第5話:断崖絶壁の薬草捕りは、最高の温泉旅行
我が家が伯爵家に大出世し、領地が三倍になってからというもの、私をとりまく環境はさらに賑やかになりました。
王都の学園への特待生入学が決まったことで、街からはお祝いの商人が毎日のようにやってきます。
しかし、お義母様、ルクレツィア様の胃のライフはすでに風前の灯火でした。
寝室のベッドの上で、青白い顔をしながらボロボロの胃薬の瓶を握りしめ、ガタガタと震えています。
(伯爵家……。私が没落させようとしたシルバ家が、私自身のいた実家と同じ伯爵家になっちゃったじゃないの。おまけにあの小娘は王家直属の守護者ですって。このまま王都の学園なんかに行かれたら、もう二度と手が出せなくなるわ。学園が始まる前に、何が何でもここで処理しなきゃ)
お義母様は、青白い顔のまま、ボサボサになった金髪の上で赤いリボンを執念深く結び直しました。
そしてある日、ふらふらとした足取りで私を中庭に呼び出してきたのです。
「シルフィアちゃん。お義母様ね、最近ちょっと風邪気味で、お腹がシクシク痛むのよ。だから、新しく我が家の領地になった北の山の上にある、不老長寿の薬草を摘んできてくれないかしら」
出ました、お義母様の命がけの無茶振りです。
北の山、そこは別名、奈落の断崖絶壁。常に猛吹雪が吹き荒れ、足場は凍りつき、一歩踏み外せば数千メートル下の谷底へ真っ逆さまという、生き物の立ち入りを拒む極寒の霊峰です。
(ふふふ、森の魔獣がダメなら、今度こそ大自然の驚異よ。あの凍てつく絶壁を丸腰で登らせれば、足を滑らせて谷底へ転落死、あるいは凍死による突然死を遂げるに決まっているわ。他殺の証拠なんて絶対に残りようがない、完璧な自然死よ。さあ、今度こそ私の実子に領地スキルを渡しなさい)
お義母様は、今にも胃から何かを吐き出しそうな悲壮な顔で、心の中で絶叫していました。
しかし、前世から究極のポジティブ勘違いストである私は、お義母様のその悲壮感を、深い親愛の情として受け止めていました。
「わあ、お義母様、お体が悪いのですね。そんなに私のことを頼りにしてくださるなんて、とっても嬉しいです。お義母様の病気を一発で治すために、すぐに行ってきますね」
「ええ、ええ。よろしく頼むわね。絶対に、絶対に手ぶらで帰ってくるんじゃないわよ」
私はさっそく、あったかい防寒着(ただの可愛いポンチョ)を羽織り、マイペースに極寒の北の山へと出発しました。
山を登るにつれて、視界を遮るほどの猛吹雪が吹き荒れ、気温は氷点下へと急降下していきます。切り立った崖の道はツルツルに凍りついており、普通の人なら一歩で滑落してあの世行きです。
そんな過酷な環境の中、私の頭にはいつもの軽快なチャイムが響きました。
『おっ、今回はボルダリングだね。楽しそう。あ、その凍ってる道は滑りやすいから、左の岩の隙間に手を突っ込んで、そのまま上に向かってリズミカルにジャンプして登ってみて。その方があったかくなるよ』
「はい、リズムよくですね」
私は脳内カンペの指示通り、凍った絶壁の岩肌に小さな手をかけ、ぴょん、ぴょん、と軽快にリズムを刻みながら上へと跳ね上がっていきました。
私がマイペースにジャンプするたび、崖の上から落ちてくる巨大な落石や雪崩が、なぜかすべて数センチの差で私の横をすり抜けていきます。危機管理能力による完璧なデッドライン回避です。
「わあ、体がポカポカして、とってもいい運動になるなぁ」
極寒の霊峰の山頂付近までノーダメージで登りきった私に、脳内カンペがさらに囁きました。
『あ、その突き当たりにある大きな岩の裏側、ちょっと強く足でドンッて踏んでみて。そこを刺激すると、すっごく面白いことが起きるよ』
「ドン、ですね」
私はアドバイス通り、山頂の岩盤に向かって、小さな足を力いっぱい踏み下ろしました。
――ズガガガガガガ。
地響きとともに、岩盤に大きな亀裂が入りました。すると、その亀裂から、猛吹雪の寒さを一瞬で吹き飛ばすほどの、凄まじい熱気と湯気がモクモクと噴き出してきたのです。
地中深くのマグマだまりに刺激がいき、大自然の奇跡によって、最高級の天然温泉が山頂で大爆発を起こしたのでした。
「わあ、あったかい。すごい、大きな露天風呂ができました」
さらに、その温泉の熱によって周囲の氷が綺麗に溶けると、地面からは、お義母様が言っていた幻の薬草、霊峰ニルヴァーナの根が、湯気に蒸されてニョキニョキと大量に生えてきました。
「お義母様が言っていた薬草、本当にありました。ついでにこのあったかいお水も、ボトルに詰めてお土産にしようっと」
私はマイペースに薬草をむしり、温泉の湯を水筒にたっぷり詰めると、お肌がツヤツヤになった状態で、鼻歌を歌いながら屋敷へと帰還しました。
その日の夕方。
お義母様が、そろそろあの子が谷底に落ちて凍りついたという悲報が届くかしら、と、ガタガタ震えながら毛布にくるまっていると、私が湯上がりのようなピカピカの笑顔でリビングの扉を開けました。
「お義母様、ただいま戻りました。お義母様のための薬草と、あと、すっごくあったかくて体にいいお水を持ってきました」
「……あぶぶっ」
お義母様は、驚きのあまり変な声を上げてベッドから転げ落ちました。
(な、なぜ生きているのよ。あの極寒の絶壁よ。なんでお肌がツヤツヤになって、水筒を持って帰ってきてるのよ)
私が手渡した水筒の湯を一口飲んだ瞬間、お義母様の顔色が一変しました。胃の痛みが一瞬で消え去り、全身に凄まじい活力がみなぎってきたからです。
「これ……嘘でしょ。私の胃痛が、一瞬で消えたわ。このお水、ただの温水じゃない。魔力を極限まで含んだ、伝説の神聖温泉水じゃないの。どこで手に入れたのよ」
「ええと、お義母様に教えてもらった山の上の岩をドンって踏んだら、たくさん湧き出てきました。今度みんなで温泉旅行にいきましょうね」
「山の上で、温泉が湧いたぁぁぁ」
危機回避に成功しました。経験値を獲得します。
スキル、絶対零度耐性を獲得しました。
領地資源、国家級天空温泉郷を発見しました。
その頃、王都の王宮・観光開発省。
「ほ、報告します。例のシルバ伯爵領の山頂にて、浸かるだけであらゆる病を癒やすという、伝説の天空温泉郷が発掘されました。発見者は、またしてもシルフィア令嬢です」
「何だとおおおっ。あの不毛の雪山に、そんな世界の至宝が眠っていたというのか」
「しかも、王宮の裏システムによれば、彼女は地脈のエネルギーを完璧に見極め、たった一撃の踏み込みで温泉を湧き出させたとのことです」
「素晴らしい。十四歳にして、国の観光産業をも一変させる奇跡を起こすとは。あの娘はただの内政の天才ではない、世界を動かす神子だ。すぐにシルバ家を侯爵家に昇格させ、王都の最高立地に別邸を用意せよ」
数日後。
我が家にまたしても王宮からの使者がバタバタと駆け込み、我が家はついに国内最高峰の貴族、侯爵家へと強制レベルアップ。王都の一等地に大豪邸をプレゼントされました。
「わあ、お義母様が病気になってくれたおかげで、お家が侯爵家になって、王都に新しいお家まで貰えちゃいました。やっぱりお義母様は、私を幸せにしてくれる最高の女神様です」
私が満面の笑みでギュッと抱きつくと、お義母様は涙を流し、完全に心が折れたような顔で空を見上げました。
「あ……あばばばばば……殺そうとしたのに……なんで……なんで国で二番目に偉い貴族になってるのよぉぉぉぉ」
お義母様の決死の暗殺が、我が家を国家を揺るがす超巨大権力へと押し上げていく中、物語の舞台は、ついに王都の学園へと移っていくのでした。




