◆2-3 採寸
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「コーエン、誓ってね。あなたが口にしていいのは、たった三つ。確認よ。」
アリアナは、笑顔でコーエンを促した。
「はい、か、いいえ、か、天気の話。…だけです。」
「よろしい。それでは、くれぐれも失礼のないよう。たった三十分だから、絶対笑顔をくずさないこと。いいわね。」
この日は、ウィズダムの一大事であった。
コーエンが、エリカ王女の採寸を行う日だったからだ。
本来、一介の職人が王族に直接顔を合わせることなどありえないが、
“一級職人”は、そのお役目が許されているのだ。
コーエンにとっては、プレッシャー以外の何者でもないのだが。
*
「一級職人コーエン・アルミナイト様、お時間です。」
コーエンは、王宮の侍女らしき女性に、花動車に乗るよう促された。
リリーの油を燃料にして動く、花動車。
ただでさえ高価なリリーをふんだんに使うとあって、花動車に乗るのは、貴族か大商人くらいのものだ。扉は、金細工と花結晶で家紋があしらわれ、一瞥しただけでその権威がわかる。そして、こと王族の花動車となれば、言わずもがなである。
「あの…やはり歩いて行くという選択肢はないのでしょうか。その、随分と目立つので…」
コーエンが小さくこぼすと、侍女らしき女性は淡々と切り捨てた。
「一番地味なものを手配しました。我儘を言わないでくださいね。」
コミュニケーションにおいて、一ミリも信用されない一級職人は、観念して車に乗った。
*
コーエンは窓の外を見ながら、エリカ王女について思い起こしていた。
エリカ・へレボルス・ハノイット様。
ハノイット王家、第二王女。
母は、北部地方の名門・グレイス侯爵家の出身だ。
――静かで、温厚で、内気な姫君。
誰もが彼女のことをそう噂する。
一体どのようなお方なのだろうか。
*
「採寸にはこちらを使っていただきます。」
王宮について早々、侍女は飾り結晶のついた小箱をコーエンに手渡した。
受け取ると、見た目に反してズシリと重たい。
中を見ると、金属の塊みたいなものが入っていた。
「採寸用具です。」
金属の下の部分からわずか見えるつまみを引っ張ると、目盛りのついた尺が出てきた。
(これは、巻尺ということか…?こんな重たい素材で作る必要があるのか?絶対使いにくいだろ。)
コーエンは眉をひそめた。
侍女から「ご質問でも?」と問われたが、
「いいえ。」
コーエンは、笑顔を張り付けて、そう答えた。
*
「エリカ様、コーエン・アルミナイト様がお越しになりました。採寸のお時間です。」
侍女が扉を開くと、そこは豪勢なフィッティングルームだった。
色鮮やかな衣装が、整然と並んでいる。
壁一面に備え付けられた棚には、さまざまな形状の靴が詰まり、天井からは見事なまでの装飾が施されたリリー灯。
めまいがするほど豪奢であった。
そこに。
薄銀の髪をゆるやかに下ろし、同色のドレスをまとった女性が、静かに座していた。
コーエンは驚いた。
彼女は静かだった。
あまりにも静かで、部屋の景色に溶け込むようだった。
*
コーエンは、エリカ王女と儀礼的に挨拶を交わすと、さっそく採寸を始めた。
先ほど車に同乗した女性は侍女頭なのだろう。
奥から侍女をもう二~三人引き連れてきた。
コーエンが明確に指示を出すと、万事手際よく手伝ってくれた。
かかとの後ろから、足先まで。
幅、甲の高さ。左右差の確認。
くるぶしの位置。高さ。
重心の確認。
コーエンは、侍女に指示を出しつつ、記録を取る。
――土踏まずは高い。足幅は狭い。足長は背丈に似合わず長い。
走りやすそうな足だな。そう思った。
*
帰り際、エリカ王女は、コーエンに静かに礼を述べた。
「期待しております。…シグリッド様も、私も、あなたに。」
「恐れ多いことです。ありがとうございます。」
コーエンが丁寧に頭を下げると、エリカ王女は少しだけ視線を落とした。
「どのような靴を…お作りになるつもりですの。」
エリカ王女は、ためらうように瞳を揺らした。
「…わかりません。まだ、採寸させていただいたばかりですので、これからです。」
コーエンがそう言うと、王女は「…それもそうね」と小さく笑った。
「でも。」
コーエンは、一つだけ、設計書を読み上げるような声音で付け加えた。
「どこまでも走れそうな足だと、思いました。」
王女は、ほんの少しだけ驚いたような目をした。
*
コーエンが一礼して部屋を出ようとしたとき、
「待って。」
エリカ王女が呼び止めた。
コーエンは振り返る。
「いかがされましたか?」
エリカ王女は、少しうろたえるように瞳を左右に揺らすと、
「…期待しているわ。」
もう一度、小さく言った。




