を取る。
再び、数歩の距離で対峙する。
こちらが“身体制御”をあまり扱えないこと、剣の扱いが素人であることも既にバレたのか、踏み込みが徐々に遠慮なくなってきている。
目の前で柵となって緑色に燃える魔法を値踏みするように窺うカッコウ。
用心して消極的になってくれると助かるのだが。
防戦に徹しながら、それでも充は冷静さを失わぬよう、相手の動きを見落とすまいと目を凝らし、思考を巡らせていた。
この相手は、本当に強い。
視界のハンデを背負って、また周囲でこの戦いを見守り介入の隙を窺っている“竜の祝福”の面々を油断なく牽制し、それでも明らかに私が劣勢である。
周囲を見張る様子から見て、どうやらもう、魔力感知や気配感知を迷宮の魔法により邪魔されていることにも気付いているらしく、隙を突くのも大変そうだ。
そして何より、剥き出しでぶつけてくる明確な殺意。
人間から確固とした殺意を向けられたことなどなかった身としては、それだけで恐怖や怒りに思考を埋め尽くされそうになる。
だから、本当に――。
『やっぱり見ているだけなんて性に合わないわ。私がさっさとぶちのめすから。二度とミツルに刃を向けられないようにしてあげる。私をあそこに転送して』
『お、落ち着いてくださいジーンさん! 今回の作戦で表に出るのは充さんだけにするべきって一番主張していたのはジーンさんでしょう!? だから僕がやります! 思いっきりぶっ飛ばしてやります!』
『貴女こそ何を言ってるの! 見ている人がいるのよ! 貴方の魔法は――』
『ミヤも、ジーンさんも、落ち着いてください』
『主人……』
『わたしが、行きます』
『主人!?』
本当に、こうして頭の中で緊張をほぐし平常心を取り戻させてくれる“念話魔法”は、とてもありがたいものなのだと実感できる。
充は、強敵を前にして微かに笑った。
時間を圧縮したかのように、一瞬で会話を行える“念話魔法”。
その特性を利用し、戦闘の際にミヤたちとの会話や自問自答、日常的なことの空想を繰り返すことで恐怖や怒りの感情に流されず、平常心でもって的確な行動を為す。
それが、平和な日本で育ったゆえに「動物や人の姿をした魔物と戦おうとすると、良心や常識が邪魔をして咄嗟の判断が鈍る」という弱点を抱えていることに気付いたかつての充が、思案と工夫の末に編み出した、彼なりの戦術である。
カッコウは、そうした充を前に、憎々しげに舌打ちをした。
戦力では圧倒している筈の相手に、余裕の色すら見える。
迷宮の天候は奇妙奇天烈で、戦いの足枷になっている。
早急に決着をつけるべき――そう判断した男は、炎の柵を飛び越え。
また、剣戟の音が幾重にも重なり、丘の上に響き渡りだした。
改めて考えてみても、自分は物語で活躍する勇者らしくないな。
充は剣を振るいながら、そう思った。
――今は、自分がこの世界と関わる契機となった迷宮の一大事。
そして、刃を交える相手は、この国でトップクラスの殺し屋である。
状況としては、正に物語のクライマックス。
最大の障壁を乗り越える、正念場といえる筈である。
こんなとき、大概の勇者たちは劇的な過去を回想し、力を得て、逆転する。
それなのに、自分には思い浮かべるべき劇的な過去というものもない。
『“風花”!』
「――オオオウ!」
呪文に併せて白い風が天女の羽衣よろしく周囲に現れる。
それが、飛来した複数の投げナイフを絡め取り、危機を脱する。
――自分は平和な日本に生まれ、すくすくと育った。
人生に尽きせぬ「違和感」を抱いて生きてはいたが。
未来に無謀と言われる「期待感」を抱いて生きては来たが。
そんな人など、数えきれないほどにいるだろう。
自分は真面目で、律儀で、正直者であれと生きてきただけの人間だ。
『ミツル。その男、貴方を後ろの池に誘導しているわ。落とすつもりね』
『ありがとう、ジーン!』
先程から猛攻を仕掛け、怒涛の攻撃を続けてくるカッコウ。
全方位から迫る刃は、群衆に囲まれて物を投げつけられている気分になる。
丘がえぐれ、土煙が舞い、徐々に後方へと押されながら充は踏ん張る。
――自分はどうにも。
どれだけ頑張ってみても、劇的な結果を招くのが苦手であった。
何かあればその都度、必死になって、本気になって考え、物事に取り組む。
けれど、真面目な自分が導き出す結論は、いつも順当で妥当なものだった。
それはミヤと出会い、この世界に触れてからも変わっていない。
いつぞやの、ミヤとの混浴未遂騒ぎのときも。
ジーンから受けた告白への返事を考えたときもそうだった。
散々に悩んだ末に出した答えは、きっと何も考えずに出せる程度のもの。
他の人が深く考えずに導き出せる答えと、変わらないものだった。
真面目で、律儀だからこそ、いつも順当な結果しか招けない。
なんとも、皮肉めいたものを感じずにはいられない。
「――はぁっ!」
「――グゥッ!?」
“身体制御”が不得手の人間が、水面を蹴って跳び上がる。
その予想外の動きに、カッコウは呻き声をあげた。
水に足を取られた相手を貫く筈の投げナイフは、池に刺さり。
水面に突き立ったままの形で、ぷかぷかと浮いている。
エンシェの目と同じ青緑に輝くその池は、液状の宝石が満ちた場所。
人の身体など沈みもしない、重量級の液体で満たされていた。
――こうして考えてみると、次々と嫌になることも思い浮かぶ。
いつも順当な答えばかりを出す自分は、人からよく誤解される。
私は、いつも正直に自分の思いを語るというのに。
言葉だけでなく、行動で示すことに関しては人一倍だというのに。
「真面目な性格だということは分かるが、何を考えているのか分からない」
そんな風に、よく言われるのだ。
――考えていることはいつも口に出しているだろうが!
――行動でも示しているだろうが!
――だが、その言葉が考えなしに教本をなぞる言葉と同じゆえに。
どれだけ本気で考えても、行動しても、その本気を理解され難い。
怒りをぶちまけるのは騎士らしくない、格好悪いと思っているがゆえに。
声を荒らげず異を唱える態度が、疑わしいと言われることすらある。
何事も、人に分かりやすく伝えようと不断の努力をしているがゆえに。
なんでも論理立てて説明するところが、白々しいと評されることもある。
――そして、なまじ真面目だということだけは理解されるため。
今度は、捨てられない子供心を本気で持っていることも疑われる。
あれだけ言葉も、時間も、資本主義社会の基盤たる金銭も費やして。
不思議探しの旅行に勤しむ姿を晒しているというのに、それでも。
私は、そうした疑念や誤解や常識という「普通」の中に沈んでいる。
『充お兄さん!』
『りゅーちゃん!? ――ああ、了解!』
――だから、そんな私に沢山の「特別」を与えてくれたミヤたちのため。
居心地の良い空間と理解を与えてくれた綾絹荘の皆を守るため。
そんな自分を貫き通して、本気で楽しく生きるため。
今日は本気で戦うのだと、心に誓ってきたのだから。
後はもう、余計なことを考える必要もない。
――ただ、今日という日の勝利のため。
一途にこの腕を振るうだけで良い。
「そこの人!」
そのとき。
戦闘の合間に図書館から迷宮へと転送されていたエンシェが休憩所から飛び出し、カッコウに向かって叫んだ。
「――お前はァ! ついに出てきたか小娘ェ!」
その声を、その姿を待ちわびていた男は、その瞬間に。
一瞬にも満たない僅かな時間、我を忘れた。
魔力感知も気配感知も妨害されていることを、忘れた。
身動きが止まり、初めて生まれたカッコウの隙。
そこを目掛け、充は駆けた。
しかし、充の接近を許すより早く、男は再び臨戦態勢を整えた。
充を迎撃するため――ではない。
カッコウの隙を見て、千載一遇の好機と飛び出したのは充だけではない。
ずっと戦闘への介入を窺っていた“炊き出しの”ジゲインと、その隣の老人。
2人もまた、カッコウへと剣を向け、駆けていたのだ。
「――ヌアァ!」
威圧的なカッコウの叫びが、舞い散る花弁を震わせる。
ジゲインの剣が空を切り、隻腕の冒険者はそのまま地面へと倒れ込む。
老人の剣は弾かれ、枯れた小柄な体躯が丘の斜面を転がる。
そのまま淀みなく、カッコウは充の姿を捉えようと振り返り。
桜色の風に、視界を塞がれた。
「――グッ!?」
充を切り裂くべき一閃は、空を切り。
そして、切り裂かれた桜色の風の隙間から、充の渾身の一撃が。
「――おおおおお!」
気絶の魔法をかけた剣戟が振り下ろされ。
それは過たず、カッコウの頭を真芯に捉えていた。
「充お兄さん!」
崩折れるカッコウを認め、エンシェが安堵の声をあげる。
その宝石のように輝く美しい少女の姿を眺めながら。
気力を絞り尽くした充は、ふらつく身体をなんとか立て直し。
「……私も少しは劇的なこと、できたかな?」
汗に濡れる顔を拭いながら、そう呟いた。
※魔法の呪文……通常、自分の魔力を用いての魔法行使においてはなんらかの呪文を唱える必要はない(各種魔法の名前について“水の国”で完全に統一されているわけでもない)。ただし、自分がこれから使用する魔法の名前を口に出して意識することで、直後に使用する魔法効果の上昇が見込める場合もある(魔法を使用する者の性格によるところが大きい)。
※充の場合の呪文詠唱……充はミヤの補助を得て魔法を使用するので、今からどの魔法を使用するかをミヤに合図するため、呪文を唱える必要がある。口に出して発声する猶予がない今回のような緊急時の場合、“念話魔法”で呪文を唱える。
※殺意を向けられた際の人間……人は基本的に人と殺し合える精神性を持ち合わせていないため、訓練された兵士であっても敵に狙われた際は不快感や怒りが強く湧くことが(日本の存在する世界での研究により)知られている。また、(アジア史でいう)近代までの戦争においては、銃を持った兵士のうち実際に発砲できた人間は10~20%という統計があるなど、人は戦闘訓練され、かつ戦争という大義名分がある状況下においても、「人に危害を加えたくない」という心理が強く働くことも判明している。




