第7話:お義母様のおもてなしと、帝国の宣戦布告
我が家が国家最高峰の『公爵家』へと強制レベルアップし、私が未来の王妃候補に指名されてから数か月。
王都の我が家には、毎日ひっきりなしに国内外の要人からの挨拶が届き、もはや一国の王宮並みの賑わいを見せていました。
しかし、お義母様、ルクレツィア様の精神は、すでに限界を突破して虚無の境地に達しつつありました。
豪華絢爛な公爵夫人の自室で、焦点の合わない目で、それでも真っ赤なリボンを執念深く頭に結び直し、ガタガタと震えながら冷え切った胃薬を煽っています。
(公爵家……。ついに国で一番偉い貴族になっちゃったじゃないの。でも、私はまだ諦めないわ。これだけの巨大な権力を持ったのなら、我が国の宿敵である軍事大国『バルド帝国』だって、あの子を放っておかないはずよ。帝国が送り込んでくる、世界最強の軍隊や超一級の魔導師たちに国境で襲わせれば、いかにあの子でも今度こそ不慮の戦死――つまり完璧な事故死を遂げるに決まっているわ。今度こそ、その命とともに領地スキルを奪い取るのよ)
お義母様は、もはや狂気すら感じる笑顔を浮かべ、ある日の朝、私に大きな外交親書を手渡してきました。
「シルフィアちゃん。あなたも未来の王妃候補なのですもの。我が国と緊張状態にあるバルド帝国の外交使節団を、我が公爵家の代表として国境の街でお迎えして、おもてなししてきてくれないかしら? これは平和のための大仕事よ、ふふふ……」
出ました、お義母様の国家を揺るがすレベルの無茶振りです。
バルド帝国――それは大陸最強の軍事力を誇り、我が国を隙あらば侵略しようと狙っている凶悪な大国です。その使節団を、護衛もつけずに十二歳そこそこの少女一人で迎えに行かせるなど、生贄に捧げるようなものでした。
(ふふふ、血気盛んな帝国の将軍たちが、丸腰の幼女を見て侮り、そのまま国境の小競り合いに巻き込んで圧殺してくれるわ。他殺の証拠なんて残らない、これは国家間の不幸な戦争の犠牲よ。せいぜい帝国の恐ろしさに震えて、異国の地で散りなさい)
お義母様は、今度こそ世界規模の環境による突然死を確信し、扇子を広げて高笑いを上げていました。
けれど、前世でマジックの悪口落書きをストリートアートと拝んでいた私は、この危険な外交任務を、ただの楽しい国際交流として受け止めていました。
「わあ、お義母様! そんなに大切な国家の外交を私に任せてくださるなんて、私、お義母様の期待に応えられるように、帝国の皆さんとたっくさんお友達になってきますね」
「ええ、ええ。せいぜい国境の塵となって、深く交流してきなさいな」
私は親書を大事に抱え、マイペースに国境の街へと向かいました。
国境の謁見の間に足を運ぶと、そこには案の定、全身を鉄の鎧で固め、血の気の多い目をしたらんらんと輝かせる帝国の最高指揮官、ガスタフ将軍が、威圧感たっぷりに待ち構えていました。彼は私を見るなり、机をドンと叩いて嘲笑いました。
「ハハハ。王国もついに焼きが回ったな。我が帝国との厳粛な外交の場に、このような泥臭い小娘を一人で送り込んでくるとは。我々を舐めているのか。今すぐここで首をハネて、宣戦布告の挨拶代わりにしてやろうか」
周囲の兵士たちが一斉に剣を抜き、謁見の間は一触即発の戦場と化しました。
普通なら恐怖で気絶するところですが、私の頭の中には、いつものポップなチャイムが鳴り響きました。
『おっ、国際交流だね。いいね。あの強そうな将軍おじさん、実は長年の激しい戦争のせいで、重度の慢性的な腰痛に悩まされていて、今も激痛でイライラしてるだけなんだよ。こないだの山の上の天空温泉郷から持ってきた、最高級の「特製薬草湿布」を、笑顔でその腰にペタッて貼ってあげて。奇跡が起きるよ』
「なるほど、お疲れの癒やしですね」
私は脳内カンペのアドバイス通り、一切の恐怖を感じることなく満面の笑みを浮かべ、相手の殺気を完全に無視してガスタフ将軍の懐へとマイペースに歩み寄りました。
「な、何だお前は。近づくな」
「将軍おじ様、遠いところからお疲れ様です。お義母様から、帝国の皆さんは世界一勇敢で、そして世界一腰を痛めやすい立派な方々だと伺いました。これ、私の領地の温泉で作った、腰痛が一瞬で消える魔法の湿布なんです。貼らせてくださいね」
私が迷いなく将軍の背後に回り込み、鎧の隙間からその腰へと湿布をペタッと貼り付けた瞬間、謁見の間に激しい沈黙が流れました。
次の瞬間、ガスタフ将軍の目が驚愕で見開かれました。あの伝説の天空温泉郷と霊峰の薬草の力が、彼の十年来の頑固な腰痛を、一瞬にして完全に消し去ったのです。
「お、おお……。腰が……我が腰が、まるで羽が生えたように軽いぞ。……いや、それだけではない。この娘、我が精鋭たちの殺気を完全に無効化し、私の背後をいとも容易く取っただと。なんという圧倒的な実力、そして敵である私を癒やす、神の如き慈悲の心……」
ガスタフ将軍は、感動のあまりその場にバサリと膝を突き、大粒の涙を流しました。
「シルフィア様。我がバルド帝国は、あなたのその底知れぬ武威と、すべてを包み込む慈愛に完全に敗北いたしました。本日をもって、帝国は王国との間に、百年の不侵略条約を結ぶことを誓います」
「わあ、ありがとうございます。将軍おじ様」
こうして、大陸最強の軍事大国が、一枚の湿布によって一瞬で我が家の熱狂的な友好国になってしまいました。
週末。
お義母様が、そろそろあの子が帝国の軍隊に蹂躙されて、国家間の戦争が始まったという悲報が届くかしら、と、ドキドキしながらお茶を飲んでいると、我が家の前に、帝国の国旗を掲げた巨大な装甲馬車がズラリと並びました。
そして、私がガスタフ将軍と楽しそうにお土産の帝国の銘菓を食べながら、リビングに入ってきたのです。
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「お義母様、ただいま戻りました。お義母様のおもてなしのアドバイスのおかげで、帝国の皆さんと大親友になれました。帝国のお菓子、すっごく美味しいですよ」
「……あ、あぱっ」
お義母様は、驚きのあまり開いた口が塞がらなくなり、持っていた高級な扇子を床に落としました。
(な、なぜ生きているのよ。あの血に飢えた軍事帝国よ。なんで我が家のリビングで、帝国の最高司令官が笑顔で煎餅を食べているのよ)
ガスタフ将軍がお義母様の前に進み出ました。
「ルクレツィア公爵夫人。シルフィア様という、大陸の平和を統べる若き至高の存在を育て上げ、我が帝国に遣わしてくれたこと、心より感服いたした。あなたのその世界平和への大いなる知略、帝国の歴史に深く刻み込もう」
「あ、あ、ありがたき……幸せにございます……」
お義母様は、帝国の将軍の目が「もしこの偉大な神子を少しでも悲しませる者がいたら、我が帝国の総力を挙げて世界から消し去る」という本物の狂気を孕んでいることに気づき、ガタガタと震え出しました。
危機回避に成功しました。経験値を獲得します。
スキル、世界外交を獲得しました。
帝国好感度、マックスに到達しました。
その頃、王都の王宮・最高評議会。
「全軍に告ぐ。シルフィア令嬢が国境に赴いてわずか数時間、大陸最強のバルド帝国を完全に無力化。百年の不侵略条約をもぎ取り、世界の勢力図をひっくり返して大陸に永遠の平和をもたらしました」
「何だとおおおっ。あの若さで、世界の戦争の歴史を終わらせたというのか」
「しかも、王宮の裏システムによれば、すべては彼女の計算通りの贈り物による完全なる精神的支配とのことです」
「恐るべき世界の支配者だ。あの娘はもう、一国の王妃の枠すら超えている。すぐにシルバ公爵家を、王家に並ぶ『聖公爵家』へと昇格させ、彼女を人類の守護聖女として全世界に宣言せよ」
数日後。
我が家にまたしても王宮と教会の使者がバタバタと駆け込み、我が家はついに人類の頂点、聖公爵家へと強制レベルアップ。さらに私は全世界の守護聖女になることが決定しました。
「わあ、お義母様が帝国の任務をくれたおかげで、お家が聖公爵家になって、私、世界の聖女様になっちゃいました。やっぱりお義母様は、世界で一番私を偉くしてくれる最高の女神様です」
私が満面の笑みでギュッと抱きつくと、お義母様は涙すら出ない抜け殻のような顔になり、そのままゆっくりと床に倒れ込みました。
「あ……あばばばばば……殺そうとしたのに……なんで……なんで私が世界で一番偉い聖公爵夫人になってるのよぉぉぉぉ」
お義母様の命がけの暗殺計画が、ついに世界を救う奇跡となり、人類の頂点まで上り詰めてしまう中、物語のすれ違いは、いよいよ神々の領域へと拡大していくのでした。




