6/7節『異世界鉱山 千葉県鋸山』
「えっ!? りゅーちゃんがマローさんの初恋の相手!?」
「今、親子ほども歳の離れてそうな見た目でって思わなかったか? 俺がエンシェと出会ったころは、俺もエンシェと同じくらいの見た目だったんだぞ?」
「ああ……そう、ですよね」
「マローったら、もう20年以上も初恋を引きずってるのよ。本当、よくやるわ」
「あはは……それもマローさんらしいなって思いますけれど」
「相手は竜だ。一度は諦めるべきかと思ったこともあったが、結局、俺はこうして今でもエンシェを追いかけ続けているわけだが――それがどうだ。つい最近になって、エンシェの周囲に新しい男の影が見えるって話が聞こえてきてだぞ? しかもその相手がエンシェと同じベッドで寝ただなんて話を聞かされてな?」
「あっ……えっと、それは……」
「マローがぼやぼやしてるからでしょ」
「うむ。ミツル君。俺は『すべての終焉を踏み越えし“勇者”マロー』だ。今後ともよろしく頼むよ」
「いやいやちょっとこんなところでライバル宣言しないでくださいよ!」
「なにやってるのよ、2人とも」
「ちょっと! ジーンも笑ってないで!」
「いやまあ冗談は置いておいてな」
「いやあ……マローさんもあんまり驚かせないでくださいよ」
「だからなんだ。エンシェは今、“水の国”で家族の遺品ともいえる竜の身体でできたものを集めているから――俺も、それを手伝ってやりたくて神授のローブを探しているのさ。あれも間違いなく竜皮でできているはずだからな」
「あ――そういうことだったんですね」
「ああ、それとビィミィももちろんこのことは知ってるぞ。あいつも、そのあたりは全部承知の上だ」
「やっぱり、ビィミィさんも凄い腹の据わりかたですね……」
砂上船の甲板で、茜色に染まりはじめた空の下。
町への帰り道、暇を持てあます船旅の時間を使い。
充たちは、また歓談に花を咲かせていた。
休憩を終えたマローが、先程の老人が自分の家族と故郷の仇であると明かし。
想像以上の重い因縁である。
充が言葉も継げずにいたところからはじまった会話であったが。
その空気を察したマローが、自ら即座に話題を明るいものに切り替え。
ジーンと合流する前に話しかけていた、自分の冒険する理由――。
竜の少女への初恋についてを語ることで、すっかりと場を温め。
「――で、ミツル君の故郷にも、今日、経験したような冒険気分を味わえる場所があるんだって? 魔法も魔物もいないって話だったが」
「そうなんですよ。魔物がいるわけでもないし、魔法が飛び交ってるわけでもないんですけど、そこに行くと『剣と魔法の世界に来た!』って気分にさせてくれる場所があって――」
そうした和気藹々とした空気のなかで語られたこと。
今日一日で充が体験してきた、紛れもなく剣と魔法の世界の出来事。
それと同じ雰囲気を、理屈抜きに味わわせてくれる場所。
そのような場所が、充の故郷である日本にも存在すること。
それが――充が日本を出発する直前に、ミヤたちを案内した場所。
千葉県は鋸山に関する話題であった。
* * *
これまで、自然の景観にしろ、人工の景観にしろ。
日本のなかで、都会から気軽にアクセス可能であり、多くの人が訪れ。
特に、圧倒的な「異観」を観られる場所。
そういったものを、迷宮造りの取材のため。
また、ミヤと彼女の主人が楽しい時間を過ごせるように。
充は誠心誠意、観光案内してきたわけであるが――。
「ほかと違った角度から観光用迷宮の参考にしたいので、日本の観光地のなかで、特に迷宮っぽいと充さんが思うような場所を案内してもらえませんか?」
千葉県にある鋸山を訪れたのは、ミヤのそのような申し出がきっかけであった。
「わあ……! 充お兄さん! 凄い、平たい壁が……」
「この道の細かい登り降り、曲がった途端に視界を埋める平らな壁、無数の行き止まり、角地に溜まる水場、聳える壁に細い通路……なにより霧に満ちた空気がまるで緑色に色づいているような感覚……! この雰囲気は、どれも確かに迷宮っぽいですね!」
「そう思うよね。ここを人に紹介するときは、私の場合、いつも『リアルダンジョン』とか『最深部に聖剣が突き刺さってそうな場所』って紹介しているよ」
山を登り始めて1時間ほど。
鋸山の見所の1つである、巨大な石切場跡。
そこに足を踏み入れたミヤとエンシェの2人は――。
かたや周囲に薄緑の魔法の花を咲かせ。
かたや青緑の双眸を輝かせ、嬉しそうな声をあげていた。
それは、緑の藪を掻き分けるように進んでいた3人が、道を曲がった瞬間。
のっぺりと、はるか頭上まで続く垂直の壁が現れたときのことであった。
千葉県は鋸山。
そこは、房州石と呼ばれる石材の産地としてかつて名を馳せた山である。
ヒカリモと呼ばれる黄金色に輝く藻が山裾に自生し、緑豊かな山であり。
それでいて、山頂近くの山肌にはかつての石切場の鑿跡が多く残され。
垂直の崖がノコギリの歯さながらにギザギザとした山体となっている――。
いわば、人工の景観と自然の景観が溶け合った場所である。
その異様さを覚えるほどの垂直な崖。
崖の所々に遺された四角く抉り抜かれた巨大な穴。
洞窟かと思える石切場の跡。
抉り取られた岩の隙間を歩く山道。
山頂付近の崖に彫られた巨大な彫像。
それらの奇景と、海を望む展望が人を呼ぶ観光名所――それが、鋸山である。
観光用迷宮の基礎工事完了を目前に控え。
この取材旅行の日々も終わりが見えてきた時期。
今回も電車旅となった充たち一行は、鋸山の最寄り駅へと昼前に到着。
生憎の霧雨であったが、山を登るのには問題ないと3人は出発。
駅のすぐ脇にある港から海を眺め、海上を走るフェリーを見届け。
それから、充の手製サンドイッチを片手に山登りを開始したのであった。
鋸山は標高も300m台と高くなく、山道も階段が多いため、険しくはない。
上下ともきっちりとしたレインウェアを着込んだミヤ。
カラフルなポンチョを着て、裾をふわりとさせながら歩くエンシェ。
2人とも、特別な山登りの装備というわけでもない、雨具姿である。
それでも華やいで見えるのは、さすがだな――などと、充は思いながら。
春の緑と、雨と、湿った土の匂いが立ち昇る林の中を、3人は進んだ。
「この石造りの階段ですが、本当に轍がありますね」
「山の上の石切場から、石を載せた荷車が何度も何度も降り続けた証だよね」
「あと、これまで日本で見てきた階段は石積みが多かったですけれど、ここは石を積むのではなくて大きな岩を削って階段状に凹ませているところが何箇所もありましたよね。さすが石切場って思います!」
「やっぱりミヤさんはそういうのを見るのが好きなんだねぇ」
山道では、足元の石段の中央が凹んでいるのを見つけたミヤが目を輝かせ。
旧跡の歴史の匂いを石段1つ、鑿跡1つから感じ取って饒舌になり。
「そういえば“水の国”でも、“黒い砂漠”の採石場に向かう砂上船の道は轍になっていましたっけ」
「ああー、ミトラさんのところでバイトしたときの」
「あっちは採石場が下で町が上ですけれど……と言いますか、“天使を歓待した町”みたいな大規模な採石場のあるところでも、こんな山奥というか、山の上のほうに採石場を設けるようなことはしませんけれど……」
「こっちの世界には“拾得魔法”みたいな便利なものがないからね。特に昔は、どうしたって大きな石を運ぶには高い場所から切り出さないと運べないから、採石場は山の上になるよね。あとは川や海の近くだったら船で運ぶとか」
「おお! なるほど!」
「山裾がすぐに港町になっているのは、それでなのですか? 充お兄さん?」
「多分そうじゃないかなぁ。港からここの石を各地に運んでたって資料は見たことがあるし」
異世界から見た日本らしさで話が盛り上がったかと思えば。
「あ……あそこの、ふわふわしていそうなものは?」
エンシェは、山道の脇に小さく切り出され、並べられた石に目をつけた。
その石は放置されて久しいのか、緑色の苔が全面に生えたものである。
鋸山の山道には、こうした石材の置き忘れのようなものが、多々転がっている。
「なんだか、けむくじゃらのウサギさんが並んでいるみたい」
「ああ。言われてみれば小動物が身を寄せて突っ立ってるように見えるかも」
「ちょっと可愛い……かな。苔ウサギさん」
「主人はふわふわしたものが好きですもんねぇ」
長い時間を掛けて丸みを帯びたであろう石に、笑みを向ける少女。
その感性に、充とミヤは思わず顔を綻ばせるなど。
雨に煙る木々の中を、色とりどりの3つの影は仲良く登っていった。
石切場跡の奥に見える白く角ばった石材屑の山。
視界を覆う垂直に平たい崖の数々。
頭上にまで張り出した水平に平たい崖の数々。
草に埋もれ、水溜りのできた日陰の行き止まり。
苔むした白壁が全ての情景に重ねられた時間の流れを感じさせる。
まるで、遥か昔に滅んだ文明の神殿跡のような。
人の力と、そこへ上塗りされた自然の力の共存によってできた神秘の景色。
雨粒の垂れるフード越しに、竜の少女はその光景を見上げるのであった。
「わぁ……充お兄さん! ここの平らな崖はもっと凄いですね!」
「あまり崖際に近づくと危ない……というか、誰かが見ていて真似すると危ないから、手すりは乗り越えないでねー」
「おおー! ここは見晴らしも良いですね! 海も見えますし……あれは山登りの前に立ち寄った港の辺りですかね、充さん?」
「位置的にそう……かな? 晴れていれば海の向こうに富士山も見えるんだけど」
拝観料のかかる山頂付近――の手前。
崖際で、特に見晴らしの良い一角へと充たちはやってきていた。
「左に垂直な崖の奇景、右に海と山の絶景……いいですねぇ!」
「あれ、でもミヤさんやりゅーちゃんは空を飛べるし、夜景とかならとにかく、こういう自然の景色は見慣れているかな?」
「いえ、わたしたちは“水の国”では目立たないように、あまり高く飛ぶこともなかったので……このような景色が観られるのは、とても嬉しいです」
「“石の国”は高く飛んだところで岩の荒野しか見えませんしねぇ」
「ああ~、なら良かった」
そうして白く煙る海際を眺めていたとき。
不意にミヤが、「恋人の聖地はここに建てたら良かったのでは」と呟いた。
「うん? 恋人の聖地? さっき港で見たやつ?」
「あ、はい。いきなりすみません。ちょっと新迷宮のどこにデートスポットのようなものを置こうかと考えていたもので」
どうやらミヤは、新迷宮の内装について、思いを巡らせていたらしい。
そろそろ完成が見え、その辺りを具体的に考える時期が来たということだろう。
浜金谷の港には、恋人の聖地と呼ばれるデートスポットがある。
石と芸術の町と呼ばれる山裾の港町のフェリー発着場近く。
今、丁度眼下に見える海際だろう。
そこは、町おこしの一環として作られたのだろうオブジェが建っているのだが。
「どうせなら、これくらい景色の良い場所のほうが良くないですか?」
「うーん……まあ、ミヤさんの言いたいことは分かる」
「充さんがよくバイトしている“終焉と始まりの町”にも、似たようなデートスポットがあるんですけれど、そこは展望台になっている広場ですし」
「うん、まあ、ミヤさんの意見も凄くわかる。私も山好きだし。でも、こんな山の上にデートスポットを作ったら、登ってこれるカップルがどうしても少なくなっちゃうからね……ミヤさんたちみたいにスタミナが無尽蔵の人は滅多にいないから」
今でも時折、こうして常識はずれの価値観を垣間見せるミヤ。
それに笑いながら補足や受け答えをする――。
そのような行為は、充にとって、すっかり慣れたものとなっていた。
「あ……すみません、理解しました。そうですね、坂道をいくら舗装しても、人の体力は無尽蔵じゃないですもんね……」
「ミヤはときどき加減を間違えるからね」
「うっ……気をつけます」
「ああ、やっぱりミヤさんってそういうのをやらかしたことがあるんだ」
そしてまた、最近はエンシェがそこに加わり。
ミヤのその価値観がこれまでどのような騒動を巻き起こしてきたのか。
そうした情報も、旅の道中を盛り上げる話の華として提供されるようになった。
「“水の国”に来たばかりのころ、まだわたしたちが目立たないように振る舞おうと決める前のことですが、迷宮で会った勇者一行を……えっと、今のマロー君たちではなくて、先代の“勇者”の二つ名を持つ人たちだったのですけれど、その人たちをやっつけてしまって、それから『最強の魔物が現れた!』ってしばらく騒動になったことがあって……」
「だ、だって“水鏡の迷宮”は新米冒険者用の迷宮だって町で聞いていたんです! そんな場所で会った相手でしたし、問答無用で攻撃されるとも思いませんでしたし、スライムかゴブリンかなーくらいの気持ちで撃退しちゃっても仕方ないじゃないですか……!」
「『新米冒険者用の迷宮に恐ろしく凶悪な魔物がいる』と、当時の町はその噂でもちきりでしたよ」
「あー、そういうのゲームでもあるある。序盤のダンジョンに1匹だけいる高レベルのモンスターだ……というより、状況的にはラストダンジョンの隠しボスが序盤のダンジョンに遊びに来たって感じか」
「あ、あまり笑わないでください充さん!」
「ごめんごめん、ミヤさんらしいなって思って」
山の清浄な空気を吸って、心を潤し。
旅先の心地良い高揚感でもって、大いに笑い合い。
ゲームのお約束を語らうのに、これほど似合う場所もないだろう。
そう思わせる、現実に飛び出してきたダンジョンのなかで。
「充さん! それじゃあ山頂に向かいましょう!」
「充お兄さん、よろしくお願いします」
「うん! 行こうか!」
ミヤたちの明るい声を聞き、充もまた明るく返事を返し。
霧が出て、木々も石も緑色に溶ける空気のなか。
鋸山の山頂へ向かい、色鮮やかな雨具の影が、再びゆっくりと歩み始めた。
※鋸山……千葉県にある、江戸時代から昭和まで石材の名産地として名を馳せた山。遠目に見ても独特の角ばった景観をしている。現在は石切場跡が残される観光地となっている。北側は未舗装の登山道や石切場が見られ、南側は寺の境内となっている。また、山の周辺に目を向けると、すぐ近くに海水浴場があるほか、日本ではじめてヒカリモの発見された場所もあり、ちょっとしたアウトドアレジャーも可能。




