第0話ズレた少女と、リボンを結ぶ義母
◆ 前半:主人公の章
世の中、考え方ひとつで世界はどこまでも優しくなる。
それが、私――シルフィア・シルバのモットーだった。
たとえば、前世の話。
高校生だった頃の私は、なぜか周囲から奇妙な『おもてなし』を受けることが多かった。
ある朝、学校に行って上履きを履こうとしたら、中に鋭い画鋲がいくつも仕込まれていたことがある。普通の女子高生なら泣き出すか怒るかしそうな場面だが、私は違った。
「わあ、学校公認の足裏ツボ押しライフハックかな? 歩くたびに健康になれちゃうなんて、なんて素敵な気配りだろう!」
本気で感動しながら画鋲付きの上履き(※痛くない絶妙な角度で踏む特技がなぜか身についた)で廊下を歩いていたら、物陰から様子を見ていたクラスメイトたちが「こいつ、正気か……!?」と青ざめて逃げていった。
またある時は、私の机にギッシリと黒いマジックで「消えろ」「ゴミ」と落書きされていた。
「すごーい! これ、今流行りのアヴァンギャルドなストリートアートだ! 私の机をキャンバスに選んでくれるなんて、クラスに未来のピカソがいるに違いないわ!」
目を輝かせて落書きを拝んでいたら、翌日からピッタリと落書きは止んだ。きっと、シャイな芸術家たちが満足したのだろう。
そんな私の様子を天界から見ていたらしい神様は、なぜか号泣していた。
『なんて健気で、なんて純粋で、不憫な子なんだ……! こんなに酷いいじめに遭っているのに、すべてをポジティブに捉えて笑顔で耐え抜くなんて……! よし、次の人生は、絶対に安全で豊かな貴族の家に転生させてあげよう。ついでに、あらゆる危険から身を守るための特別なギフトも授けるからね!』
そうして私は、前世の記憶を持ったまま異世界へと転生した。
恐怖や焦りといった精神の異常状態をすべてシャットアウトする無敵のマイペース気質と、神様直製の『危機管理能力』というギフトを持って。
ただ、ひとつだけ問題があった。
私を哀れんでくれた神様は、ものすごく優しかったけれど、ものすごくポンコツだったのだ。
「幸せな、安全な貴族の家って言ってた気がするんだけどな……」
私が生まれ落ちたのは、この王国の最果てにある『シルバ男爵領』。
貴族とは名ばかりの、作物は育たない、資金もない、領民たちは「のんびりゴロゴロして生きるのが一番だよぉ」と畑仕事すらサボる、絵に描いたようなド田舎の貧乏領地だった。
さらに、五歳になった私の初期ステータスを測定したところ、なんと「一般人の子供以下」という驚異の最弱数値を叩き出してしまった。
この世界には、「十二歳になるまでに国が定める一定のステータスに達していない貴族の子供は、強制的に平民に落とされる」というシビアな法律がある。
このままだと、私は十二歳で平民落ち確定。
でも、マイペースな私は「ま、その時はその時で、のんびり平民ライフを楽しめばいっかー」と、お庭の草を眺めながら鼻歌を歌っていた。
そんな私の元に、新しく『お義母様』がやってくるまでは。
◆ 後半:義母の章
お気に入りの、鮮やかな赤いリボンを鏡の前でキュッと結び直す。
ルクレツィア・シルバ。それが、今の私の忌々しい名前だ。
「おのれ、よくも私をこのような、泥にまみれた芋臭いド田舎に押し込めてくれたわね……!」
私は元々、隣国の由緒正しき伯爵令嬢だった。華やかな社交界の中心にいたはずの私が、先の戦争での敗戦によって国を追われ、敵国であるこの国の、よりによって一番貧しいシルバ男爵家に無理やり嫁がされるという屈辱を味わっている。
毎日、サボることしか考えていない芋臭い領民の顔を見るだけで反吐が出そうだ。
だが、私はただ絶望してここで腐るつもりはない。
落ちぶれても元伯爵令嬢。実家が敗戦の混乱に乗じて隠した巨額の裏金と、亡国の闇の組織との繋がりは、今も私の手の中に生きて生きている。
そして何より――私は、この貧乏なシルバ男爵領に眠る、最大の『秘密』を知っているのだ。
この痩せこけた土地の地下深くには、かつて世界を滅ぼしかけた、王国を一夜にして転覆させられるほどの『古代軍事遺産』が封印されている。国はそれが世間にバレないよう、カモフラージュとしてあえて代々「冴えない貧乏貴族」を領主として配置し、周囲の目を欺いていたのだ。
その遺産が眠る扉を開けるための条件はただひとつ。
シルバ男爵家の直系、つまり前妻の娘であるあの忌々しい小娘――シルフィアの体に刻まれる【領地スキル】。あれがなければ、どんな強力な魔法を使おうが、扉はびくともしない。
「ふふふ、あの小娘さえ消えてしまえば、私の実子が家督を継ぎ、その【領地スキル】を手に入れられる。そうすれば、私が世界最強の兵器をこの手にして、私をバカにしたこの国に復讐して、世界の女王にだってのし上がれるわ!」
しかし、この世界の『スキル継承』には、絶対に破ってはならない血のルールが存在した。
スキルの持ち主を、ナイフで直接刺し殺したり、他殺だと一目でわかるような方法で殺害した場合、その体に刻まれた【領地スキル】は強制的に消滅し、二度と誰にも引き継がれなくなってしまうのだ。
スキルを実子へ無事に継承(上書き)させるための条件は、前の持ち主が『事故死』『病死』あるいは『突然死』といった、あくまで他殺ではない自然な形、あるいは不慮の災難によって命を落とすこと。
「だからこそ……徹底的に、完璧な『事故』と『病気』を演出してあげるわ」
私は不敵に微笑み、鏡の中の自分を見つめた。
ターゲットは、いつもアホみたいな顔をして庭のトカゲを眺めている、ステータス最弱の小娘。
十二歳の適格審査を待つまでもない。あんな無能な子供、病死に見せかけた毒殺か、訓練中の事故に見せかけた暗殺者による一撃で、いつでも、今すぐにでも突然死させてみせる。
「見ていなさいシルフィア。お前が生きているうちは、毎日が恐怖のサスペンスよ。十二歳になる前に、確実に不慮の事故で、お星様にしてあげるわ!」
ルクレツィアは、自分の立てた完璧な計画(※本人は名案だと思っているが、客観的にはちょっとお馬鹿で回りくどい計画)に酔いしれながら、高笑いを上げた。
――こうして、お馬鹿な義母による「絶対に他殺とバレてはいけない暗殺デッドヒート」の幕が上がった。
そしてこれが、主人公シルフィアの『脳内カンペ』によってすべて育成イベントに変換され、仕掛けた義母のほうが精神的に破滅していく、地獄のループの始まりであることなど、ルクレツィアはまだ知る由もなかった。




