◆2-5 イベットの設計票
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すっかり、辺りが暗くなってしまった。
アトリエからは、片づけの音さえ聞こえなくなった。皆、帰宅したのだろう。
コーエンは、リリー灯のつまみを回して、光を強くした。
イベットの設計票は、不可解だった。
日付が古いものは、合花革の靴が描かれている。かなりオーソドックスなタイプだった。
飾りもないし、形に遊びもない。でも、使おうとしている素材はかなり質の良いものばかり。
日常的に使うものにしては、相手がいくら金持ちでも、勿体ないくらいのものだ。
ただ……日付が新しいものは、ひざ下まであるブーツ。強度の高い合花で作られている。
いわゆる軍靴。騎士様がよく履くやつだ。
なぜ、変わった―?
何があった。
さらにコーエンの目を引いたのは、軍靴の形。
納得いかないのか、イベットは何枚も描きなおしている。
ほんのわずかに形を変えながら。
「……こだわるじゃん」
イベットが必死に設計図をひく姿が見えるようだった。
「おい、コーエン」
背後から控えめな声が自分を呼んだ。
コーエンは設計票から顔を上げ、振り返ると、そこにはフォルコの姿があった。
巨体を縮めながら、こちらの姿を窺っている。
大量のサンドイッチを片手に。
「……フォルコ兄さん、帰ったんじゃないんですか」
「仕込みをしていたんだよ。明日の昼のまかないな」
「……ああ。いつもありがとうございます」
「お前に少しおすそわけしてやる。どうせまた食ってないんだろ。また痩せるぞ」
「……余計なお世話です」
そういいながら、フォルコが差し出したサンドイッチをありがたくもらうことにした。
しかし数が多い。どういう計算なのかはよくわからない。
「こんな時間まで何見てんだ?みんな帰ったぞ」
「……設計票です。イベットの」
フォルコは、「ああ」と言って、設計票の一枚を手に取った。
「アーネスト様の靴か?」
「兄さん、知っているんですか?」
「全部じゃねえけど」
「イベットは、何でアーネスト様の靴を……?」
「伯爵から頼まれたらしいぞ。ほら、アーネスト様の任官式用の靴だとさ。来年から、官吏のお役目をされるらしいから。さすがシュベルトバイゼン家だ」
「へえ……」
コーエンは、再び設計票に目を落とした。
何枚も、何枚も、描いては、直した跡が見える。
節目の靴だ。
全力でいいものを作りたいのだろう。
でも……それだけか?
「イベットは、本当は何が作りたいのかな、兄さん」
「ん?」
コーエンは、革靴と軍靴の設計票を並べるようにしてフォルコに見せた。
フォルコは設計票を覗き込むと、眉をひそめた。
「短靴と…軍靴?二つ作ってんのか?あいつ。家紋も入っている。随分凝ってるじゃねえか」
「それに、日付が新しいのは、軍靴の方なんですよね」
「本当だな」
「兄さん……あと、ここ。」
コーエンは、図の一角を指さした。
「左右の形も、底の素材も違うんです。普通、こんな作り方しない」
コーエンは、少し考えてから、設計票に書かれたメモをパラパラと見返す。
やっぱりそうだ。
アーネスト様の常用靴のスケッチ。
右足の減り方が極端にひどい。しかも側面だけ。
これは、いつも足をかばって歩いている人間の靴だ。
アーネスト様は、多分、足が悪い。
「イベットの設計……足の負荷を外に逃がしたいのかな」
「負荷……?ケガでもしてるっていうのか?アーネスト様が?」
「そうだと思います」
コーエンは、イベットの設計票を見ながら、ふいに笑った。
「……これ、いいじゃん」
「ん?」
「イベットの設計です。考え方は合ってると思う。ただ――」
指先で、一箇所を示す。
「ここだけ、少し直せば。木型のここ」
コーエンは鉛筆で追加した。
フォルコは身を乗り出すと、頷いた。
「ああ、いいんじゃねえか?よくそんなすぐ思いつくな」
「職人なので」
「気持ち悪いぞ、少し」
コーエンは、設計図をまとめると、平坦な声で言った。
「……じゃあ三日後、シュベルトバイゼンに行ってきます。」
「……ん?」
「フォルコ兄さんもです」
「んん?」




