◆2-1 ランカルト工房のオタクたち
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ランカルト工房の素材保管庫。 若棟梁ローレン・ランカルトは、眉間に皺を寄せたままアズソールにぼそりと漏らした。
「アルミナイト様は……お気に召さないのでしょうか。かれこれ一時間、あの調子で。まったく表情が変わりません」
アズソールは笑って肩をすくめた。
「いや、逆だな。あれは完全に世界に入ってる。あと倍はかかるぞ。茶でもしばくか?」
「しばきません。私はね、忙しいんですよ。いい加減付き合ってられません。」
「キリキリするなよ、ローレン君。王族様への献上品の素材選びだぞ。誇らしいじゃねえか。」
「私はね、短時間で儲かることが一番誇らしいんでね。」
「それにしても。」
アズソールは、惚れ惚れするように目を細めた。
保管庫には、合花布や合花糸が天井までぎっしり。
色も反応値も、ピンからキリまで揃っている。
「いやあ、すごい数だ。さすがマテカン一等の子会社。見学だけで儲けもんだな。……おっと、ローレン君、これもサンプルもらうぜ」
「またですか!そろそろお金取りますよ!これは上等なんです。一反いくらすると思ってるんですか。工程が多いんですよ。ロべリカ種の茎の柔らかい部分を千五百度で熱して――」
「細かいこと言うなよ。質がいいんだ。美しいなあ。最高だ。」
アズソールがうっとりと笑うと、ローレンは観念したようにため息をつき、 サンプルカッターで布を切り取った。
*
コーエンは、アズソールとともに、北西部のランカルト工房を訪れていた。
来るべき儀式で献上する「靴の素材」を探すためである。
一級職人に選ばれてからというもの、 コーエンのもとには各方面から素材の提案が山のように届く。 中には明らかに悪質なものもある。
「一級職人は最高級のカモ」 ――それがアリアナの持論だった。
だからこそ、アリアナはアズソール単独の危うい商談を禁じ、 必ず自分かフォルコをつけるように言っていた。
そんな中、異彩を放つ営業が現れた。
「ランカルト工房」の若棟梁、ローレン君だ。
小柄な身体に似合わない、妙に大きなサンプルカッターをぶら下げ、突然営業にやってきた。そして、自己紹介もなく、商品と数字だけを淡々と並べていく。
布にも糸にも興味がないし、欲も悪意もない。
一言で言うと「まことに変わった数字オタク(営業)」であった。
アリアナは笑って言った。
「信頼できるわよ。あの人、数字にしか興味がないから。いいんじゃない、ランカルト工房。」
コーエンは、「はあ」とあいまいに答えた。
正直なところ、素材の話など頭に入ってこなかった。
その前に、設計図が一つも思い浮かんでいなかったからだ。
困ったものだ。普段の靴づくりなら、コーエンの手が止まることなど、ほぼない。
自分で言うのも気が引けるが、作品を仕上げる速さはアトリエで一番だと思う。
量産靴はオーダー票があるし、オーダーメイドなら依頼主が近くにいる。
目的地が明確であれば、最短距離で最も有益な設計をくみ上げる。
それがコーエンのやり方だ。
しかし、この度の“献上靴”は目的地がよくわからない。
「エリカ王女に献上する婚約儀礼用の靴」
決まっているのは、それだけだ。
こんな状態では素材探しどころではない。その前の段階だ。
頭を抱えていたコーエンだが。
いざランカルトの工房に足を踏み入れた瞬間、鬱屈した気持ちをど忘れした。
広い。
… 広すぎる。
コーエンは、つい、ぽかんと口をあけて見入ってしまった。
ウィズダムの工房を縦横五十個並べても足りないほどの保管庫。 中央の在庫制御装置を囲むように、六階分のらせん棚がそびえ、 色とりどりの素材がぎっしりと並んでいる。
コーエンは、身体の奥に熱いものがめぐるのを感じた。
あっちの布をめくり、拡大鏡で折目を読む。
こっちの糸を引き、帳面に走り書きをする。
口角は勝手に上がり、素材を探す手が止まらない。
気づけば五階まで来ていた。
コーエンは、ふと我に返ってあたりを見回したが、アズソールもローレン君も見当たらない。
――やってしまった。
コーエンは、昔から、夢中になると周りが見えなくなる癖がある。
アリアナさんやイベットには全力で止められるのだが、アズソールには大体放置される。
――戻らねば。
ローレン君は妙に短気だから、へそを曲げられても困る。
十分収穫は多いし、 アトリエに戻ってから相談しよう。
そう思って階段を下りかけた、その時だった。
視界の端で、水紋のような輝きが揺れた。
……今のは?
コーエンは足を止め、吸い込まれるように棚に近づいた。
そこにあったのは、見事な光沢を放つ青い布だった。
光の角度で表情が変わる。
安っぽさのない、湿度を含んだ艶。
触れるとひんやりと心地よい。
コーエンの胸が高鳴る。
――この布… ――どうなっている?
拡大鏡を当てる。
(一本一本の糸は細いのに…強い。反応速度の遅いリリーを使っているんだろうか?どういう製法だろう。それにしても、これはいい。細くて、強くて、平滑な光沢が――いい。)
そこまで考えて、コーエンはふと我に返る。
「……まずいまずい」
また手が勝手に動いてしまった。
とにかく、アズソールとローレン君に相談だ。
とりあえずは、サンプルカッターで五反もらっておこう。
この時ばかりは、貴族嫌いも政治もどうでもよかった。
ただ、この光沢が欲しかった。
合花と接頭語がつくものは、リリーを原料として作られているものです。
100%リリーから、一部混合品まであります。
次回、サンティスが遊びます。




