番外『貴方こそ異世界の救世主』
それは充とミヤが出会う、ほんの少し前のこと。
* * *
あらゆる生物の死に絶えた星、“石の国”の片隅に建つ“古代図書館”。
その一角で、意思を持つ魔導書であるミヤは、頭を悩ませていた。
「やはり……魔力の自然回復は見込めない状態みたいですね」
細く優美な指先に筆を持ち、それを眼前にある純白の柔肌に走らせながら言う。
「うん……それじゃあ、日本も……?」
純白の柔肌が――背中を晒し、ミヤの筆を受け入れている竜の少女が応える。
「はい。魔法空間の消滅と共に、いずれ消えてしまうでしょうね……」
「なんとか、できないかな?」
「無理に魔力を注ぐと、“水の国”みたいに荒廃してしまうかもしれません……」
「そう……だね……」
身体に絡みつく蔦のような模様を描かれながら、竜の少女エンシェは俯く。
ミヤがどれだけ日本好きであるかを知っているエンシェからすれば。
背後で筆を操る彼女がどれだけ苦しんでいるか、想像せずにいられない。
「僕が主人と出会う前から、もっと図書館の外へ意識を向けていたら……もっと打てる手はあったでしょうが……この星の住人が出ていってしまって6000年以上、メンテナンスもされずに放置状態でしたから……」
ミヤも、悲しげに呟き。
エンシェの背中から腕へ、魔法の模様を描く場所を移しながら。
そっと、主人の横顔を見る。
触れ合いそうなほどの距離で、竜の少女の青緑の双眸が潤んでいた。
「でも……! 手段がまったくないわけでもありませんよ!」
それを見て、主人の悲哀を感じ取ったミヤが、慌てて言葉を継いだ。
これ以上、幼気な少女に心配はかけまいと。
確実性には欠けるものの、打てる手がひとつ、あるにはあるのだと。
「“主のいない迷宮”に住む人に、手伝ってもらうんです」
そう、力強くミヤは言ってのけた。
“石の国”には、星を覆うほどの超巨大迷宮があった。
その名を、“主のいない迷宮”。
“石の国”に住んでいた人々が遥か昔に造りあげ。
6000年以上前、人々が他の星へ移住すると共に放置された迷宮である。
あまりにも巨大な迷宮であったそれは、外部からの訪問者が途切れた後も、内部で独自の環境と生態系を作り、文化を育み、文明を発展させてきた。
元々は“石の国”にとって資源確保のための「温室」であったその迷宮は、管理者の軛を離れ、独自の国家を内包するに至った。
その国のひとつである日本の文化は、ミヤも甚く気に入っている。
だが、どんなに巨大なものでも、迷宮は迷宮。
特に、“主のいない迷宮”は自身で魔力を賄うような駆動機型ではなく、外部から魔力を供給されることで「ものづくり」を為す牧場型の迷宮であった。
6000年掛けて徐々に保持していた魔力を消耗し、今や外部との出入口も消滅。
内部で生活する人々の中に、この世界が迷宮であると知る者もいなくなり。
外の世界の名残は、神話や伝承の中か、精々が時折見つかるオーパーツの中に見出だせる程度となっていた。
魔力の切れた迷宮は、いずれ崩壊するのが定め。
“主のいない迷宮”は、既に滅びを待つ世界である。
このところ、ミヤが頭を悩ませていたこと。
そして先程からミヤたちが心配そうに口にしていたこと。
それが、この“主のいない迷宮”の寿命問題であった。
「まだ日本のことを知って数十年程度ですが、それでも僕はあの世界が失われてしまうところを見たくありません!」
「うん。お世話になった人も、居るし」
「だから、魔力を注いでも大丈夫そうな場所を見つけて、そういう場所にちょっとずつ魔力を補充していくんです」
ミヤは、最近悩み続けていた成果――その問題への対抗策を語った。
「魔力がまだ少しでも残っている場所は、その影響で他とは異なる景観となっている可能性がとても高いんです。だから、迷宮に入って、そんな『異観』を巡っていけば、なんとかなるんじゃないかと思うんです」
迷宮を維持するには、魔力を注げば良い。
だが、今の迷宮内は魔力のない状態で6000年掛けて独自の環境を生んだ場所。
魔力のない状態が「正常」な環境となっている。
そのまま魔力を大量に注げば、過日の“水の国”のように荒廃してしまう。
そのため、魔力を注いでも悪影響の出ない場所を選んで魔力充填をしよう。
大まかに、このような作戦をミヤは考えていた。
「ただ、迷宮内で世界中を舐めまわすような強力な探索魔法を使っては環境に悪影響が出てしまうでしょうから、なるべく強い魔法を使わずに『異観』巡りをしないといけないんですが……無策で探していては、先に迷宮が崩壊してしまいます。だから――」
そして、その作戦を実行するには不可欠な要素となるのが――。
「現地で、そんな『異観』に詳しい人を見つけて、案内をお願いするんです」
――旅の案内役であった。
「案内をしてくれる人、見つかるかな?」
「それが目下の問題ですね……」
話を聞いてみれば、どうやら問題解決の方法論はできあがっているらしい。
そう思い明るい声を出したエンシェに、しかし、ミヤは困り顔のままであった。
言うは易く行うは難し。
既に世界の成り立ちを知る者のいない世界の住人に、どのような説明をして協力を取り付ければよいのか。
協力してくれる人はいるのか。
その辺りが、現状では不透明なままなのだ。
「日本にはどうもまだ魔法使いが住んでいるみたいなので、その人たちにコンタクトを取ってみて、そこから『異観』に詳しい人を紹介してもらう感じでいければなぁ、なんて思って、今、連絡手段を考え中です」
「難しそう、なの?」
「貴方の生きている世界は造り物です――って言ってしまっては、悲しませてしまうか、怒らせてしまうか、傷つけてしまいそうじゃないですか……。だから、そこを黙っていようと思うと……なんと説明すれば良いか……」
ミヤが思い浮かべるのは、図書館に蔵められた書籍に描かれた物語たち。
自分の親が血のつながった親ではないと知り、血縁上の親を探す人の話。
自分を援助してくれていた人物が犯罪者で、自分が黒い金によって育てられていたことを知り自暴自棄になる人の話。
自分が特定の民族の血を引くことをなによりの誇りとする人の話など。
人は、ときに意外なほどに自分の出自を気にするものだと描かれていた。
それを思うと、協力者への配慮は不可欠なものであると痛感するのである。
「そう……かな。そうかもね」
「はい……」
2人はまた少し、俯き。
「あの、でも! 主人に話していたら、この作戦で上手くいきそうな気がしてきましたから! 細かいところはもう一度考えて、早めに実行してみます!」
再び、ミヤが主人を元気づけるように笑い。
「うん。そうだね」
その柔らかな笑顔に、エンシェもふわりと微笑み返すのであった。
それから、暫しミヤの筆が純白の肌を走る時間が流れ。
「準備ができました」
「ありがとう、ミヤ」
エンシェの全身に魔法の模様を描き終えたミヤが筆を袖の中へと消し。
そこで、話は全て終わったと、2人は立ち上がった。
エンシェは護身用の魔法がかけられている模様を眺め、微笑んだ。
「それでは、主人にはいつも通り迷宮巡りをしてもらうついでに、新しい迷宮にできそうなものも探してもらうってことで……」
「うん。ミヤは、日本にいる人と連絡を取る方法を、考える」
「はい」
ミヤとエンシェは、慣れた口調でお互いの予定を確認し合い。
ミヤが書斎の扉を開けると、その先には“水の国”の草原が広がっていた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はい。お気をつけて」
挨拶の言葉を残し、エンシェが書斎から姿を消し。
図書館にひとりとなったミヤは、さて、と唸った。
「まずは日本に住む魔法使いの方を探して、日本の様子を聞いて……『異観』の調査はそれが成功してから手を考えるべきでしょうか……日本……日本……」
空中に紙を飛ばし、そこへどんな文字を書き込もうか、筆を迷わせる。
「あ、そうです!」
かと思えば、良いことを思いついたと、声をあげた。
「どうせ魔法使いの方を呼ぶのなら、新しい迷宮のシステムに日本の観点を持ち込んでもらうというのも、良さそうですね。お手伝いの募集って感じで、ひとつ、チラシを書いてみましょうか!」
そして、自分の考えを独り言で――日本語でしゃべり。
そのまま勢いよく、紙に筆を走らせ始めた。
「うう……不謹慎ながら、どうしても日本の人との交流と考えると楽しくなってきてしまいますね……覚えた日本語を沢山しゃべるチャンスですし……」
やがて、チラシを書き終えたミヤは。
紙面へと美麗な眼差しを落としながら、艶やかに微笑した。
「このチラシを読まれる方は、どんな人でしょうか……楽しみです」
美貌の魔女は、そう独りごち。
未来への期待と共に、そのチラシを迷宮の中へと送り届けたのであった。
※魔力と環境……ある程度の魔力は自然環境を豊かにする場合が多々見られる。ただし、水や栄養と同じように、与えられる魔力が過多の場合、自然環境は破壊される傾向にある。
※オーパーツ……出土品や伝世品のうち、それらが発見あるいは伝えられてきた場所・時代にそぐわない物品のこと。その時代では制造不可能と思われる技術により造られた工芸品、あるいは現代の技術をもってしても再現不可能な精密品等と紹介されることも多い。
※護身用の魔法……ここでは、エンシェの全身に描かれた魔法の力を秘めた模様のこと。外界からの様々な脅威から、エンシェの身体を保護する。竜であるエンシェの身体は、この魔法で防げる程度の驚異であればそもそも受け付けないが、「エンシェが竜である」ことを秘密にするため、「エンシェは様々な脅威をこの魔法により防いでいる」と周囲に認識させるための、いわばフェイク。




