◆2-2 サンティス兄貴のキザ授業
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「コーエン、貴族にものをお納めするときはな、ある程度“キザさ”があったほうがいいんだぜ!」
「キザ……?」
コーエンは思わず聞き返した。
何かの聞き間違いかと思った。
「そうだ、キザ!」
サンティスはぱちりとウインクをすると、在庫棚から二枚の布を取り出して広げた。
「たとえばだ。ここに“赤紫”と“青紫”の布がある。さて問題。棟梁の生家、“アルミナイト家”にお礼のスカーフを贈るとしよう。……没落してるけどな! そこはいったん無視だ。で、コーエンならどっちを選ぶ?」
コーエンは二枚の布を見比べた。
どちらも美しい光沢があり、発色もいいしムラもない。
廉価な合花布でありがちな、目立った反応残渣跡もない。実によく制御されている。
(品質が同じなら、赤でも青でもどちらでもいいのではないか?)
コーエンは、思いつくがまま口に出した。
「品質は同じです。なら…どちらでも。」
「……言うと思ったぜ。お前、高価な安全靴作るわけじゃないんだぞ。贈りものをするんだからさ。」
サンティスは少しだけあきれ顔をした。
「んじゃ、質問を変える。アズソールは、どっちを選びそうか?」
コーエンは、アズソールの姿を思い起こす。
長身。長い手足。黒髪。彫りの深い顔。赤紫色の目。
コーエンは、小さく答えた。
「赤紫のほう……」
「おお、その心は!」
サンティスは、うれしそうに続きを促した。
「……着てそう。」
コーエンは、一言だけ言った。
サンティスは、にこやかに頭を抱えた。
「お前……。それは、ちょっとだめだ。言うなよ、貴族様の前で」
コーエンは腑に落ちないまま、もう一度布を見た。
似合うか、似合わないか。好きか、嫌いか。
壊れず、滑らず、足を守る。
それで十分ではないのか。
それ以上に何がある。
「じゃあ、兄さんならどちらを選ぶんですか。」
コーエンは少し不服そうに言った。
「俺なら、こう選ぶな。」
サンティスは赤紫の布をつまみ上げると、コーエンに丁寧に手渡す。
そうして片膝をついて、コーエンの方を見つめる。
「これは、アルミナイト家の家紋“ダリア”をイメージして選びました。あなた様の瞳の色にも似ている。自由で情熱的な赤紫色です。私の気持ちとして、どうかお受け取りください。」
コーエンは、数秒固まった。
そして、顔の前で激しく手を振った。
「無理だ、それは。…キザすぎる!無理すぎる!」
サンティスは、軽快に笑うと、
「無理じゃない。大事なことだぞ。お前さ、せっかく色々考えてんのに、いつも言葉と距離があんだよ。もったいねえから、伝えてやれって。」
「…」
「それが、作品を相手に献上するってことだからな!」
コーエンは戸惑った。
戸惑ったが、サンティスの言葉は、自分でも驚くほど理解できる。
コーエンは、エリカ王女のことを知らない。
何が好きなのかも、どんな色が似合うかも。
寸法は測れば分かる。足の癖も見れば分かる。
でも…それだけでは、ないのだろう。
なら、何を見る?
何を…形にする?
*
「というわけでだ、なんでも形から入るのが大事だ。練習あるのみ!」
サンティスは美しい顔をにこにこさせると、勢いよく両手を広げる。
「兄さんに靴をプレゼントしてくれ! 理由つきで!最高にかっこよくな!」
「……は?」
「ほら早く!」
「いやいや、何で。」
「早く、早く。」
これは――。何か返さないと終わらない顔だ。
完全に“遊びのサンティス兄さん”になっている。
仕方がない――…
コーエンは小さくため息をつき、素材棚へ向かった。
革束を何枚か引き抜き、そのまま床にしゃがみ込む。
「兄さん、立っててください」
「お?」
「靴を見るんだから、足元見ないと分からないでしょう」
サンティスが瞬きをする間にも、コーエンは勝手に作業を始めていた。
革を一枚、サンティスの靴の横にあてる。
違うと思ったのか、すぐ別の色へ替える。
視線は真剣そのものだ。
サンティス・ドルマン。
細身の脚。無駄なく整った立ち姿。
革靴の癖のない減り方。
――歩き方が軽い。
コーエンは視線を落としたまま、次の革を手に取る。
「……黒だと重いな」
「え?」
「兄さん、足運び軽いでしょう。真っ黒だと沈みすぎる」
チェスナットブラウンの革を、足首のあたりまで持ち上げる。
「赤毛ブロンドにはこれくらいが合う。形はローファー寄りのドレスシューズ。
装飾は少なめでいい」
コーエンは完全に仕事の顔だった。
素材を光に透かし、角度を変え、サンティスの足元へ何度もあてがう。
「兄さん顔が派手だから、飾り増やすとうるさくなるし」
「おい」
「でも余裕ある感じは似合う。顔の印象も、派手だけど整っている。少し抜け感が欲しい」
革の端を指で撫でる。
「タッセルは小さいほうがいいな……」
そこまで言って、ふと違和感を覚えた。
妙に静かだ。
コーエンは顔を上げる。
そして固まった。
サンティスが耳まで真っ赤になっていた。
「……なんでそんな顔してるんですか」
「いや待て待て待て、お前それ反則だろ……!」
「何がです」
「そんな真顔で足触りながら褒め倒すやついる!?」
「褒めてません。設計です」
「無自覚が怖ぇよ!!兄さんときめいちゃうじゃん!」
「気持ち悪いこといわないでください!」
なんだこの反応は。
コーエンは急に居心地が悪くなり、素材を片付け始めた。
サンティスはそんなコーエンの周りをぴょんぴょん跳ね回る。
「もう一回やって! イベットちゃん相手にも絶対やれよ!」
「やりません!」
「なんで!?」
「うるさいからです!」
コーエンは思わず声を荒げた。
だが、サンティスはけらけら笑うばかりだ。
……兄さんの遊びには閉口する。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
張っていた肩の力が、ほんの少しだけ抜けた気がした。




