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◆2-4  不器用な言葉


***

「サンティス兄さん。イベット、今日は外出でしたっけ」


珍しく姿が見えないことが気になっていたコーエンは、サンティスに問うた。

真面目なイベットは、外出でも(いとま)でも、必ず予定を書き残す。


見落としただろうか。


「ああ。シュベルトバイゼン伯爵のところだよ。館訪問だ」

サンティスは、作業の手を止めると、コーエンの方に向き直った。


「館訪問?」


シュベルトバイゼン領というと、北部地方の入り口だ。

随分遠いところに行ったものだ。セントラルからだと、車でも三時間はかかる。


「イベットちゃんに、何か用事か?」

「……はい、大したことではないんですけど」


コーエンはイベットに相談したいことがあった。


困ったことに、献上靴が…またしても進まないのだ。

必要な素材は集まってきたのに、肝心のコーエンの手が動かない。

描いても、描いても、しっくりこないのだ。


初めて会ったエリカ王女。

華やかな部屋で、小さくなっていた彼女は、

鮮やかな色も、淡い色も、すべて、拒んでいるように見えた。


コーエンは、違和感を抱いたが、ちゃんと言葉にできなかった。


こういう時イベットは、小言を言いながらも、いつも言葉にしてくれる。

コーエンは、どこかでそう期待していた。


「そういえば、イベット、最近遅くまで残っていますけど、何かトラブルでも?」


コーエンの質問に、サンティスは微妙な顔をした。

「シュベルトバイゼン伯爵の仕事がうまくいってないみたいだよ。どうも、アーネスト様と反りが合わないらしい。」


コーエンは眉をひそめた。

「イベットが?何でまた」


イベットは気配りの塊みたいな人間だ。仕事を失敗する姿が全く思い浮かばない。


『その色似合いませんよ』とか、『予算が足りません』とか、そういう失言はしない。


――俺じゃないんだから。


「ちなみにアーネスト様って……どなたでしょうか」


コーエンは、小さな声できいた。


「シュベルトバイゼン伯爵家の二番目のご子息だよ。アーネスト・レヴィック。結構有名人だよ」


荷運びで近くを通りかかった、リジェットが、話に加わった。

「コーエン兄さん、アーネスト様、知らないの?リジェットでも知ってるよ」


コーエンは苦笑いをした。

少しは、社交界を勉強した方がいいかもしれない。

情けない兄弟子に、リジェットは得意げに説明する。


「アーネスト様は、シュベルトバイゼンの一番槍って言われているのよ!ランスの達人なんだから、ね、サンティス兄さん」


サンティスはリジェットに頷いた。


「ランスだけじゃなくて、銃も体術も強いって聞くぞ!」


その後、サンティスは思い出したように付け加えた。

「でも、最近はとんと活躍を聞かないんだよな。しかも、色々よくない噂も耳にするし」


何やら、雲行きが怪しそうだ。

コーエンは、サンティスに問うた。


「ちなみに……その、アーネスト様からのオーダーは、どういうものなんですか?」


「……それが、イベットちゃん、教えてくれないんだよ」


コーエンは一瞬沈黙した。

「……え、何で」


サンティスは困ったように肩をすくめた。


「俺も詳しいことは知らないんだけどさ。イベットちゃんのことだから、多分意地になってるな」


「イベット姉さん、十案出して、十案没だって言ってた。“才能がないから”って独りごと言ってたの、聞いちゃった」

リジェットが心配そうに言う。


「お前さ」


サンティスがコーエンの肩に手を置いた。


「献上靴で忙しいのは分かるけど、たまにはイベットちゃんに優しい言葉くらいかけてやれよ。同期なんだからさ」


コーエンは黙り込んだ。

才能があるとか、ないとか、そんな話はどうでもいい。

イベットの靴は上手い。

少なくともコーエンはそう思っている。

確かに、派手さはない。

アズソールのような圧倒的な発想力もなければ、サンティス兄さんのような華やかさもない。技法だって限られている。だが、イベットの靴には配慮がある。

依頼主のことを、やりすぎなくらい、真面目に考えている。

だから履き心地がいいし、長持ちする。

コーエンは、イベットの “生真面目な靴”が結構好きだった。

事情は分からない。

だが――。

少しだけ、イベットが気の毒だった。

コーエンにしては珍しく、胸の奥に小さな不満が残った。


閉店して間もなく、アトリエの鈴が鳴った。

久しぶりに顔を出したイベットが、力のない声で告げる。


「ただいま戻りました」


コーエンは帳簿を書いていた手を止め、立ち上がった。工具を片付けているイベットへ歩み寄る。


「イベット、ちょっと」


そう言って、半ば強引に奥のキッチンへ連れていった。


「何よ。私、明日の準備して、もう帰るんだけど。明日も朝から外出なの」


イベットは腕を振り払い、険しい目でコーエンを見た。


「……お前、シュベルトバイゼン伯爵の仕事、やり方考え直したらどうだ」


「……は?何?いきなり」

イベットの顔がこわばった。


「別に、一人でやることじゃない。難しいなら俺が代わる」


イベットは、コーエンの目を一瞬見たが、不意に視線を落とした。


「なに、それ」


コーエンは、まるで言い訳するように付け加えた。


「いや、今のイベットじゃ、難しいだろうって……ほら、一度冷静になったほうが成果も出やすいし」


「あんたまで、あの人みたいなこと言うのね」


「……は?」


コーエンは何を言われたかわからず、聞き返した。


イベットは唇を噛む。


「今日も言われたのよ。何で“一級職人でもないお前が来たんだ”って」


思わずコーエンは目を見開いた。そんな話は初めて聞いた。


「いや、俺はそんな意味で――」

「そりゃあんたはいいわよね」


イベットは言葉を遮った。


「貴族様に愛想をふりまかなくても、勝手に仕事が来る、天才だって持ち上げられて。おまけに一級職人にまで選ばれて」


一息に言うと、そこで声が途切れた。


居心地の悪い空気が、もやもやと肌に張り付くが、コーエンの喉からは言葉が出なかった。


「私じゃ……伝えたいことすら、伝えられないのよ。分からないわよね、あんたには」


イベットは、少し赤くなった目をコーエンに向けると、そのまま踵を返した。

扉が勢いよく閉まり、コーエンはその場に立ち尽くした。


そんなつもりではなかった。

困っているなら、自分が引き受けようと思っただけだ。


それに――。

少しだけ、腹が立っていたのかもしれない。

イベットの仕事が軽んじられていることに。

彼女の靴まで馬鹿にされたような気がして。


「あー……わかんねえ」


コーエンは作業台に戻ると、ひそかに頭を抱えた。


あんなに必死なイベットを見たのは、コーエンも久しぶりだった。

そういえば、思い返すと、何も聞いていない。

イベットが、どんな靴を作っているのか。


コーエンは、不意に席を立ちあがると、店舗にある帳簿台の引き出しを開けた。


やっぱりか。


コーエンは、苦笑いをした。

しわしわになったイベットの設計票が何枚も入っていた。


「……帳簿台を私物化するなよ」


コーエンは小さくため息をつくと、帳簿台に椅子を持ってきて腰かける。

そうして、一枚一枚を丁寧に伸ばし、並べ始めた。


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