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『禁学の靴職人』―手順書しかない国で―  作者: 稲生おこめ
第4幕 「コーエン・キャンベル」編
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◆4-3 白リリーの喧嘩

 

***

 薬はもちろん、アリアナの献身も相まって、子供の体調は日増しによくなった。

 一足飛びにとはいかないが、吐き戻すことはなくなり、顔色も随分変わった。

 しかし、どうしても言葉だけは発しなかった。


 メルノはイベットを迎えに来つつ、さりげなく子供の調子を気にしてくれた。

 薬がなくなれば持って来てくれるし、食事にもアドバイスをくれる。

 彼女曰く、こういうのは様子を見ながら判断するのが大事だという。

 アズソールも、アリアナも頭が上がらない思いだった。


 しかし、困ったのがイベットだった。

 この少女、どうも好奇心が抑えられないタイプらしく、アトリエ中の布をあさったり、反応炉を勝手に開けたり、中々手を焼かせる。

 さすがのブロディも注意をしようと思ったらしいが、迎えに来たメルノが凄まじい剣幕で叱り飛ばしていたので、怖くて身を引いたそうだ。


 イベットをアトリエに出入りさせるのは危ないので、アリアナが母屋の方で面倒を見ることになった。  

 そのせいか、イベットの興味の対象はアトリエではなく、少年に向いてしまった。


「ね―、名前なんていうの?」

「どこから来たの?」

「なんでしゃべらないの?」


 大人たちが聞くに聞けないことを、ズカズカ聞いていくので、アリアナは顔色を青くしていた。

 無視されても気にしない。

 翌日にはまた同じことを聞く。

 ひどいときは、子供の頭の上に虫の抜け殻を乗せていたので、メルノが叱り飛ばしていた。

 アズソールは、しょんぼりしていたイベットの頭をわしわしと撫でた。


*

 ある日のこと。

 アズソールは作業の休憩がてら、様子を窺うために母屋の方に行った。

 扉を開けた瞬間、アズソールは耳を疑った。


「やめなさい!!!!何やってるの!!!」


 今まで聞いたことのないような、アリアナの怒鳴り声だった。

 アズソールは慌てて階段を駆け上がって、扉を開けた。


 少年とイベットが、取っ組み合いのけんかをしていた。

 何やってんだ、と反射的に手を伸ばしかけたが、そこで止まった。

 少年の目が、ちゃんとイベットを見ている。

 アリアナが二人を引き離すと、床に何かが転がっているのが見えた。


 小瓶と、白リリーの端切れ。


「おい!!イベット!お前だろ!これ、持ち出したの!」

 

 それが自分の口から出た声だとは思えなかった。

 アズソールは、だいたい他人を叱らない。自分が叱られたくないし、自由でいたいから。

 

 アズソールは、ふうっと一つ息を吐くと、床から小瓶と白リリーの端切れを拾い上げ、アリアナの手に渡した。


 「おい、二人ともここ座れ」

 アズソールは、どかりと床に胡坐をかくと、正面の床を示した。

 少し委縮したのか、二人とも肩をビクっとさせると、素直に座った。


 イベットを見ると、既に目が潤んでいた。

 眉がへにゃりと寄っている。


 「イベット、あんなもの、何で持ち出した」

 「……面白いものを持っていったら、嬉しいかなって。一人で宝探しをしてたら、鍵があったから、気になって……」

 そこまで言って、ぐすぐす鼻をすすり始めた。

 アズソールは、今度は少年に向かって言った。


 「お前は、何でイベットにつかみかかった」


 正直、返答は期待していなかった。

 

 「危ないと……思ったから」


 アズソールは目を見開いた。

 アリアナが息を飲む音が聞こえた。


 「……え?」


 「危ないと思ったから」


 それを聞いた瞬間、イベットがとうとう泣き出した。

 最初はひっくひっく言わせていただけだったが、どんどん大きくなる。

 つられて、少年まで目に涙を浮かべ始めた。


 アズソールは、手をさまよわせると、困ったようにアリアナの方を見た。

 アリアナは、彼らの方に歩み寄ると、無言で抱きしめた。

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