幕間『竜と密輸と検疫法』
充が昔を思い出すとき、その記憶は常に叱咤激励の響きで満ちていた。
「充も――なら――らしくしなさい!」
「充は――なんだから――」
「ちゃんとした格好をしなさい! さもないと――」
「それは間違っている。充は正しいことをしないと――」
充の両親はとても面倒見が良く、その分、とても厳しかった。
幼少期の充はとても愛されたが、その分、干渉されもした。
今では、一人立ちした充であるが。
今でも、耳の奥に当時の叱責が残っている。
何不自由なく、とまではいかずとも、充分に優しく育ててくれた両親。
子供らしい無茶をしたり、ふざけあって遊んだ友人も、幾人もいた。
それでも。
本や映画やコンピューター・ゲームに登場する、騎士やヒーローや勇者たち。
彼らに憧れ、彼らを目標とする充を、周囲は奇異の目で見てきた。
自分の趣味嗜好が、いつもどこでも乾いた視線で見られる。
ただその一点のために、どこか充は満たされない思いを抱えていた。
幼いころの充は、自分が物語に登場する騎士になることを夢想して過ごした。
騎士道物語に登場する清廉潔白な騎士たちは、常に正しく、格好良かった。
学校の道徳の授業で習う正しい行為とも合致する、完璧なヒーローだった。
充はそのようにして物語の世界から、現実への「期待感」を得ていた。
「現実とお話の世界は違う」
「もっと真面目に生きなさい」
「立派な人になりなさい。充ならなれる」
「諦めずに頑張りなさい。充ならできる」
そして、正しくあれと言う大人たちが、清廉な騎士の存在を否定する現実。
自分が正しいと思うこと、古くからの物語に書かれたことが否定される現実。
これが正しい道徳だと教えておきながら、道徳を遵守することを非常識という。
大きな夢を持って生きろと言いながら、夢を見るなという大人たち。
それらに、充は強い「違和感」を得ていた。
――もっと現実に夢を見て生きてもいいんじゃないのか。
――もっと自分が信じるものを信じてもいいんじゃないのか。
その思いを胸に。
物語とは異なる現実のままならなさに、騎士のごとく抗おうと思ってか。
高校生になるころには、充は意地でも清廉さを貫く真面目な性分となっていた。
これも、一種の反抗期のなせる業だったろうか。
それからも、充は「違和感」を隣に数々のアルバイトを体験し。
機会があれば、「期待感」を胸に様々な場所へと旅行をし。
魔法や怪物の飛び交う冒険譚とはいかなかったが。
それでも、たくさんの文化と価値観に触れ。
多少の物事には動じない懐の深さ。
何事も細やかに考える思考力。
その2つを武器とする青年に成長していた。
――これは、沙々木充青年の、その生真面目な性格が産んだ一仕事。
異世界生活をした場合の、日本の生活との折り合いをどうつけるのか。
そういった問題に腐心する、彼の日常の一幕。
* * *
2度目の山梨旅行も、成功裏に終わったといって良いだろう。
竜の少女は終始ご機嫌で、少女の従者である魔女も満ち足りた顔であった。
小旅行から帰った2人は充に何度も礼を述べ、異世界へと姿を消した。
自室に1人となった充は、旅の疲れを癒やすため、早々にベッドへ――。
との気持ちを抑え、PCの置いてある作業机へと向かった。
彼が今回の旅行で得た戦利品を、寝る前に整理するためである。
彼の手には、硬貨ほどの大きさのメダルが2枚、握られている。
それこそが山梨旅行で獲得した戦利品。
エンシェのガイド役をこなした充への、アルバイト代である。
この程度のことならバイトの内に入らないよ、と言う充に。
それでも旅費がかかっているでしょうから、とミヤが渡したこのメダル。
それは、充がはじめてミヤの元で仕事をした日に交わした契約の品。
異世界で仕事をした際に払われる、「現物支給」の賃金であった。
充はPCを起動すると、メダルの写真撮影をして、画像データを記録する。
PCのディスプレイには、日時と金額が細かく列記された表が映っている。
彼はなにをしているのか。
それは、日本国民として国に税金を納めるための資料作り。
すなわち、年度末の一大イベント――確定申告に備えた資料作りである。
充が異世界のバイトでどうやって対価を得るか。
これは、「純金メダルを受け取り、それを換金する」。
この方法で予想以上に簡単に解決できた問題であった。
だが、そうしてバイト代の獲得を成し遂げてみれば。
その次に、簡単には解決できない問題が立ちはだかった。
それが――税金問題である。
日本という国は、国民に対して税を課している。
誰かから高額の贈物を受け取った場合。
あるいは自分の持ち物を売却した場合などでも。
そこで得た利益に対して税金がかかる。
そして、それは「日本に居住している者」であれば。
物や金のやり取りが「日本国外」でのことであっても課税の対象になる。
つまり、法律の条文を見る限り。
異世界で得た収入にも、税が課せられるのである。
「自営業より申請は楽なんだろうけど……異世界で働くと税金関係が全部グレーゾーンだから気分的に辛いよなぁ。贈与税だとか、譲渡所得と雑所得だとか、細かいところはさっぱりだしなぁ。去年は控除額に収まったけど、今年はどう考えても無理だし……」
口のなかで嘆き声をあげながら、充はキーボードを叩く。
確定申告――税金関係の手続きは、どれも煩雑で仕方がない。
「数字だけ出して、細かいことは窓口に聞くとして……」
異世界の収入など常識の外の話。
おそらく、律儀に申請などせずとも、誰からも文句は言われないだろう。
それでも、充は面倒事をわざわざ背負う。
口では嘆いてみせている充であったが。
その背中は、満更でもなく状況を楽しんでいる風であった。
――そう、律儀で生真面目な生き方を続けてきた彼は。
今や、すっかり細かい律儀さを発揮するのを楽しむ性分になっていたのである。
たとえば彼は、その性分を今回の山梨旅行でも発揮している。
竜を日本に連れ込むのは、法律上ありなのか。
充は、異世界のことなど間違いなく想定していないだろう法律を前にして。
そのようなことも調査していた。
明確な解答が出るはずのないグレーゾーンだということはわかっている。
だが、個人的に後ろ暗い気持ちにならずに済むような納得が欲しい。
そのような、あくまでも自己満足の範囲ではあるが。
結果的に、日本は爬虫類の持ち込みに関しては動物検疫の対象外であり。
――竜を爬虫類に含めてよいかは微妙な気もしたが。
当然ながら竜という種は事前に手続きの必要なものとして指定されていない。
――特定外来生物であったり絶滅危惧種であったりに、幻獣の項目はない。
つまり、なかなかにホワイト寄りのグレーゾーンであるという結論が出た。
そのため、充は心安らかに今回の旅行計画を実行したのである。
付け加えると、検疫などの制度が作られた理由。
病気の持ち込みは大丈夫なのか、という点についても。
事前にミヤから確認を取り、対策済みだと言われているので安心である。
また、そのようなことを気にするのならば。
充が異世界に行くのは密出国ではないのか。
異世界の物を日本へ持ち込むのは密輸ではないのか。
これについても、かつての充は入管法をはじめチェック済みである。
こちらは、条文を見る限りでは違反になりそうな、なかなかの難問であった。
だが結局、彼はそれらの問題をなんとか自己解決した。
「自分は寝室の押入れに入っているだけだ」という理屈を持ち出したのだ。
日本という国が、個人の部屋のなかに外国の存在を認めようはずもない。
「私の部屋の押入れは日本国外だ」と言い張る人間がいたとしよう。
それを国が認めるはずがない。
であれば、自分の場合、週末に自室の押入れに篭っているだけである。
つまりそれは密出国ではない。
金貨やら竜やらを税関を通さず持ち込んでも密輸ではない――などなど。
このように、充はその性格ゆえに、必要以上の気苦労を背負い。
私より先に異世界を旅して法整備した人がいれば楽だったが、と呟きつつも。
己に恥じる行為の無きよう、これまでも。
そして今日も、異世界交流の先駆者としての道なき道を歩んでいるのであった。
「こんな感じでよし、と……後は……」
やがて、充は必要な作業を終え。
PCの電源を落とすと、今度こそベッドへ向かおうかと立ち上がり、
「……まあ、来るよね」
そこで、玄関の扉が開けられる音を耳にして。
予期せぬでもない来客を出迎えに向かった。
帰宅から1時間。
雑務を終えた充を待ち受けていたのは、愛しのベッドではなく。
これも、彼にとっては旅行帰りのお決まりの行事といえる――。
「みっちゃーん、また山梨行ったんでしょー? 土産ないの、土産?」
「そこにあるほうとうの麺、好きに持っていって」
「またほうとうかよ! そこはモモだろ!? またモモパーティーしようぜー?」
「モモは夏だよ。あと、たっくん? 私は旅行帰りで疲れているんですが?」
「旅行帰りだから来たんだよ! 彼女とどうなってんのか聞かせろよ!」
嵐のごとく襲来した、綾絹荘の隣人の相手をするお約束の展開であった。
今、怒涛の攻勢で充に語りかけている人物は、充の大学の同期であり。
また充と共に現綾絹荘の最古参の住人である、隣の部屋の主。
名は久保内匠。
頻繁に充の部屋を訪れてはおしゃべりをする、気心の知れた仲である。
内匠はいつも通り。
「充とミヤの関係の進展」について根掘り葉掘り尋ねるため。
充の旅の疲労など知ったことかと、意気揚々とやってきたのであった。
「たっくんもよく飽きないよね、その話題」
「そりゃ親友がすっげぇ美人と付き合いだしたなんて、ほっとけないでしょ!」
充とミヤは、付き合っている――。
充としては、ミヤは弟みたいなもので、そのようなつもりもないのだが。
当人の思いとは別に、それは、綾絹荘のなかでは公然の事実となっていた。
かつて、ミヤが充の部屋へ唐突に姿を現した際。
ミヤが充の服装をそっくり真似した格好であり。
それを、ちょうどこの隣人に目撃されて――。
それ以来、耳にタコが出来るほどに聞き慣れることになった話題。
それが「充とミヤの関係の進展」であるが。
「だからあの人は仕事仲間であって彼女じゃないから。まずそこから離れて?」
「ただの仕事仲間が男の部屋に来て、その上、2人で旅行するかよコノヤロー!」
「大切な相手ではあるけれど……」
「ノロケかよコノヤロー!」
押入れのなかの異世界については、基本的に口外しない約束となっている。
話したところで、真に受ける人もほとんどいないであろうが。
思わぬ騒動でも起こさないようにと、充とミヤで相談をして、そう決めた。
今回の旅行にはエンシェも連れて行ってはいるのだが。
銀髪の少女は、人に見られないよう、充の車まで姿を消して移動していた。
突然に充の部屋から現れでもしたら、さすがに目立つとの配慮である。
そうした諸々の事情により。
今回の旅行も、内匠たち綾絹荘の住人から見れば。
どこにでもある、平和にして幸せな恋人たちの2人旅なのである。
詳細を語れぬ以上、きっぱりと否定もできない。
かといって、適当な嘘を吐くのも気が引ける。
そのような充にとっては。
なんとも、困った話なのであった。
「で、どうなのさ? いい感じだった?」
「古民家の資料館を観て喜んでいたよ」
「すっとぼけやがってー」
「すっとぼけてないよー」
「みっちゃん、最近めっちゃいい笑顔するようになったもんさー。どう見ても充実した日々を送ってるって顔に書いてあるんだぜー? 誤魔化せてないよー?」
「あれ、自覚ないけど、そんなに違う?」
こうして、充の旅行帰りのお決まりのイベントは――。
野次馬根性丸出しの隣人の軽口と。
充の苦笑いに彩られて、賑やかに過ぎていくのであった。
その日の夜。
ベッドに身を横たえながら、充が思い浮かべるのは今日の出来事。
日本と異世界とを行き来しながらの日常生活。
真面目に生きようとすると、あっちでもこっちでも問題が山積みだが。
それでも――。
目を瞑る充の、瞼の裏に浮かび上がるのは2人の女性の姿。
寄り添い、笑い合う異世界の魔女と竜の少女。
2人の、あの笑顔が見られるのであれば。
それならば――。
――これほどやり甲斐のある仕事も、ほかにないだろう。
そう思い、眠りに落ちる充の表情は。
彼女たちに負けず劣らず、満ち足りたものであった。
* 竜と密輸と検疫法 了 *
次回、幕間『魔女の手習い料理』に続く
※検疫法……国外から国内に伝染病が侵入するのを防ぐための法律。
※確定申告……ここでは、個人が得た利益に対して掛かる税金の額を確定させる申告手続のこと。年に1回、稼いだ利益から国に税金を払う前におこなう作業。
※贈与税……人から金銭や物を貰った際に、貰った金額(金銭に換算した額)に応じて払わなければならない税金。贈った側ではなく、贈られた側が払う税金なので注意。
※譲渡所得と雑所得……ここでは、純金を換金して得た利益のこと。税務署に譲渡所得と判断されるか雑所得と判断されるかは条件によって様々。
※控除額……税金によっては、ある程度の額以下であれば、得た利益に税が課せられない。その額のこと。
※動物検疫……輸出入される動物(及び畜産物)に対しておこなう伝染病予防のための検査のこと。
※特定外来生物と絶滅危惧種……いずれも、輸出入に規制のかかる生物。
※入管法……「出入国管理及び難民認定法」の通称。出入国に関する法令。




