↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『禁学の靴職人』―手順書しかない国で―  作者: 稲生おこめ
第4幕 「コーエン・キャンベル」編
PR
43/48

◆4-10 十年式リリー銃

 

***

『靴納めの儀』の数日前。


 オルビスは、北部地方のグレイス中央駅に到着した。

 すでに辺りは薄暗かった。夕焼けが一筋だけ、山の稜線に残っていた。

 突如、ビュオっと音をたてて風が吹き抜けた。オルビスは、思わず身震いした。


「……さっぶ!!」


 上着を持って来ればよかった。セントラルなら、長袖一枚で十分だから油断していた。


 予定外にやって来てしまったせいで、何も調べていなかった。

 いつもの自分なら、行先の気候は意識するし、宿屋の下調べも万端である。

 でも今は、すぐにでも足を向けなければ気が済まなかった。


 イグニス・フォージ。

 ルディックスの抱える下請け工房の一つ。小さな工房だったから、

 今やだれも覚えていないかもしれない。

 でもオルビスは覚えていた。あの「リリー銃」を見たことがあったから。


 オルビスは、正面の山を見据えた。

 あの麓に位置するのが「アーセナル街」。

 ライターも、銃も、爆弾も――ハノイットの火工製品の多くは、ここで生み出されている。


 もちろん、エレミアが帰って来ているとは思っていない。

 でも、無駄な寄り道ではないと思う。

 エレミアのことを知る手掛かりになるかもしれない。それと――


 重なるのだ。

 布が緑から紫に変わったとき、献上靴を見た時、スケッチブックを見た時――

 背筋にゾクっと何かが這い上がる、あの感覚。

 コーエン・アルミナイトと、あの『銃』が重なるのだ。


 *

 あの時、普段から厳格な父が、感情を高ぶらせていた。


「ルディックスが、とんでもないもん扱い始めたぞ!」

「……私も聞いたわ、あなた」

「あのリリー銃、出所はグレイスの町工房らしいぞ」


 マクラーゲン家は、ストア街の中ではそれなりに名の通った商会だった。

 花通液——リリー灯の原料を取り扱う、かなりマニアックな商売をしていたせいだろう。

 一応軍需品も扱っていた。非常ライターとか、非常灯とか。

 こまごましたものをそれなりに。

 だから父も母も、同じ業種の動きには、意識を向けていたのだろう。


「命中率も、威力も桁違いだ。並みの職人には無理。恐ろしいくらいだ」

「そうね……威力を上げると暴発しやすくなるものね」

「これは、面白いことになるぞ」


 父の予想は大当たりだった。

 ルディックスのブランドのついたこの銃は、瞬く間にハノイットに広がった。

 各地の騎士団はもちろん、金のある貴族たちも興味を持ち始めた。

「十年式リリー銃」

 それが、この銃の二つ名だった。


 オルビスも、父の仕事場で一度だけこの銃を見た。


 身震いするほど、ゾクリとした。


 オルビスの顔を映し出すほど澄んだ黒。グリップ部に彫られたルディックスの黒龍。

 細く水平線のようにまっすぐに伸びるボディ。こんなにまっすぐなボディからは、さぞかしまっすぐな弾が飛ぶのだろう。


 しかし、この銃は、突然市場に出回らなくなった。

 愛好家たちは惜しみ、手元にある銃を大切に保管したそうだ。オルビスも寂しいと思った。


 *

 アーセナル街は坂道に沿うように立ち並んでいた。

 どこまで行っても灰色の石壁づくり。工房を見分けるものは、入口にかけられた木札くらいだ。

 アトリエ街や、ストア街みたいに棚先売りをしないからだろう。どこも門は閉じている。

 もはや石壁ではなくて城塞のように見えた。


 オルビスは一通り木札を確認してみたが、イグニス・フォージと思わしき工房は見つからなかった。

「おかしいな……」

 だんだん坂がきつくなってくる。ぽつぽつとあった白いリリー灯の数も減っている。

 これ以上進んでも、山に入ってしまうだけだ。

 念のため、オルビスは地図を開いた。

 直進したら山の中だが、よく見ると一つだけ細い脇道がある。


「こっち曲がって何もなければ、明日出直すか……」


 オルビスは坂道の中心から逸れて、その脇道に入った。

 整えられていない砂利道をしばらく歩くと、急に視界が開けた。


「なんだ、ここ……」


 そこは、何もない荒地だった。

 工房らしい建物も、倉庫も。人もいない。

 雑草が辺りを覆い、リンリンと澄んだ虫の声が、やたら鮮明に聞こえる。


 ぽつりと薄グレーの石があった。

 その周りだけ雑草が抜き取られている。誰かが置いたのか、枯れかけた黄色い花が横たわっていた。


『Here lies Cedric. Aged 10(セドリック 享年十歳 ここに眠る)』


 オルビスは、石の前で膝をついた。


「どなた?」


 オルビスは振り返った。

 そこに、黄色い野花を手にもった女性が立っていた。

 灰桜色の頭巾をかぶり、同じ色のエプロンをしている。顔や手には少し煤がついている。


「仕事でこちらに……イグニス・フォージを探しているのですが」

 女性の手に持っている花が、小さく震えた。


「……何か、お間違えでは?」

「それは、どういう……」


 オルビスが問い返す前に、女性は黙って石の前に花を置いた。

 目を閉じ、マザー・リリーを象徴する円環を胸の前で描く。


「……なくなったのよ、十年前に」

 女性は、目を開けるとそう言った。


「イグニス・フォージは、爆発したの」


 *

『靴納めの儀』が終わって数日後のセントラル。


 イベットは、公園のベンチに座って待っていた。

 昨日、アーネストから早伝をもらったのだ。


『明日、セントラルに私用がある。頼まれていた件、いくつか思いあたることがある。王立西公園のオーディナル側、正午。――アーネスト』


 思い当たることって何だろう。

 矢も楯もたまらず、随分早く来てしまった。

 イベットは、手持ち無沙汰になり、周囲をギロリと見回した。


 ……公園という場所は、どうしてこうものんびりしているのだ。

 噴水を挟んで正面にいる男女。

 何をするわけでもなく、ただ肩を預けあってぼんやりしている。

 こちとら忙しいのに。木型でぶったたいてやりたい。


 殺気をたぎらせた時、背後から肩を叩かれた。


「待たせたな」

 一瞬、だれか分からなかった。

 ダークグリーンのシャツに、栗色のパンタル。赤茶の髪に、低身長。


「……アーネスト様っ」


 イベットは弾かれたように立ち上がり、頭を下げようとした。

「やめろ」

 アーネストが制した。

「あまり、仰々しくしないでくれ。今日は伯爵家の人間ではなく、個人的に来ている。とりあえず行くぞ」

「……はい?」

 イベットは首を傾げた。

 アーネストはイベットに一瞥を投げると、行き先も告げずに歩き出した。


「アーネスト様、どこに……!」


 イベットはアーネストの背中を追う。

 こんな時でも、観察してしまう。

 重心が傾かないわ。歩行のリズムも格段によくなっている。

『もっと早く歩けるのかしらこの人?』と余計なことを考えてしまった。


 西公園を抜けて、さらに西に進むと、石畳の道に差し掛かった。

 鼻を突く、果実の酸っぱ渋い匂い。

 道の両脇には、蔵と酒場が一体化した「サジェ」と呼ばれる建物が立ち並んでいる。

 花結晶で装飾が施されたものから、木造蔵の古びたものまで雑然と入り混じる。


 ――ここ、ルビー・ロード……何でこんな所にきてんの!?私!


「アーネスト様!止まって下さい!」


 アーネストが振り返った。

「ルイシア嬢、どうした」


「何でルビー・ロードなんかに……私、いくらコーエンのことが心配でも、お酒飲みたいわけじゃないですよ!」

 イベットは仁王立ちになって言い放った。

 アーネストは目を丸くした。

 しばらくして、「ふ」と息を吐くと、そのまま「はははっ」と笑った。


「何で笑ってるんですか!私は真剣にコーエンのこと……」

「分かってる。だから来たんだよ」


 アーネストは、呼吸を整えると、「ついてきてくれ。話したいことがあるんだ」と言った。


 アーネストは、ルビー・ロードの一画にある、小さな店の中へ手招きした。

 木造でところどころ木が腐っている。店内には誰もいない。

 店舗の突き当りには階段があった。どうやら地下に続くらしい。


「ここから下りる。暗いし急だから気を付けろ」

「……アーネスト様の方が、気を付けてください、足、まだ完全じゃないです」

「……余計なお世話だ」

 アーネストはイベットに手を貸してくれた。


 階段を降りると、地下通路になっていた。

「……なんですか、ここ」

 アーネストはそれには答えず、歩きながら言った。

「カンパニーとルディックスの間で、気になる動きがないか調べた」


 喉のあたりがぎゅっと縮まった。

「……それで」

「結論を言うと、特段目立つものはなかった」

「……そう、ですか。じゃあ……」

「だから、視野を広げてみた」

「……視野?」


 そう言ったところで、突き当りに扉が見えた。アーネストは、ためらいもなくその扉を開ける。

 彼に続いて中に入る。

 右手には、誰もいないカウンター。ザクロ酒や山ブドウ酒の瓶が立ち並んでいる。

 正面には、二人掛けのテーブルが四つ。奥には鉄扉があった。


 クラブ――なのかしら。


 左右の壁面を見て、イベットは声を上げた。

「……ひっ!」


 棚を埋め尽くすように、銃が並んでいた。

 太い銃口のピストルに、重そうな黒い猟銃、イベットでも担げそうなほど細い猟銃。

 まるで展示品のように、ところ狭しと並んでいる。

 棚のところどころに、小さなリリー灯が備え付けられ、艶やかなボディが浮かび上がっている。


 イベットは、おそるおそる棚に近づいた。


 しっとりとした光沢。弧を描くようになめらかなボディ。澄んだ黒。濁った黒。どっしりした茶。

 靴みたい。イベットは並んだ銃の一つひとつに、心が吸い寄せられた。


「ここ、レヴィック家が懇意にしている、射撃場なんだ。まあ、社交場の一つだよ」

 アーネストが、イベットの背後でそう言った。

「私、入っても大丈夫で……?」

「気にするな。マスターには話を通してある……まあ、詳しいことは今はいい。そこ、座れ」


 アーネストはイベットが座れるように、椅子を引いてくれた。


「カンパニーとルディックスが密接に関係していたのは、二十年前だ」


 アーネストは、当時のニュースペーパーを鞄から取り出した。

 イベットは、少し緊張しながら手に取った。

 アトリエ街にはかわら版しかない。こんな厚い合花紙を使い捨て。生活が違う。

 そう思いながらも、目を走らせた。


「『防衛手順書の強化』と『武器強化』……何ですか、これ」


 初めて聞く単語の羅列だった。

「ルイシア嬢は、職人階級だから知らないと思う。二十年前、ハノイットは他国の攻撃を受けた。北部地方のグレイスで」

「……え?他国?」

「『グレイスリリー戦争』と呼ばれる悲惨な事件だ。グレイスの一部は焼け落ちたし、当時の国王と王妃は退位している」


 イベットは、何だか足が宙に浮いたような気がしてきた。

 忘れてはいけないが、目の前のアーネストは、北部騎士団の一人だ。

 イベットは、ぐっと手に力をこめると、アーネストに聞いた。


「だから、強化、ですか?武器を?」

 アーネストは「そうだ」と頷くと、立ち上がった。


「その二つの強化政策の結果、十年かけて……模範のような武器が出来上がった」


 アーネストは棚の中央から、銃を二丁抜き取った。

 そのまま部屋の奥まで歩いて行き、鉄扉を開く。

 鉄扉の向こうは射撃区画になっており、奥に二つの的が並んでいた。


 アーネストは、イベットに防音の耳当てをよこすと、的と距離を取った。

「それぞれ三発ずつ撃つ。危ないから俺の背後に回れ」


 言われた通りに背後に回ると、アーネストが銃を構えた。

 イベットは息を止めた。


 パンパンパンっ!!


 軽やかで素早い銃声がとんだ。

 アーネストは銃を持ち替え、もう一つの的を狙う。


 パンっ、パンっ、パンっ!

 今度は少し重たい音がした。発砲の間が長い。


 イベットは、震える足で的の状態を見に行った。

 最初の銃は、三発全て的の中央。弾丸の跡は驚くほど小さいのに的が焦げていた。

 二つ目の銃は、的に当たっているが、中央からは微妙に逸れている。弾丸の跡は大きい。


「アーネスト様、これ……」

「最初に撃ったのが、十年式リリー銃。ハノイットで最も性能がいいと言われた、幻の銃だ」

「十年式、リリー銃……」


 アーネストは、細くて黒いボディを見つめた。

「この銃の手順書は、誰も見つけられなかったらしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。