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『禁学の靴職人』―手順書しかない国で―  作者: 稲生おこめ
第4幕 「コーエン・キャンベル」編
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◆4-2 騎士のような女の子


***

「何か食べさせないと……」

 アリアナは意識を取り戻した子供に、あれやこれやと食事を準備した。

 水や、味の薄いスープは飲める。

 でも、固形物が食べられない。

 パンも芋も根菜も、干し肉など論外だ。口に入れてしばらく経つとすべて吐き戻してしまう。


「食べなさい!食べなきゃ……死んでしまうでしょう!?」


 アリアナは、珍しく声を荒げた。

 そして言ったそばから自分の口を押えると、手早く片づけて子供の傍から離れてしまった。

 アズソールは残された子供の肩を、ぽんと叩いた。

 そのまま、アリアナの様子を見に行った。


 アリアナは、水溜めの中で、意思なく食器を往復させていた。

「おい、大丈夫か」

「え……?ああ、大丈夫よ。少し考えごとをしていただけ」

 アズソールは水溜めから食器を抜き取ると、手近にあった布で拭いた。


「なあ、やっぱり医者に見せるか。止めたのは俺だが、状況が違う」

「そうね……限界かもしれない。でも……信頼できないわ」


 そういって、アリアナは鍵のかかった戸棚の方を見た。

 あそこには、子供の持ち物をすべて入れておいた。

 白リリーも、スケッチブックも。


 他にねえのか、いい方法。

 アズソールが眉間を抑えていると、


「あ」

 と、アリアナがつぶやいた。


「……メルノ」

「メルノ?」


 アリアナは、鍵のかかった戸棚の一段下をあけると、書類の中から一枚の手紙を抜きとった。

 裏面に書かれている住所を指でたどっている。


「ストア街に帰ってきているの、アカデミー時代の親友が。忙しくて会いに行けていなかったのだけど」

「それが何の関係があんだ」

「会えばわかるわ。早い方がいいわね」


 アリアナは手早く身支度してアトリエを出て行った。

 そして戻ってきた時には――

「メルノ」が明日、アトリエにやってくることになっていた。


 *

 翌日、「メルノ」が大きな薬箱を背負ってやってきた。

 琥珀色の髪をぴたりとまとめ、おくれ毛一つ出ていない。

 目つきは鋭く、唇は引き結ばれている。

 アズソールはなんだか気おくれしそうになった。


「アリアナ、昨日は留守にしていてごめんなさいね。聞いてびっくりしたわ」

「こちらこそ、メルノ……ああ、嬉しいわ。あなたが、ここにいてくれて」

「話したいことは山々だけど、まず例の子供。どこ?」


 アリアナは表情をきゅっと引き締めると、

「母屋。こっちに来て」と彼女を案内した。


 メルノは薬箱から鉛筆程度の太さの棒を取り出し、そこに灯をともした。

 ――棒状のリリー灯か。初めて見た。

 アズソールが驚く間に、メルノは子供の瞳や、喉を覗く。

 そのまま腹部、手首に触れると、しばらく考えた。


「一つ断っておくわね。私は医療の手順書は持っていない。薬を処方するだけ。いいわね」

 アリアナは背筋を少し正すと、「ええ」と答えた。

 メルノは薬箱からいくつか薬草を取り出すと、紙にくるんでアリアナに渡した。

「まずは弱った身体を落ち着かせること。食べ物を受け入れる状態をつくるのよ。食べれないうちは、これを溶かして飲ませるといいわ。でも、無理する必要はない」


 アズソールはため息が漏れ出そうになった。

 頼りになるじゃねえか。


 アズソールとアリアナが薬代を払うと、メルノは「ありがとう」と短く言って受け取った。

 正面口まで見送ると、どこから来たのだろう。

 彼女の背後から小さい男の子がひょこりと顔を出した。

 メルノと同じ琥珀色の髪だった。


「おかあさーん。遅いから、お迎えに来ました!」

「あらやだイベット、また勝手に来て!」


 アリアナは、男の子とメルノの顔を見比べた後、大きな声を出した。


「メルノいつ結婚したの!?」


「言ってなかったかしら。アカデミー卒業してすぐよ」

 アリアナは、わなわなと震えている。


「聞いてないわ!もう!大事なこと書きなさいよ。お祝いもしてないじゃない」

「ごめんね、忘れていたわ。娘のイベット。もう十歳になるわ」


 その言葉を聞いて、アズソールとアリアナは顔を見合わせた。


「え!?娘?」


 メルノはイベットを見て、小さく肩をすくめた。

「男の子みたいでしょ。教育まちがえたかしら――あ、そうだ」


 そこまで言うと、急にメルノは先ほどのお代を、こちらに押し返してきた。


「アリアナ、お代の代わりに一つ頼まれてくれるかしら」

「な、なあに?」

「実は、母の体調があまりよくなくて。私はこうして働いているでしょう?イベットの面倒をしっかり見てあげられないの。もしよければ日中、この子をアトリエに置いてもらえるかしら」


 アリアナは大きく目を見開き、確認するようにアズソールの方を見た。


「構わないけど……何もしてあげられないわよ。ここにいるみんな、日中は靴づくりで忙しいし」

「いいのよ。この子、職人さんが大好きだから」


 そういって、メルノはイベットの背中を叩いた。


「ほら、挨拶しなさい。お母さんの親友に」


 その子はこくりと頷くと、背筋をしゃん、と伸ばした。


「イベット・ルイシアです!おみしりおきを!」


 アズソールとアリアナは、一拍おいて噴き出した。

 騎士みたいな挨拶だな、とアズソールは思った。

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