5/7節『世界の歴史の今昔(下)』
「さて、到着だな」
「ミツル、よく眠れた?」
「あはは……まあ、眠気はなくなったよ」
サソリガニの急襲以降は平穏に砂漠の斜面を滑り続けること数時間。
ついに船は止まり、充たちは“黒い砂漠”の中心部へと辿り着いた。
「何度見ても……奇妙な景色だなぁ……」
甲板から眼前に見える異様に、充は呟く。
前方に広がるのは、黒光りする大小様々な立方体の転がる盆地。
神様が世界を作る際に色を塗り忘れた場所――そう呼ばれる僻地。
闇に浮かぶ小島の端に、今、充たちの船が漂着していた。
この一帯が充の仕事の目的地、“黒い砂漠”の採石地であり。
“災いの竜”の果てた場所。
竜の断末魔の炎に焼かれて生まれた鉱石が散らばる場所。
黒く艷やかで、驚異的な硬さを誇る“災いの石”が採れる場所である。
「俺は勝負をする当事者だから口は出せない。ミツル君が腕相撲の土俵に良さそうなものを選んでくれ」
「はい。わかりました」
充は船を降りると、巨石のあいだを縫うように移動し、手頃な石を探した。
マローの身長は190cm以上、ビィミィも180cm以上はあるだろう。
両者が立ったまま、肘を起きやすい高さのものは――と転がる石を物色する。
マローは巨石から巨石へと飛び移りながら、その様子を見守っている。
ジーンは宙に浮かんだまま、充のあとを追っていた。
「そうよ。ミツル、さっき剣を折っちゃったでしょ? ミツルが選んだ石は腕相撲の土俵にしたあと、ミトラが剣の素材にするんだし、それをそのままミツルが貰えばいいわ。“災いの石”製なら頑丈だから折れないわよ。どうせなら、自分の剣の材料にしたいと思う石を選べば?」
「あ、土俵ってそうやって消費されるんだ」
「“災いの石”は町に置きっぱなしにすると怖がる人もいてな。だから毎年、ここから町に運んでは、使い終わったらさっさとミトラが処理するって流れでやっているんだ」
「へえ……」
会話を続けるうちに、充は手頃な大きさの石を見繕うと、
「これなら良いんじゃないですか?」
「ああ、大丈夫だろう。“拾得魔法”で持てるか?」
「いけると思います」
その石へと手を添えた。
“拾得魔法”の発動――そう充が意識した瞬間。
目の前から、真四角の岩塊が掻き消える。
同時に、重さは感じないものの、なにか大きなものを背負ったような――。
ズシリと腕から腰に響くような、奇妙な感覚を覚える。
以前はすべてミヤの魔力任せの魔法であったが。
最近は充も魔力の使い方を体得し、この魔法を使えるようになっていた。
アイテムのゲットだな――と充はくすぐったく考えた。
「これ、ジーンの得意魔法だよね」
「そうね。“拾得魔法”の許容量なら、大抵の人間には負けないわ」
「ああ、ジーン以上に“拾得魔法”が使えるやつはいない――ミヤだけだろうな」
目的地との往復に時間は掛かるが、現場での仕事内容は呆気ないもの。
これにて、充たちの仕事の目的は達成である。
目的を達した充たちは、早々に踵を返し、船へと向かって歩きはじめた。
「“拾得魔法”は『持てる物』も『持てる量』も個人差が大きい。ジーンみたいになんでも大量に持てるのはまずいないだろう」
帰り道もまた、充たちは話題に事欠かず会話を続け、
「たしかに、これはあと2個か3個も同じような石を持ったら、もう無理だろうなって気がします。重さは感じないのに、なんだか不思議な感覚ですね」
「“災いの石”を持てるやつもそうそういないんだがな……」
「練習すれば持てる量も増えるわ。魔法については、ちゃんと教えるから」
「それは心が惹かれるね……っと」
足場の悪い巨石の隙間をすり抜けながら、充は返事をする。
「ジーンも、それだけの練習をしたってこと?」
「そうね。時間は有り余るくらいあったし――」
そうした仕事終わりの緩んだ雰囲気を味わいながら。
あと少しで自分たちの船に到着する――そのときであった。
「ちょっと待って」
ジーンが突如、会話を切って静止をかけた。
「どうしたの?」
『すまない、ミツル君。俺かジーンが目当ての客がいるみたいだ。穏やかな話で終わるかわからないから、気をつけてくれ。言葉は聞き漏らさないよう、ミヤの通訳魔法を働かせておくといい』
立ち止まった充に、マローが“念話魔法”で状況を伝えてきた。
いつのまにか、マローも岩の上で厳しい表情をしている。
『わかりました』
マローのただならぬ声音に、充は緊張と共に了解の言葉を返し。
『準備はいいわね? それじゃ、行くわよ』
その後、ジーンの言葉を皮切りに。
充たちは用心深く歩みを再開した。
やがて巨石群を抜け、漆黒の闇を背にしたジーンの船が見えてくると。
そのそばには――
「おお、これはこれは……“勇者”マロー様ではないですか」
小型の船が1つと。
その前に、見覚えのない肥満体型の老人が待ち構えていた。
充が“水の国”を訪れるようになってから半年以上経つ。
だがそのあいだに、充は肥満体型の人間を見たことはなかった。
“天使を歓待した町”では“山の民”を見かけることもあった。
彼らは、シルエットこそ丸みを帯びた体型である。
だが、あれは日本の力士と同じ、多量の筋肉による丸みである。
この国は、誰も余分な脂肪を蓄えられない生活環境なのだろう。
そう考えていた充にとって、目の前の老人は予想外の存在であった。
大きな町の町長かなにかだろうかと思考を巡らせる充の前で、
「“魔法蒐集家”ジーン様もお連れで……いやはや、これは……」
たるんだ頬の肉を愛想笑いで引きつらせ、老人はそこで言葉を止めた。
充の存在は、彼にとってどうでもよいらしい。
充は、黙ったまま老人をにらみつけているマローを見守った。
この老人がマローと直接の面識がある人物だということはわかる。
マローは今、冒険者らしい格好ではない。
“終焉と始まりの町”の住人と同じ、羊毛の不織布製の服を着ている。
体格こそ常人離れしているが、マローを冒険者だと即断はできないはずである。
また、“勇者”マローの名は有名といえど、顔が知られているわけではない。
それは今日一日、彼と共に行動していてわかったことである。
これまでマローを見て“勇者”だと騒いだ人間はいなかった。
それが、この老人はマローを見て迷わず“勇者”と言い放った。
ということは、この老人は彼を知っている人物ということである。
だが、それにしても――
「あんたがこんな場所に出向くとはな。なんのつもりだ? 俺に会いにきた、なんて言わないだろ?」
どのような関係ならば、マローがここまで当たりの強い対応をするのか。
それが、充には非常に気になった。
あの人の好さそうなマローが、まるでジーンのような口調である。
「いえ、滅相もない。今、“終焉と始まりの町”に“竜の剣を掲げる町”のお嬢様であるキーシャ嬢が来ていると聞き及びまして、挨拶をしようとはるばる出向いたのです。ここへは、まあ、ついでに立ち寄ってみたまでのことでして。なにせ、自慢の息子が“災いの竜”を退治した場所ですからなあ」
薄ら笑いを浮かべたまま滔々と語る老人は、言葉に迷う様子もない。
印象で判断するのも悪いが老獪な人物らしい、と充が考えていると、
『“水の国”を救う旅を一緒にしていたギィスって子の父親よ。名前はシカム。マローとは因縁があってね』
『因縁?』
『私から言っていいか迷うことだから。あとでマローが自分から話すと思うわ』
ジーンから“念話魔法”での耳打ちが入った。
『マローはギィスに義理立てして、あの男を見逃したんだけど。反省みたいなものはしていないんじゃないかしら。あの男がさっき言ってたのは、息子のギィスを大きな町の町長の娘と結婚させて権力を得ようと企んでますって意味よ』
『放っておいていいの?』
『他人の家の話よ。私たちが口出しするものでもないでしょ。嫌だったらギィスが自分でなんとかするわよ』
『いや、そっちじゃなくてマローさんのこと』
『マローももう大人よ。自分でなんとかするでしょ』
そのように、充たちが裏でやり取りをしながら。
どうなることかと、マローと老人の様子を見ていると。
最終的に、先に動いたのは太鼓腹を揺する老人であった。
「では、失礼させていただきますよ。――おい、出してくれ」
シカム老は黙したままのマローへ挨拶をするや、小船のなかへ声をかけ。
老人を乗せた船は急速発進し、黒い斜面を駆け登っていった。
マローはしばらくその場に立ち尽くし、それを無言で見送っていた。
帰路についた砂上船は、行きの半分ほどの速度でゆるゆると坂を登っていった。
船体の脇につけた車輪が砂を掴み、船を上へ上へと押し進めている。
その光景を、充は1人、甲板に立って眺めていた。
因縁の相手だというシカム老と別れたあと、マローの表情は陰っていた。
あの男がここに来た理由は、ミトラと会うためだったのだろう。
例年ならば、腕相撲勝負の日に採石地を訪れるのはミトラである。
そこを狙って、なにか商談を持ちかけようとしたのではないか。
勇者一行の肩書のあるミトラを懐柔して、なにをしようとしていたのか。
そういった心配を呟いたのちに。
ジーンに見張りの交代を頼むと、休憩のため、彼は船室へ向かった。
ジーンもまた、あの男はどうもきな臭いと語った。
シカム老の乗っていた小型の船から、不穏な魔力を感じたらしい。
あの男の護衛だろうが、かなり殺気立った人間が隠れていた。
殺し屋稼業の人間でも雇っているのではないか。
私たちが離れた位置から来客に気付いたのは、その人間の魔力のせいだ。
そんな人間を使っている時点で、ろくでもないことを企んでいるのだろう。
そのようなことを語り、しばらく用心する――と。
船首の、一段高くなった甲板の上で、彼女は進行方向をにらみ続けている。
充は、そうした様子の2人を心配し。
なにか、自分が手伝えることや力になれることはないかと思いながら。
それと同時に――。
どうしようもなく、気分が高揚している自分がいることを自覚していた。
“水の国”で泊りがけの生活をすると決めて、1日目。
まだ1日目にして、今まで、なんとたくさんの新体験があったことか。
多くの冒険者たちと協力しての魔物討伐。
世界を救った勇者の冒険譚。
冒険者という職業のこと。
突然の見知らぬ冒険者からのライバル宣言――らしきもの。
巨大生物との遭遇。
勇者の因縁の相手が登場。
裏で動いているらしい町の権力闘争。
それらが、すべて一度にやってきたのだ。
この半日で得た異世界の情報量は半端なものではない。
半年かけて得てきた異世界の情報を一気に超えたのでは、とさえ思える。
ミヤの通訳魔法を本格的に使うのは、今日がはじめてである。
言葉に不自由しなくなったため、得られる情報量が爆発的に増えたこと。
それがこの充足感の最大の功労者であろうとも思いはするが。
それにしても、充実した時間だった。
自分がした体験はどれも、幼いころから夢見ていたことだった。
騎士道物語のなかに登場する、胸躍る場面にほかならなかった。
充は、そうした胸の高鳴りを心地良く感じ。
心地良く感じてしまっていることを、マローに胸のうちで謝り――。
「ちょっとミツル? なに神妙な顔してるの。マローのことを気にして、『自分だけ浮かれるのは悪い』なんて思ってるなら、それこそマローが怒るわよ?」
そこへ充の内心を読んだかのように、ジーンが声をかけてきた。
小さな魔法使いは、いつのまにか充に身を寄せ、そばに立っていた。
「――ジーン」
充は一瞬、驚いたものの、すぐに笑顔となり、返事を返した。
そして、夢想の先へ飛んでいた意識を引き戻す。
「よく私の考えてることがわかったね」
「惚れた相手の顔色も読めなくてどうするのよ」
「それを言われると、返答に困るなぁ……」
「私は気が長いから。ミツルがその気になるまで待つわよ。ミツルもどっしり構えてていいわ。私に惚れたら、いつでも言ってね?」
「いや、さっき人のことをベッドに引きずり込もうとしたよね?」
「いいじゃない。軽いスキンシップよ」
「いやいや……」
「それにミツル? 貴方、エンシェとは一緒のベッドで寝たことがあるってミヤから聞いたわよ? 私だって負けてられないじゃない」
「う……その話を持ち出されると、つらいな……」
2人は、軽やかに言葉を投げ合う。
はじめのうちは、ジーンの好意に戸惑っていた充も。
この1ヶ月、異世界の仕事終わりに、ジーンと何度か町の観光もして。
そこで、彼女から“水の国”への永住を勧められたり。
結婚後の家を買わないかなどと迫られたり。
かといって、最終的に無理強いするようなことはなかったり。
そうした交流を重ねた結果――。
ジーンがいかに本気であるか、いかに押しが強いか、いかに懐が深いか。
ジーンという女性は、このような人物なのだ――と。
それはもう、身に沁みて理解していた。
そのため、今では充も、この全力の好意を寄せてくれている女性に対し。
これだけの軽口を叩き合える間柄になっていた。
「とにかく、よ。ミツル、1日目ももうすぐ折り返しだけど、楽しんでる?」
「――うん、楽しんでるよ。気を遣ってくれてありがとう」
「そう。良かったわ」
このように、新たに異世界で生まれた交流もまた、充は堪能しながら。
マローが起きてきたら、どのような話をするのか。
今夜の腕相撲勝負はどうなるのか。
明日以降の、ジーンから教わる冒険者の心得はいったいなんなのか。
――異世界の生活には、これから先、なにが待っているのか。
まだ見えぬ未来を見据えて、青空の先に、そっと目を細めた。
※拾得魔法で持てる物と量……水が好きな人は水をより多く持てるようになり、石が好きな人は石をより多く持てるようになるなど、幼いころから身近に感じていた(あるいは逆に、強く憧れていた)ものほど持てる量が多くなる傾向が強い。持てる量の上限は自力で持ち運べる量と同程度になる場合が多いが、反復訓練により許容量を増やすことも可能。また、「水を限界まで持った」状態でも「石はまだ持てる」など、拾得魔法で持てる物の上限は単純な物量で表せない(これを聞いた充は、「塩の飽和水溶液でも砂糖はまだ溶けるようなものか」などと雰囲気で了解した)ほか、他者の身に着けている物や、他者の魔力の影響下にある物は基本的に拾得できないなどの特徴もある。




