↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

◆2-7 シュベルトバイゼンへ


***

――三日後。

「いらないと言っているだろう。何度来れば気が済む」


苛立った男の声が、応接室の扉越しに廊下まで聞こえてきた。


コーエンは、フォルコと並び、その扉の前で待機していた。

もちろん忍び込んだわけではない。


「同僚が部品を忘れたので届けに来ました」


そんな理由を用意して、堂々と正面から館へ入ってきた。


「申し訳ございません。ですが――」

イベットの声だ。懸命に説明しようとしているが、最後まで言わせてもらえない。


「それに、これは、合花革じゃないな」

アーネストが鼻で笑う。

妙に演技じみた笑い方だと、コーエンは感じた。


「ただの動物の皮だろ。貴族相手にリリー素材以外のものを持ってくるなんて、アズソールもとんだ弟子を取ったものだ」

「それは……違って」

「何度も言うが、靴などいらない。『節目の靴』など……くそくらえだ」

大きなため息が聞こえ、会話は一方的に打ち切られた。


隣でフォルコが、小さく耳打ちした。


「おい、コーエン。さっき話した通りだ」

「……はい」

フォルコは非常に不安そうな顔をした。

「おい、お前、余計なことは言うなよ?」

「……多分」


二人が戸口の前でごそごそと相談をしていると、室内でガタリと椅子が引かれる音がした。アーネストが立ち上がったらしい。

足音が扉へと近づいてくる。

「あ、やべ」

フォルコが小さく呟いた瞬間、扉が開いた。

小柄で、眦の上がった、俊敏そうな青年。

――リスのようだ。

コーエンは場違いな感想を抱いた。

これが、アーネスト・レヴィックと初めて顔を合わせた瞬間だった。


「誰だ。そこで何をしている」

アーネストは、不審者を見るような鋭い視線で二人を見た。

周りの空気が、妙にひりひりする。


「お、お初にお目にかかります! イベットの兄弟子にあたります、フォルコ・ヘーゲルと申すもんです」

フォルコが慌てて、不自然なほど深く頭を下げる。

アーネストは、廊下に佇む怪しい二人組を一瞥した。

近くで見ると、やけに目つきが鋭い。


「勝手に上がり込むのはよしてくれ。使用人には後で厳しく言っておく」

「ごもっともでございます……が!」

フォルコが慣れない敬語を使ったせいで、最後の「が!」だけが妙に力強く廊下に響き渡った。

なぜそこで力んだ、と思いながらも、コーエンは立ち去ろうとするアーネストの前へ回り込んだ。

我ながら絶妙に邪魔な位置取りだ。


「棟梁から聞いています。アーネスト様のお気に召すものをお届けできていないと」

極めて事務的に頭を下げる。


「ここにいるイベットは未熟者で、本当に未熟者で。我々は、その謝罪に参りました」


(……次、何をいえばいいんだっけ)


コーエンが記憶をたどっていると、ふいにイベットの姿が目に映った。

驚いた顔をしているものの、空気からは殺気が滲み出ている。

コーエンは、咄嗟にフォルコの方を横目で見やった。

フォルコは必死に口をぱくぱくさせながら、自分の腕時計を激しく指さしている。


そうだ、まずは進めなければ。


「フォルコと私で、ここ数日寝ずに作りました。お詫びの品です。お時間を長く頂戴するつもりはありません。手短に済ませます」


アーネストの返事を待たず、フォルコが手際よく献上台を引き寄せ、その上に一足の靴が入った箱を置いた。

アーネストは露骨に顔をしかめた。

「何だこれは」

「お詫びの品です。あなたの誤解を解くための」

アーネストの眉が、ぴくりと跳ね上がった。

「……誤解? 何のことだ」


アーネストは、鋭い目つきでコーエンを睨み返す。

コーエンは、その視線を真顔で受け止めた。


「イベットが渡したかったものは、節目の靴などではありませんよ」


そういって、コーエンは静かに箱の中身を取り出した。


“それ”を見た瞬間、アーネストの顔色が変わった。


「何のつもりだ……これは」

アーネストは、ひきつった表情で、箱の中身を見た。


それは――

「シュベルトバイゼンの軍靴」だった。


「イベットは、それをあなたに渡したかった。伯爵からの差し金でも、なんでもありませんよ。これは……」


アーネストが突然、容赦なく箱を蹴り飛ばした。


「勝手なことをしないでくれ!」


床に転がった箱から、靴が寂しげな音を立てて転がり出た。


「何が分かる!節目だとか、まだやれるとか。好き勝手言う。所詮他人事だからな!この軍靴も何もかも、最悪だ」


しん、とその場が凍りついたように静まり返った。


その時――

コン、と短く、だが酷く重い音で扉が叩かれた。

その場にいた全員の肩がびくりと跳ね上がり、振り返る。


ゆっくりと開いた扉の向こう。

皆が、薄暗がりから姿を現した人物を見た。

コーエンとフォルコは、驚いたように顔を見合わせた。

アーネストは幽霊でも見たかのように茫然と立ち尽くした。


「……兄上」

ロージェスト・レヴィックが、そこに立っていた。

最初から、この近くで事の顛末を見守っていたかのような、静かな佇まいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。