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義母が私を殺そうとします  作者: 樹


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第1話:お義母様のピリ辛スープ

「さあ、シルフィア。私直製の、とびきり美味しい特製スープよ。温かいうちに召し上がれ?」

 私が五歳になったある日の昼下がり。

 新しく我が家にやってきたお義母様、ルクレツィア様は、にこにこと聖母のような微笑みを浮かべながら、私に一杯のスープを差し出してきました。

 彼女の美しい金髪の上で、お気に入りの鮮やかな赤いリボンが、心なしか嬉しそうに揺れています。

 けれど、差し出されたスープの見た目は、お世辞にも美味しそうとは言えないものでした。

 器の中の液体は、どす黒い紫色に変色しています。表面にはどろどろとした不気味な泡が立ち上り、そこから広がる湯気は、嗅いだだけで鼻の奥がツンとするような強烈な異臭を放っていました。

 前世の知識を総動員するまでもありません。どこからどう見ても、数滴で象がバタリと倒れて白目を剥くレベルの、一級品の猛毒でした。

(ふふふ、これよ、これ。これなら食べた瞬間、急性心不全か何かの突然死に見せかけて、合法的に処理できるわ。私が直接手を下したわけじゃない、ただの病死よ。これで領地スキルは無事に私の可愛い実子へと引き継がれるわね)

 お義母様は顔を扇子で隠しながら、脳内でそんな恐ろしい、そしてちょっとおバカな大真面目の陰謀を巡らせ、高笑いを上げています。

 普通にこの世界で育った子供なら、このスープを見た時点で泣き叫んで逃げ出すか、お父様に助けを求めるでしょう。

 しかし、私は前世から筋金入りのマイペース人間です。

 下駄箱の画鋲をツボ押し健康グッズと喜び、机の悪口をアヴァンギャルドなアートと拝んでいた私にとって、このどす黒いスープもまた、違った景色に見えていました。

「わあ、お義母様、私のために、こんなに手の込んだお料理を作ってくださったんですか?」

「え、ええ。そうよ、シルフィア。私の溢れんばかりの愛が詰まった、特別なスープよ?」

(そうよ、致死率百パーセントの愛――という名の猛毒よ。さあ、早く切り刻まれるように苦しみながら、飲み干して静かに息を引き取りなさい)

 お義母様の目が、期待でらんらんと輝きます。

 私がスプーンを手に取ろうとした、その瞬間でした。

 キーン、と頭の中で心地よい金属音が響き、私の脳内に、まるでゲームの攻略掲示板のような、妙に軽いノリの音声が直接流れ込んできたのです。

『おっ、お疲れー。そのスープ、そのまま飲むとちょっとお腹痛くなっちゃうかも。でもね、テーブルの上の花瓶に入ってる黄色いお花をちぎって、スープの中にパラパラって入れると、一気に美味しくなって超ハッピーだよ。やってみて』

 神様が私を哀れんで授けてくれたギフト、危機管理能力による、脳内カンペのアドバイスでした。

「なるほど、トッピングですね」

 私はマイペースに納得すると、テーブルの真ん中に飾られていた花瓶から、可憐な黄色い花を一本むしり取りました。

 ちなみにこの花、実はその辺に生えている雑草などではなく、あらゆる毒素を分解・中和し、それを純粋な魔力へと変換する効能を持つ、市場では金貨数十枚で取引される幻の聖草アルカディアの涙なのですが、もちろん私にもお義母様にもそんな知識はありません。

「シルフィア? 急に何をして……」

「お義母様、お料理は見た目も大事って、本で読みました。こうするんです」

 私は笑顔で、黄色い花の花弁を千切り、どす黒いスープの上へとパラパラと散らしました。

 シュワァァァァァ……。

 花弁がスープに触れた瞬間、激しい化学反応が起き、不気味な紫色のスープが、一瞬にして透き通った美しい黄金色のスープへと変貌しました。異臭は消え去り、今度はスパイスの高貴で芳醇な香りが部屋いっぱいに広がります。

「……は、はい?」

 お義母様が、扇子を握ったまま目を丸くして固まりました。

(な、何が起きたの。スープが、黄金色に輝いているわ。私の毒はどこへ行ったの)

 お義母様の混乱を置き去りにしたまま、私はスプーンで黄金のスープをすくい、思い切り口に運んだ。

「――っ、おいしいです」

 それは、私の貧乏な人生の中で食べた何よりも美味なスープでした。

 ピリッとした程よい辛みの中に、濃厚な旨味と、体が芯からカッと熱くなるようなエネルギーが満ち溢れています。

 私は夢中になってスプーンを動かし、ものの数分で、器の底が見えるまでスープを最後の一滴まで綺麗に飲み干してしまいました。

「ぷはぁ、ごちそうさまでした。お義母様、お料理上手すぎます。毎日これ食べたいです」

dishonesty

「な、ななな……なぜ生きているのぉぉぉぉ」

 ついに耐えかねて、お義母様が素の悲鳴を上げました。

 椅子から立ち上がり、空っぽになった器と、血色の良い私の顔を交互に見つめて、わなわなと震えています。

 その時、私の頭の中に再びピンポーンと小気味いい音が響きました。

 危機回避に成功しました。経験値を獲得します。

 スキル、神級毒耐性を獲得しました。

 スキル、毒素魔力変換を獲得しました。

 基礎魔力が100上昇しました。

 私の肉体とステータスは、神のギフトである神級隠蔽のパッシブ効果によって表向きは隠されつつも、裏側でとんでもない大化けを遂げていました。

 しかし、一般のステータス画面しか考慮にないお義母様は、頭を抱えて激しい脳内修正を始めていました。

(……おかしいわ。あの子、何事もなさそうにピンピンしてる。あ、そうか、分かったわ。私、実家の闇商人から買った毒が本物かどうか怪しかったから、ケチってほんの数滴しか入れなかったのよ。だからあの子にとっては、ただのちょっとピリ辛で元気が出るスープになっちゃったんだわ。お馬鹿な私。次はもっと、原液のままドバドバと飲ませてあげなきゃ)

 お義母様は、自分の計量ミスだと思い込み、一人で悔しそうにリボンを揺らしながらフンッと鼻を鳴らしました。

 一方で、開いた口が塞がらないのは、王都の王宮・最深部です。

「緊急事態だー」

「何事だ、騒々しい」

「国家機密のステータス異常検知魔導盤に、特大のアラートが点滅しています。最果てのシルバ男爵家にいる五歳の令嬢、シルフィアが、本日たった一瞬で、世界に数人しか持たない神級毒耐性と毒素魔力変換を発現させました」

「……何だとっ。五歳で神級スキルだと。あの冴えないカモフラージュ男爵領に、どんな怪物が潜んでいるんだ。シルバ男爵家、恐るべし」

 国王をはじめとする王宮の重鎮たちが、裏システムに表示された私の規格外のデータを見て、シベリアの嵐に打たれたようにガタガタと震え、大パニックを起こしていました。

 当の本人である私は、お腹がいっぱいになって幸せな眠気に襲われながら、お義母様、明日のご飯も楽しみにしてますねー、と、マイペースにベッドへと向かうのでした。

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