【第3話】国境越えの夜、熱を帯びる沈黙
ガタゴトと揺れる馬車の振動が、心細さをさらに煽るようだった。
アストリア王国へと続く街道。国境を越えれば、もう後戻りはできない。
窓の外には見たこともない深い森が広がり、夜の帳がすべてを飲み込んでいく。
向かいの席には、ジークヴァルトが座っていた。
護衛のために同乗している彼は、暗がりの中でも背筋を伸ばし、一分の隙もない。けれど、時折車輪が石を弾くたびに、彼の膝と私の膝がかすかに触れ合う。
そのたび、火傷をしたような熱が全身を駆け抜けた。
「……ジークヴァルト」
「はい、フィオレーナ様。お疲れですか?」
彼は視線を外に向けたまま、静かに問いかけてくる。
その横顔は月光に照らされ、どこか現実味のないほど美しかった。
「いいえ。ただ……少し、怖くなっただけ」
「……」
ジークヴァルトの視線が、ゆっくりと私の方へ向いた。
青い瞳の中に、いつもの冷徹な光ではなく、微かな、本当に微かな揺らぎが見えた気がした。
「私が隣国へ嫁げば、あなたは王宮へ戻るのよね? 次は……どなたの守護に就くのかしら」
無理に作った微笑みは、自分でも分かるほど歪んでいただろう。
返ってきたのは、長く重い沈黙だった。
夜の静寂が、二人の間に満ちていく。やがて、彼は絞り出すような低い声で答えた。
「……私は、あなたの騎士です」
「え?」
「たとえあなたがどの国へ行こうとも、私の忠誠は……」
そこまで言って、彼は言葉を切った。
差し出されかけた彼の指先が、空中で迷うように止まる。
彼は何かを言いかけ、そして強く唇を噛んで、再び「鉄仮面」を被り直した。
「失礼いたしました。……夜露が冷えます。これを」
彼は自分のマントを脱ぎ、私の肩にそっと掛けた。
マントからは、彼の体温と、微かに、懐かしい革と香草の香りがした。
包み込まれるようなその温かさに、涙が溢れそうになる。
(「忠誠」なんて、そんな冷たい言葉で片付けないで)
本当は、私をどこへも行かせたくないと、一言だけでいいから言ってほしかった。
けれど、マントを整えてくれる彼の指先が、ほんのわずかに震えていたことに、私はまだ気づけないでいた。




