◆2-4 不器用な言葉
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「サンティス兄さん。イベット、今日は外出でしたっけ」
珍しく姿が見えないことが気になっていたコーエンは、サンティスに問うた。
真面目なイベットは、外出でも暇でも、必ず予定を書き残す。
見落としただろうか。
「ああ。シュベルトバイゼン伯爵のところだよ。館訪問だ」
サンティスは、作業の手を止めると、コーエンの方に向き直った。
「館訪問?」
シュベルトバイゼン領というと、北部地方の入り口だ。
随分遠いところに行ったものだ。セントラルからだと、車でも三時間はかかる。
「イベットちゃんに、何か用事か?」
「……はい、大したことではないんですけど」
*
コーエンはイベットに相談したいことがあった。
困ったことに、献上靴が…またしても進まないのだ。
必要な素材は集まってきたのに、肝心のコーエンの手が動かない。
描いても、描いても、しっくりこないのだ。
初めて会ったエリカ王女。
華やかな部屋で、小さくなっていた彼女は、
鮮やかな色も、淡い色も、すべて、拒んでいるように見えた。
コーエンは、違和感を抱いたが、ちゃんと言葉にできなかった。
こういう時イベットは、小言を言いながらも、いつも言葉にしてくれる。
コーエンは、どこかでそう期待していた。
*
「そういえば、イベット、最近遅くまで残っていますけど、何かトラブルでも?」
コーエンの質問に、サンティスは微妙な顔をした。
「シュベルトバイゼン伯爵の仕事がうまくいってないみたいだよ。どうも、アーネスト様と反りが合わないらしい。」
コーエンは眉をひそめた。
「イベットが?何でまた」
イベットは気配りの塊みたいな人間だ。仕事を失敗する姿が全く思い浮かばない。
『その色似合いませんよ』とか、『予算が足りません』とか、そういう失言はしない。
――俺じゃないんだから。
「ちなみにアーネスト様って……どなたでしょうか」
コーエンは、小さな声できいた。
「シュベルトバイゼン伯爵家の二番目のご子息だよ。アーネスト・レヴィック。結構有名人だよ」
荷運びで近くを通りかかった、リジェットが、話に加わった。
「コーエン兄さん、アーネスト様、知らないの?リジェットでも知ってるよ」
コーエンは苦笑いをした。
少しは、社交界を勉強した方がいいかもしれない。
情けない兄弟子に、リジェットは得意げに説明する。
「アーネスト様は、シュベルトバイゼンの一番槍って言われているのよ!ランスの達人なんだから、ね、サンティス兄さん」
サンティスはリジェットに頷いた。
「ランスだけじゃなくて、銃も体術も強いって聞くぞ!」
その後、サンティスは思い出したように付け加えた。
「でも、最近はとんと活躍を聞かないんだよな。しかも、色々よくない噂も耳にするし」
何やら、雲行きが怪しそうだ。
コーエンは、サンティスに問うた。
「ちなみに……その、アーネスト様からのオーダーは、どういうものなんですか?」
「……それが、イベットちゃん、教えてくれないんだよ」
コーエンは一瞬沈黙した。
「……え、何で」
サンティスは困ったように肩をすくめた。
「俺も詳しいことは知らないんだけどさ。イベットちゃんのことだから、多分意地になってるな」
「イベット姉さん、十案出して、十案没だって言ってた。“才能がないから”って独りごと言ってたの、聞いちゃった」
リジェットが心配そうに言う。
「お前さ」
サンティスがコーエンの肩に手を置いた。
「献上靴で忙しいのは分かるけど、たまにはイベットちゃんに優しい言葉くらいかけてやれよ。同期なんだからさ」
コーエンは黙り込んだ。
才能があるとか、ないとか、そんな話はどうでもいい。
イベットの靴は上手い。
少なくともコーエンはそう思っている。
確かに、派手さはない。
アズソールのような圧倒的な発想力もなければ、サンティス兄さんのような華やかさもない。技法だって限られている。だが、イベットの靴には配慮がある。
依頼主のことを、やりすぎなくらい、真面目に考えている。
だから履き心地がいいし、長持ちする。
コーエンは、イベットの “生真面目な靴”が結構好きだった。
事情は分からない。
だが――。
少しだけ、イベットが気の毒だった。
コーエンにしては珍しく、胸の奥に小さな不満が残った。
*
閉店して間もなく、アトリエの鈴が鳴った。
久しぶりに顔を出したイベットが、力のない声で告げる。
「ただいま戻りました」
コーエンは帳簿を書いていた手を止め、立ち上がった。工具を片付けているイベットへ歩み寄る。
「イベット、ちょっと」
そう言って、半ば強引に奥のキッチンへ連れていった。
「何よ。私、明日の準備して、もう帰るんだけど。明日も朝から外出なの」
イベットは腕を振り払い、険しい目でコーエンを見た。
「……お前、シュベルトバイゼン伯爵の仕事、やり方考え直したらどうだ」
「……は?何?いきなり」
イベットの顔がこわばった。
「別に、一人でやることじゃない。難しいなら俺が代わる」
イベットは、コーエンの目を一瞬見たが、不意に視線を落とした。
「なに、それ」
コーエンは、まるで言い訳するように付け加えた。
「いや、今のイベットじゃ、難しいだろうって……ほら、一度冷静になったほうが成果も出やすいし」
「あんたまで、あの人みたいなこと言うのね」
「……は?」
コーエンは何を言われたかわからず、聞き返した。
イベットは唇を噛む。
「今日も言われたのよ。何で“一級職人でもないお前が来たんだ”って」
思わずコーエンは目を見開いた。そんな話は初めて聞いた。
「いや、俺はそんな意味で――」
「そりゃあんたはいいわよね」
イベットは言葉を遮った。
「貴族様に愛想をふりまかなくても、勝手に仕事が来る、天才だって持ち上げられて。おまけに一級職人にまで選ばれて」
一息に言うと、そこで声が途切れた。
居心地の悪い空気が、もやもやと肌に張り付くが、コーエンの喉からは言葉が出なかった。
「私じゃ……伝えたいことすら、伝えられないのよ。分からないわよね、あんたには」
イベットは、少し赤くなった目をコーエンに向けると、そのまま踵を返した。
扉が勢いよく閉まり、コーエンはその場に立ち尽くした。
そんなつもりではなかった。
困っているなら、自分が引き受けようと思っただけだ。
それに――。
少しだけ、腹が立っていたのかもしれない。
イベットの仕事が軽んじられていることに。
彼女の靴まで馬鹿にされたような気がして。
「あー……わかんねえ」
コーエンは作業台に戻ると、ひそかに頭を抱えた。
あんなに必死なイベットを見たのは、コーエンも久しぶりだった。
そういえば、思い返すと、何も聞いていない。
イベットが、どんな靴を作っているのか。
コーエンは、不意に席を立ちあがると、店舗にある帳簿台の引き出しを開けた。
やっぱりか。
コーエンは、苦笑いをした。
しわしわになったイベットの設計票が何枚も入っていた。
「……帳簿台を私物化するなよ」
コーエンは小さくため息をつくと、帳簿台に椅子を持ってきて腰かける。
そうして、一枚一枚を丁寧に伸ばし、並べ始めた。




