◆4-6 追いかけるオルビス
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『靴納めの儀』の数日前。
オルビスが持ち出したスケッチブックが、今度はエレミアに盗まれた。
取り返さねば――
オルビスは彼女の工具箱を探ってみたが、行き先の分かるものなど、当然残されていなかった。
手当たり次第に追いかけても意味がない。
まずは、あの女が頼りそうなところを調べてみるのが先決だ。
上役に報告をし、エレミアの情報を開示してもらうか。
いや、できるのか?
そもそもエレミアの失踪自体、仕組まれたものかもしれない。
視察に行かせるなら、オルビスが最適。
さらに踏み込ませるなら、エレミアが最適。
……だったのだろう。本来は。
でも、エレミアはオルビスの報告を待たなかった。
同じ日に現れ、姿まで消した。
さすがに上役も予想していなかったのではないか。
となると――誰がどこまで承知しているのか、もう分からない。
「相談も報告も、無理だな」
オルビスは、横目で時間を確認した。
始業まであと一時間ほど。
もたもたしては、誰かと鉢合わせる。
一旦、立て直すか。
それで――
タイミングを見計らって、「人員管理台帳」を盗み見る。
自家に戻り、身支度だけ整えたオルビスは、まるで何事もなかったかのように工房の入り口をくぐった。
差配人が、「おはよう、マクラーゲン」とわずかに目を上げて挨拶をしてきた。
「おはよう、レーニー」といつもの通り返しておいた。
作業室に入ると、まずは勤務表に目を走らせた。
エレミアは、出勤予定。
ということは、少なくとも休暇の届け出はしていないらしい。
上役は……午前中は外出。午後から戻り、来客対応が二件。
昨日の報告を求められるとしても、その後だ。
人員管理台帳を見るなら――一件目の来客中。
応接室に入ってしまえば、しばらくは動けない。
よし、それで行こう。
オルビスは動き方を頭の中に想像しながら、工具の準備をし始めた。
「……おい、マクラーゲン、エレミア知らねえか」
奥から大量の革を持ってきた同僚が、オルビスに声をかけてきた。
一瞬、手が止まった。
だがすぐに、金挟みに布を当て、汚れでも落とすように刃先をぬぐった。
「……エレミア、来てないの?」
「無断欠勤だよ。あいつ、仕事クソみたいに溜めてんのに。ほら見ろ、これ。納品一週間後だぞ。マクラーゲン、お前も穴を埋めてくれよ」
あいつめ。余計な仕事を――
と思ったが、重要なのはそこではない。
少なくとも、工房の皆には、エレミアの不在は無断欠勤と映っているようだ。
「午前中だけならやるけど。午後から別の仕事があるから」
「助かるよ。ほら、半分頼む」
あいつ、わざと仕事置いて行ったんじゃないよな――
と思いながら、オルビスは、普段以上に縫製機を回した。
革の山を四分の一ほど片づけたところで、上役が工房に戻って来た。
オルビスは一瞥だけやると、すぐに手元に視線を落とした。
一時間後、オルビスは手を止めた。
作業室を出ると、廊下を正面口の方向に歩き、突き当りを右に曲がる。
手前から数えて三つめの、少し大きな部屋が応接室。
その中から、話し声がするのを確認したあと、引き返して階段を上がる。
二階の最も東にある部屋が執務室。
オルビスは、その扉を開けて中に入ると、台帳の収まっている棚の引き戸を開ける。
エレミア。
エレミア・アボット。
分厚い台帳のページを順番に繰り、オルビスと同年に工房入りした女を探す。
エレミア・アボット。
あった。
項目を追うオルビスの指が、止まった。
出自:ハノイット北部地方・グレイス領
身元:イグニス・フォージ監視役、故サイモン・アボットの娘
イグニス・フォージって、まさか――
十年前の、あの――
「マクラーゲン君?何してるんだい?」
オルビスの全身が、一瞬で強張った。
戸口を見ると、上役が立っていた。
「……来客中では?」
「忘れ物だよ、君は何を?」
「調べ物です」
オルビスは、管理台帳を閉じると、冷汗の浮き出る顔で、笑った。
「しばらく休みます」
そのまま、ゆっくり上役の横を通り過ぎようとした。
「待て、マクラーゲン。どこに行く気だ。報告は――」
「できません」
オルビスは、そのまま執務室を後にした。
オルビスが正面口から出ようとした時、差配人が声をかけてきた。
「もう帰るのか?マクラーゲン」
「ああ、またな、レーニー」
いつもの通り、声をかけた。
オルビスは、自家に戻ると衣服やら諸々を適当に詰め込んだ。
その足で、花動車の駅に向かう。
グレイス領。
ルディックス本部のある、最北の地。
ハノイットで頂点を誇る武門の一族、「グレイス侯爵」ゆかりの土地へ。
オルビスは片手を上げると、そのまま車に乗り込んだ。




