象徴(アイドル)
「……君らしくないことだったのは、承知しているな?」
「面目ございません」
気を失いかけたのを、かろうじて堪え、身内の不始末をラシオン王とナデントに深々と謝罪した後(二人は『王父卿のことだからこれぐらい気にしない』と言ってはいたけど)、どういうことか確認すると言って、一応二人をフェリデリア王都にある第一白亜館に移動させ、ビアラ夫人に応対を頼んでおいた。
その後、テンゲルの第二白亜館の執務室でアリメカリセスに事の始終を聞くことにしていた。
「ヤルデマラセナの時もそうだったけど、弟や妹たちには厳しいタイプ?」
「…すみません」
「いや、家族同士のことだし、私が口出しすることもないと思うがな。
でも、一体何があって、君があそこまで逆上していた?
ラシオンがいるとわかっているはずなのに、ああいう風に入ってきたり。
…あの二人の前であんなに激怒…って、酷かったよあれ」
さっきの感触を思い出したのか、セレステが首元を摩りながら身震いした。
「まことに申し訳ございませんでした。
弁解の余地のないことでした。
お体に、不調はありませんか?」
「まあ、少しぬるっとしてて気持ちわるかっただけだけどね。
で、あれは何なんだ?
何か、言っているようだったけど」
あまりにも突発的な出来事だったからか、セレステはあの空飛ぶうなぎが自分のことを『マイロード』と呼んだということに、まだ気づいていなかった。
「それが……
そろそろ生き戻る頃だと思いますので」
「何が……うぎゃあ!?」
さっきアリメカリセスの手によって真っ二つになっていたうなぎ…?らしきUMAが、いつの間にかくっついて一つに戻っていた。
しかも、生き返った…いや、アリメカリセスによると『生き戻った』?という奇妙な状態になって、モゾモゾ蠢いていたのだ。
「なんだよあれ!」
「ご紹介いたします。
私の妹、ラガネマパイサにございます」
……アリメカリセスの妹と聞いて、セレステは背筋に寒気を覚えた。
「ず、ずいぶん個性的な外貌の妹さんだな?
…君の兄弟たちって、結構個性あふれる連中というのはわかっているけど…
これは、輪をかけて…ちっこい?キモイ?不気味?ぬるぬる?空飛ぶミミズ?
…とにかく、なにか…生理的に…」
ラガネマパイサ…と呼ばれたそれは、セレステから貶しの言葉をかけられるたびに、ショックを受けるのかビクンビクン痙攣してい…
「はあああん、マイロードからの言葉攻め、最高♡
もっと、もっと言ってくださいませ!」
…ただの変態だった。
「…頭、大丈夫なのか?あれ」
「……申し上げる言葉もございません」
そう答えるアリメカリセスのあの名状しがたい形状の頭部をなしている、角と翼は力なく、しおしおと垂れていた。
たぶん、恥ずかしくて隠れる穴でも探したい気持ちだろう。
「…で、その妹さんとはなにがあった?
いつも理性的に振舞う君が、あそこまで切れて」
最初の印象が最悪だったせいか、名前すら呼んでくれないセレステだったが、アリメカリセスの答えはとんでもないことだった。
「それが、人目のつかないところで、なってない妹を再教育しようと思いまして…
量子領域に連れ込んで、 対消滅のお仕置きを…」
「……はい?」
なにか人知を超えた言葉が飛び交っているが、怖くて聞き直す気にもならない。
「…いや、まさかと思うけどね…
さっきのプラズマ爆発…」
「はい。3次元空間にはできる限り影響がないように制御していましたけど」
「本当なんなの君たち!?」
「そこから隙を狙って逃げ出したあの子が、いくつかの次元不連続面を行き来しながら逃げるのを追っていたら、頭に血が上って行先も確認せず突入して、あのような無礼を犯してしまった次第にございます」
「………うん、道に迷って部屋を混同した、ってことだね?
それは仕方ないことだな。あははは」
なんだか深く考えれば頭が爆発しそうな気がしたので、セレステは簡単な例えに逃げることにした。
「で…そこの妹さん?
生き戻った…?と聞いたけど、命に別状は…」
「ラガネマパイサにございます!
ああ、やっと出会えましたわ、マイロード!」
呼ばれるや否や、喜びながら一直線でセレステに向かって飛んでくるのを、アリメカリセスが素早く片手でキャッチした。
「グッジョブ、アリメカリセス。
…すまないが、いきなり飛び付かないでもらえないかな」
「ええ!どうしてですの!
マイロードと私って、もう夫婦同然の仲…」
「………………は?」
ラガネマパイサを掴んでいたアリメカリセスが、彼女を掴んだ手に力を入れた。
「お前…本当に生き戻りもできないよう、完全に消滅されたいみたいですね?」
「きゃああああ!マイロード!助けて!」
そんなラガネマパイサを冷たい目で見ながら、セレステは少しずつ後ずさっていた。
「何かすごいことを聞いた気がするがな…
夫婦同然って、なんのことだ?
まったく身に覚えがないし、結婚詐欺は重罪だよ?」
「結婚なんかじゃなくて…
私たちの間にはもう、子供が!」
「アリメカリセス?今回は三枚おろしでお願いできる?」
「お安い御用です」
「いやああああ!」
それはそれは見事に三枚おろしにされたラガネマパイサが『死んでいる』間。
セレステはこれがどういうことなのか、アリメカリセスに説明を求めた。
「身内の醜態で、誠に申し訳ございませんが…
あの子、ラガネマパイサの息子と、マイロードは親子の縁を結ばれていらっしゃいます」
「………はい?
まさか、ラシオン兄弟の亡き先太后の生まれ変わり?
うわ、それはとんだ失礼を…」
「違います。
もう一人、ご子息はいらっしゃるじゃないですか」
誰の事を言うのかな、と首をかしげていたセレステは、すぐもう一人、『息子』の存在を思い出した。
「いや、あれで息子とは普通言わない…
………え?え?え?
まさか、聖母龍様?」
「はい」
「なんでだあぁぁぁ!!!!」
一国の王統を『作り出してきた』伝説的な存在で、今しがた新しい王朝を開いた王の『母后』は、あんなキモい生物だなんて。
誰がいて想像できるんだろう。
「もちろんあれが本来の姿ではありませんでして…
3次元の顕現する時の、仮の姿です。
しかも、私から逃げるために小さくなっています」
「…ということは…
アリメカリセス、君のそれも、仮の姿?」
「恐れ入りながら」
「ヤルデマラセナは複数コントロールのためにあえて顕現しなかったそうだし
ダルカルヌピカも…あの声で、あの小鳥であるわけがないし。
…なんか、本当の姿は気にしない方が精神健康面にいい気がしたよ」
アリメカリセスが別に否定しないのを盗み見しながら、セレステが言い続けた。
「線形ではない時間の住民だからか、死からも自由になっているようだし…
だからだったかな?聖母アナゴが、自分の息子であるプライ・マハに、処分だのなんだの軽く言い捨てたのは」
「それは…」
「脱皮の時、昏睡状態でうなだれていたよ。
お母さま、許して、処分しないで、と。
てっきり、児童虐待でもされていたのかと思ったら…
やけにタチの悪い毒親だったね?」
「親と言っても、製作者と生命体擬態端末のような関係でしたので」
多分、無表情と取れる雰囲気でそういうアリメカリセスを見ながら、セレステが言った。
「ああ、そういう感じなんだ。
でもね…たとえ無生物でも、自分の作ったものに愛着ぐらい、持つじゃない?
それを、あそこまで見事な…擬態端末?ほぼ生物体、しかも知性の高いのを作り出しておいて、愛情を与えなかったのは…どうかと思うな、私。
そもそもその『処分』って言葉が、毛嫌いだし」
その時、また『生き戻った』ラガネマパイサが、今度はセレステとアリメカリセスの顔色を
伺いながら恐る恐る飛んできた。
「それが…私たちの力では、あれが限界でした。
生殖もできなければ、ちゃんと『死ぬ』こともできず、寿命が来ればいきなり、機能が停止してしまうような、そんな状態だったんです。
あんなものですから、個体ごとの使用期限を長く設定して、機能停止したら新しい個体と交替する形で、端末を継いできたわけです」
疑似でも、生命体のまがい物を『作り出せる』時点でもう全知全能に近い存在なのでは…と思ったセレステだったが、さっきから気になる言葉があった。
「『端末?』
何との連結の端末なんだ?」
『聖母龍』と聞いてはいるけど、あまりにも滑稽なその姿からはそれが実感できず、アリメカリセスやその弟たちは既に家臣扱いなのに今更…な気がして、ついただ口で話しかけていた。
「わたくし、ラガネマパイサは魔術と法術の本質を主観しております。
トゥシタでの自然界を構成する4つの力を管理していますが、初期知的生命体にそれを知識として伝えることに少し、困難を覚えていました。
それで、接続端末のような用途の存在を作り出して、この個体がいるからこそ、初めて法術が作動する、という『契約の象徴』と祭り上げたのが、最初のプライ・マハでございます」
「…うん、聞いてもわからないことだ、パス。
で?4つの力?4大元素とか、そんな?」
「いいえ?
重力、電磁気力、強い力、弱い力」
「……はい?」
なんか、とんでもない話になってしまった。
あんなデカいミミズのようなUMAが、自然の力の管理者?
アリメカリセスも量子領域とか、なんかすごいことをさらっと言っていたけど…
トゥシタのヒトには『神』の概念はない。
セレステ本人も、無神論者である。
でも、目の前にいるこの『姉妹』は…どう考えても…
「ただ法則の管理者なだけですから、『女神』とかじゃありません」
「…さらっと他人の意識を読みながら、そんなこと言ってもな…
で、その『法則の管理者』である君たちが、なぜ私に従っているのか…
と聞いても、もちろん『時がくるまで』は答えてくれないな?
いや、答えられないようになっているか?」
「…ご推量にお委ねします」
アリメカリセスのその答えに、セレステはあることを思いついたが、それを口にしたらもう正気の人間には後戻りできなくなる気がして、やめることにした。
その代わり、さっきから聞きたかったことを、巨大ミミズ…ラガネマパイサに聞くことにした。
「その機能停止、ってことなんだけど…
どのように進行するんだ?」
「はい。あの子たちが、黄金のウロコを持っているのはマイロードも御存じでしょう?
最初は、それがだんだん輝きを無くします」
「ああ、あれか。
確かに、ラガマダさんも艶のない茶色にまで行っていたな」
「…それは、前例のない事象なんですけど。
普通は、光沢のない銅の段階で完全停止になって――」
「なって?」
「全身に錆びついて、腐食して分解されてしまいます」
「え」
…それって、あの超有名アメリカヒーロー映画のラストみたいな光景なのではかな…と、しょうもない空想をしていたセレステは、はっと我に返った。
「いや、ではラガマダさんはなんで?」
「これは、あくまでも推測に過ぎませんが…」
アリメカリセスが、言い出した。
「もしかしたら、マイロードがあの子を地球に連れていかれたからかもしれません」
「あ!」
「それがどうしたというのだ。
わかるように説明してもらえないか?」
なにか悟ったかのような巨大ミミズにイラついたセレステが、説明を求めるとアリメカリセスが答えた。
「つまり、その時だけは『トゥシタの法則』から外され…
機能停止の運命から、逃れられた、ということです」




