【第2話】残酷な招待状と微かな揺らぎ
穏やかな日常を切り裂くのは、いつだって一枚の紙切れだ。
豪奢な金縁で飾られたその招待状には、隣国アストリア王国の第一王子との縁談、そして顔合わせのための招待が記されていた。
「アストリア王国、ですか……」
執務室で父王から告げられた内容を反芻し、私は膝の上で指を絡めた。
アストリアは強国だが、その第一王子についてはあまり良い噂を聞かない。傲慢で、女性を飾りとしか思っていないという。
けれど、弱小国である我が国にとって、この縁談を断るという選択肢は事実上存在しなかった。
「フィオレーナ。お前には苦労をかけるが、これも王女の務めだ。来月には発ってもらう」
父の沈痛な声に、私は「分かりました」とだけ答えた。
喉の奥が震え、視界がわずかに滲む。
ふと、背後に控えるジークヴァルトに意識を向けた。
彼はいつものように、微動だにせず影のように控えている。
けれど、私が「分かりました」と告げたその瞬間。
静寂の中で、微かに、けれど鋭く――彼の腰に下げられた剣の鞘が、甲冑と触れ合って硬質な音を立てた。
彼が、拳を握りしめたのだとすぐに分かった。
「……ジークヴァルト?」
名を呼ぶと、彼は一拍置いてから、いつも通りの静かな声で応じた。
「はっ。旅程の策定、および護衛の編成に直ちに取り掛かります」
その声は、驚くほど低く、どこか抑え込まれた熱を孕んでいるように聞こえた。
彼は私を見ていない。ただ一点、前方の何もない空間を見つめている。
その横顔は、彫刻のように美しく、そしてあまりにも冷たかった。
(あなたは……どう思っているの?)
私がいなくなれば、あなたの「専属騎士」という役目も終わる。
私を隣国の王子に引き渡し、あなたはまた別の誰かの盾になるだけ。
ただの公務として、私を送り届けるだけなの?
「準備ができ次第、報告いたします。失礼いたします」
流れるような動作で一礼し、彼は部屋を去っていった。
去り際、扉を閉める彼の指先が、白くなるほど強くノブを握りしめていたことを、私は見逃さなかった。
その夜、私はバルコニーから遠く隣国の空を見上げた。
暗闇の中、自分を待ち受ける運命への恐怖よりも、彼が何も言ってくれなかったことへの絶望が、冷たい風となって肌を刺した。




