◆2-8 兄弟の思い
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「ルイシア嬢。すまない」
ロージェストはイベットに向き直ると、貴族らしからぬ実直さで、短く頭を下げた。
「本来なら、依頼主である私が…向き合うべきだった。巻き込んで、すまない」
「そんな……ロージェスト様は、何も」
コーエンとフォルコは顔を見合わせた。
ロージェスト・レヴィックがここにいる理由が分からなかった。
ロージェストは静かに向き直り、弟のアーネストを正面から見据えた。
「……アーネスト。お前のその足の怪我は…すべて俺の責任だ」
アーネストのひりついた目つきが、わずかに揺らいだ。
「……なんだ。今さら何を言うかと思えば。もう終わったことを」
ロージェストは答えず、無言のまま一歩を踏み出した。
次の瞬間、激しい風切り音がした。
ロージェストの腰から、目にも留まらぬ速さでランスが抜かれた。
風圧と共に鋭い切っ先がアーネストの喉元に向かう。
コーエンはぎょっとした。
何をしている、けが人に向けて。
口からこぼれそうになった時、既にアーネストの姿はそこになかった。
無意識のうちに鋭く身を引いて、完全に一撃をかわしていたのだ。
しかし、顔を引き攣らせてうずくまっていた。
それを見たロージェストの唇が、わずかに、自嘲気味に笑う。
「……身体は、まだ覚えてるじゃないか」
アーネストは兄を睨み返すと、静かに言った。
「……ふざけているのか」
諦めきった歪な表情で、兄を見上げた。
ロージェストは静かに息をつくと、ランスを下ろした。
「俺は……お前が怖かった」
言葉を選ぶように、先を続ける。
「お前のランスを見るたびに。立場も、信頼も……いつか奪われると。だから、あの時……」
「……最低だ」
アーネストが冷たく言い放つと、気まずい沈黙が訪れた。
ロージェストは、その重みを受け止めるように拳を握ると、低い声で告げた。
「――何も変わらなかった。後悔だけ、残った」
イベットは、何か言いたげな顔で二人の姿を見つめているが、口から言葉は出てこない。
兄弟の間に何があったかなんて、コーエンには分からない。
でも、アーネストのまとうひりついた空気が、少しだけ変わった気がした。
「俺は……取り戻したい。ルイシア嬢に、この靴を依頼したのは俺だ」
*
沈黙の中、フォルコがコーエンに目配せをした。
今がチャンスだ、と。
コーエンは、はっとした。
咄嗟に頷くと、アーネストの足元に跪く。
そうして、『シュベルトバイゼンの軍靴』の紐をほどいた。
アーネストは、軍靴を見下ろしたまま、動かなくなった。
「いかがされましたか」
コーエンはアーネストを見上げた。
「たかが靴に……何ができる」
「...…ご自身で確かめられるのが一番かと」
アーネストは、何かを振り切るように、息をつくと、静かに足を滑り込ませた。
数歩、歩く。
とても静かに。
今度は、確かめるように踵を強く打ち付けた。
彼の目は大きく見開かれた。
「なぜ……」
「ロベリカ種のリリーを配合した、衝撃吸収靴です」
「……痛みが、響かない」
「今までより、動きやすくなると思いますよ」
アーネストは、自分の足元を見下ろしてから、コーエンに視線をやった。
「……こんな方法が、あったのか」
「ありますよ。方法なんて、一つじゃないので」
そして、コーエンは、周囲にしか聞こえないような小さな声で呟いた。
「これを設計したのはイベットです。あなたの足のこと、ひたすら考えていましたよ」
アーネストは、深いため息を吐くと、静かにイベットへ向き直った。
「ルイシア嬢……すまなかった」
イベットの瞳がわずかに揺らいだ。
こみ上げる感情を抑え込むように、小さな言葉を絞り出す。
「……あなたの一歩になるなら……充分です」
それだけだった。
張りつめた空気が、少しだけ緩んだ気がした。
*
――空気は緩んだが。
コーエンには、個人的に試しておきたいことが残っていた。
アーネストが「動物の皮だ」と却下した、イベットの没靴。
本当に動物の皮なのだろうか。気になって仕方がなかった。
コーエンは没靴を回収するついでに、ポケットからライターを取り出すと、ためらいなく火をつけた。
「ええ!?」
「うおう!?」
フォルコとイベットが、同時に声を上げた。
遅れて事態に気づいた、アーネストとロージェストも、目を点にした。
ぼうっ、と青い怪しげな炎が靴を包み込む。
だが、靴は焦げることもなく、煙すら上げない。
やがて、青い光が消え去った頃には、一層、艶やかになっていた。
「やっぱり」
コーエンは靴の先端を、指先でなぞると、満足げにうなずいた。
「リリー反応だ。ここまで動物の皮に近い合花革、見たことがない」
そして、納得した面持ちでうなずいた。
「これなら、見分けられなくて、当然ですね」
フォルコも、イベットも固まった。
兄弟は、新種の異物を見つけたような顔でコーエンを見ている。
コーエンは、顔を上げた。
全員が自分を見ている。
なぜだろうか。
お読みいただきありがとうございます。
ハノイットには各地に「騎士団」がありますが、その役目はそれぞれ異なります。
中世の騎士というより、近代の軍に近いです。
次回、「儀式の準備編」完結です。




