第6話:王都の学園は、最高のお友達作り
我が家が国内最高峰の『侯爵家』へと強制レベルアップし、私が未来の王妃候補に指名されてから数か月。
王都の我が家には、毎日ひっきりなしに国内外の要人からの挨拶が届き、もはや一国の王宮並みの賑わいを見せていました。
しかし、お義母様、ルクレツィア様の精神は、すでに限界を突破して虚無の境地に達しつつありました。
豪華絢爛な公爵夫人の自室で、焦点の合わない目で、それでも真っ赤なリボンを執念深く頭に結び直し、ガタガタと震えながら冷え切った胃薬を煽っています。
(侯爵家よ。もう私の実家なんかより遥かに格上になっちゃったじゃないの。でも、諦めないわ。学園に入れば、私の実家の元コネクションである王都の闇組織や、身分の高い我が儘な貴族の生徒たちがウジャウジャいるわ。あの子を精神的に追い詰めて、学園の屋上から飛び降り自殺――つまり不慮の事故死に見せかけて突然死させてみせるわ。今度こそ、領地スキルを奪い取るのよ)
お義母様は、もはや恐怖すら感じるほどの引きつった笑みを浮かべ、私の入学式の朝,そっと一枚のメモを渡してきました。
「シルフィアちゃん、入学おめでとう。学園に入ったら、まずはこのメモに書かれているお友達のところへ挨拶に行くといいわ。とっても格式高い、素晴らしいお家の方々だからね、ふふふ……」
出ました、王都に移ってもブレないお義母様の無茶振りです。
手渡されたメモに書かれていたのは、学園の一大勢力である『公爵家の我が儘令嬢』や、裏で暗殺組織を囲っていると噂の『冷酷な第二王子』といった、関わっただけで人生が破滅すると言われている学園の地雷原トップリストでした。
(ふふふ、田舎者の小娘が、王都の最高権力者たちのプライドを逆撫でして、徹底的にいじめ抜かれて絶望する姿が目に浮かぶわ。せいぜい王都の冷たい洗礼を浴びて、心を病んで消えておしまい)
お義母様は、今度こそ完璧な精神的追い込みによる事故死を確信し、ゾクゾクするような高笑いを上げていました。
けれど、前世でいじめをツボ押しライフハックと勘違いしていた私は、この地雷リストを別のものに変換していました。
「わあ、お義母様、入学初日からこんなにたくさんのお友達の候補を紹介してくれるなんて、やっぱりお義母様は最高に面倒見がいいお母様です。みんなと仲良くなってきますね」
「ええ、ええ。せいぜい『深く』仲良くなってきなさいな」
私はメモを大事にポケットにしまい、新品の制服に身を包んで、マイペースに学園の門をくぐりました。
学園の豪華なサロンに足を運ぶと、さっそくメモの一番上に書かれていた人物、公爵家の令嬢であるエリザベス様が、高慢な態度で取り巻きを引き連れて私の前に立ち塞がりました。
「あら、あなたが地方の成り上がり侯爵家のシルフィアさん? 泥臭い田舎者が、この神聖な学園の空気を汚さないでくださる?」
周囲の生徒たちが、始まったわ、と息を呑んで見守ります。
普通ならショックで泣き出すか、震え上がるところですが、私の頭の中には、いつものポップなチャイムが鳴り響きました。
『おっ、さっそくイベント発生だね。あのツンツンしてる女の子、実は昨日お気に入りの買い物を失敗して、ものすごく寂しくて誰かに構ってほしいだけなんだよ。ポケットに入ってる、こないだの山の上の温泉の成分で作った「特製つるつる泥パックの素」を笑顔でプレゼントしてみて。大喜びするよ』
「なるほど、お近づきの印ですね」
私は脳内カンペのアドバイス通り、一切怯むことなく満面の笑みを浮かべ、ポケットから高級な小瓶を取り出しました。
「エリザベス様、初めまして。お義母様から、エリザベス様は世界一美意識が高い素晴らしい方だと伺いました。これ、私の領地の特別な泥で作った、お肌が一日でつるつるになるパックなんです。よかったら使ってください」
「は、はぁ。な、何よ急に。私がそんな怪しいものを……」
エリザベス様は戸惑いながらも、美意識が高いという言葉と、私が差し出した小瓶から漂う、あの伝説の天空温泉郷の神秘的な香りに目を奪われました。彼女は顔を赤くしながら、そっと小瓶を受け取りました。
「も、貰ってあげないこともないわ。明日、効果がなかったら承知しないんだからね」
翌朝。
学園の門の前に、昨日とは比べ物にならないほどお肌がピカピカに輝き、目をキラキラさせたエリザベス様が待っていました。彼女は私を見るなり、取り巻きを突き放して駆け寄ってきました。
「シルフィア様。昨日のあれ、凄すぎるわ。私、一生あなたについて行きますわ。今日から私たちが一番のマブダチよ」
「わあ、ありがとうございます。エリザベスちゃん」
こうして、学園最大の権力を持つ公爵令嬢が、一瞬で私の熱狂的な信者になってしまいました。
さらに、脳内カンペのノリのいいアドバイスに従い、裏の暗殺組織を率いる冷酷な第二王子には、彼の持病の偏頭痛を一発で治す『山の温泉水』をプレゼントしたところ、「僕の命を救ってくれた恩人だ。君を傷つける者は、僕の組織が全力で排除する」と、なぜか国裏の最強の護衛がついてしまいました。
週末。
お義母様が、そろそろあの子が学園の権力者たちに虐められて、ノイローゼになって引きこもったという悲報が届くかしら、と、ウキウキしながらお茶を飲んでいると、我が家の前に、王室の馬車と公爵家の馬車がズラリと並びました。
そして、私がエリザベス様と第二王子と肩を組み、楽しそうに笑いながらリビングに入ってきたのです。
「お義母様、ただいま戻りました。お義母様のメモのおかげで、学園のトップのみんなと大親友になれました。みんな、お義母様に挨拶したいって付いてきちゃいました」
「……はにゃっ」
お義母様は、驚きのあまり持っていた高級なティーカップを床に落として粉々に砕きました。
(な、なぜ生きているのよ。あの我が儘令嬢と冷酷王子よ。なんで我が家のリビングに、国を動かすレベルの権力者たちが笑顔で揃っているのよ)
第二王子がお義母様の前に進み出ました。
「ルクレツィア殿。シルフィアという素晴らしい神子を育て、私に紹介してくれたこと、心から感謝する。シルバ侯爵家の忠義、しかと受け止めた」
「あ、あ、ありがたき幸せにございます……」
お義母様は、冷酷な王子の目が「もしシルフィアを傷つける者がいたら一族郎党消し去る」という無言のプレッシャーを放っていることに気づき、ガタガタと震え出しました。
危機回避に成功しました。経験値を獲得します。
スキル、人脈ネットワークを獲得しました。
王宮裏好感度、マックスに到達しました。
その頃、王宮の会議室。
「報告します。シルフィア令嬢が学園に入学してわずか数日、公爵家と第二王子を完全に掌握。学園の全勢力を一本化し、王国の次世代の派閥争いを一瞬で終結させました」
「何だとおおおっ。あの若さで、王国の未来の権力構造を無血で統一したというのか」
「しかも、王宮の裏システムによれば、すべては彼女の計算通りの贈り物による懐柔とのことです」
「恐るべき外交手腕だ。あの娘はもう、一貴族の枠に収まる器ではない。すぐにシルバ家を国家最高爵位の公爵家へと昇格させ、彼女を次期国王の第一王妃候補として正式に指名せよ」
数日後。
我が家にまたしても王宮からの使者がバタバタと駆け込み、我が家はついに国家の頂点、公爵家へと強制レベルアップ。さらに私は未来の王妃様になることが決定しました。
「わあ、お義母様がメモをくれたおかげで、お家が公爵家になって、私、将来のお妃様になっちゃいました。やっぱりお義母様は、世界一私を幸せにしてくれる大恩人です」
私が満面の笑みでギュッと抱きつくと、お義母様は涙すら出ない抜け殻のような顔になり、そのままゆっくりと床に倒れ込みました。
「あ……あばばばばば……殺そうとしたのに……なんで……なんで私が国で一番偉い公爵夫人になってるのよぉぉぉぉ」
お義母様の命がけの暗殺計画が、ついに国家の最高権力まで上り詰めてしまう中、物語のすれ違いは、いよいよ世界規模へと拡大していくのでした。




