UMA - フライングうなぎ
「父上」
「……いうな」
「じゃ、王として聞かせてもらいましょう。
王父卿?」
「……はい」
バリアーダでの公式日程を終え、フェリデリアへと北上中のテンゲル・第2白亜館。
その当主執務室には、今机に頭を突っ込んでうつ伏せになっているセレステと、ソファに座ってそんな彼を情けなそうな目で見つめている三人がいた。
外交訪問に同行していた外務大臣コミス・ナデントと、護衛役という名目で久々の国外旅行に出られた王弟にして王室親衛隊長のノルガー王子。
…そして、自分だけ王都に残されてつまらないとぶつぶつ不満を垂らしていた国王ラシオンが、セレステが『やらかした』というニュースに嬉々としてゲートをくぐってやってきていたのだ。
「……1000歳も年上の弟って、どう受け入れればいいのか困りますよ?」
「問題になるのそこ!?」
バリアーダ国王、プライ・マハであるラガマダに『お父さん』と呼ばれ
くっついてて離れてくれなかったことで一騒ぎ
そのマハが3時間もかからないうちに豹変し、朝の華奢だった姿から午後には見間違うほどの大柄になっていてまた一騒ぎ
1千年ぶりに初めて迎えた『忌み時期』をセレステの助力を得て無事乗り越えたとマハが宣言したのでまた一騒ぎ…
その全てをどうでもいいことにしてしまったのが、最後のマハの宣言。
「フェリデリア王父卿、レギス・バシ・オーテル・セレステ。
あなたは朕にとって、再生の恩人である。
よって、あなたを朕の父上に等しい者と認め……
『ルアファン』の称号と資格を与える」
……後で聞いたところ、ルアファンとは「師にして父」と言う意味合いだそうな。
「いや、正直、あそこまでは良かった……
あのヒトったらな、少しでもプライベートなところに来ると、くっついてきてお父さんお父さん…
他国の国王陛下にお父さん呼ばわりなんて、冗談じゃないよマジで!」
とぷんぷん息巻いていたセレステだが、ラシオンはジト目でそんな彼を見つめていた。
「父上?」
「うん?」
自分を呼ぶ声にラシオンの方を見たら、指で自分のことを指しているラシオン。
『私は?』
と聞かんばかりの表情だった。
「あ」
……実の息子じゃないけど、前世の絆という、他人から見れば冗談にしか見えない親子関係。
それが、フェリデリアの国王。
そして、『同じく』と言わんばかりに、ノルガーのことを指差すラシオン。
「ぐぬぬ……
で、でもいくらなんでも1千歳も年上というのは……」
「それは、まあ……私たちも同じ気分ではありますけど……
でも私も父上より年上ですよ?」
「あ」
同じく、ノルガー。
「その忌み時期なるもの……
我らとて毛換わりぐらいはしても、あれほど隠密なものではないが……
外務大臣?」
「はい。
ラプティの全身をくまなく覆っている鱗は、毛とは違って自ずと抜け落ちたりはしません。
その上、うまくいかなかった場合、身体部位の欠損や、甚だしくは死にもつながることもあり……
とても重要な問題ではあります。
しかも、全身くまなく剥けなければならないので、布切れ一つ身につけていてはいけません。
だから……子供は親に、結婚した成人は配偶者に手伝ってもらうのが普通だそうです」
「ほほう。
だから、外国の国王を、同意も求めず一糸纏わぬ、生まれたままの姿にした?」
「いや、それ……」
セレステも自覚してはいたが、ナデントから聞くと問題はさらに甚大だった。
「だからですね……
あのルアファン宣言は、感謝の気持ちを示すのと同時にーー
王父卿の命を助けた、高度の政治感覚による判断、とも取れます」
「父だから、隠密な行為を手伝っても問題にならないと?」
「その通りです」
ラシオンとナデントの会話を聞いていたセレステは、その説明に一理あると思いながらも、一抹の違和感を感じていた。
「……政治的判断にしては、二人切りでいる時には妙にベタベタくっついてきますけど?」
「はあ…
千年余りを生きてきて初めて経験した脱皮ですから、それだけ衝撃も大きかったでしょう?
そこを、王父卿に助けてもらって、間一髪で生き残れた。
愛着が湧くのも不自然ではないと思います」
『吊り橋効果とかいうあれか』
と思って、セレステが安心しかけている瞬間だった。
「でも……私から見ても、公ではない場所でのあのマハの王父卿に対する態度……
尋常ではない。
一歩間違えれば、男性でありながらマハ・ラナになるところだったかもですよ?」
「マハ・ラナ?」
「うちの『メア』と同じ称号です」
「メアって、女当主か、当主夫人……
……………
ええええええええ!?」
驚愕しているセレステをよそに、ノルガーが何事でもないかのように付け加えた。
「ああ、そういえばあそこも、相手が異性だろうが同性だろうが、周りから気にしない文化だったな?」
「ええ」
「いや、私は気にするよ!
うわああああ、父でよかった!!!」
胸を撫で下ろしながらも、セレステはもう一つの地獄の可能性を思い出してゾッとした。
千年を変わらない体だったということは、いかがわしい経験も……なかったはず。
だから、番ではない父と呼んでくれたわけで……
もし、経験済みだったら……
『本当に、父でよかった!』
停止した時間の中で何があったか知る由もない彼としては、そう考えるのも無理ではない。
「……危ないところでしたね」
「はい。
陛下に、三人目の父君ができるところだっ……」
「「「いやいやいやいやそれはない!!!」」」
とんでもないナデントの発言に、親子三人が慌てて否定した。
「が、外務大臣?冗談はほどほどにな?
……それはそうとして、図らずも両国が兄弟同然の関係になりましたな。
やっぱり、転んでもただでは起き上がらない父上だ」
「いいのか、それで?」
半信半疑だったセレステだったが、ラシオンの発言にナデントが付け加えた。
「ええ、正直、期待以上でした。
テンゲルでの威力航行で、親善反対派を黙らせるぐらいで目的達成。
と思っていたところを……
ケイレスの双子の女王からは『女王の友』の称号を
バリアーダのプライ・マハからは『ルアファン』の称号と……
称号以上に、心から王父卿を父として慕っている、そういう感情的な接近を。
言葉では報恩とだけ言っていたけどですね……
密かに、手紙を送って来ていました。
『フェリデリア国王殿を、兄君と呼んでもいい』と」
「な…
……私には言っていませんでしたねそれ!?」
「王父卿がわかれば、また何か騒ぎ出すから。
マハと陛下、お二人の関係でもありますしね?」
「いや、でも……」
「それに、王父卿もご覧になったでしょう。
『寿命が来ていたのを、フェリデリア王父卿の手によって、この姿に生まれ変わった。
そして彼は、聖母龍に嘆願し、朕を土を踏んでもいい存在に変えていただいた。
そしてこれからバリアーダの王家を、朕の子孫が継いでいくことを許してもらえた。
もうこれ以上顔を隠さぬ。
民と一緒に大地を踏み、一緒に暮らすマハとなろう』
との演説で、宮廷のみんながどれだけ喜んでいたか」
「ええ、それは……」
「あの熱狂の裏でですね、もう権力争いは始まっていますよ。
『子孫も残さない』、『空に浮いた』全能者の下と……
妃を迎えられる、大地を踏んでいる王の下とでは、訳が違いますから」
ナデントの説明を聞くと、確かに、という実感がする。
「だから、余の新しい弟は、自分でも恐ろしい力を持った支配者でありながら……
父上というイレギュラーの絶対の力と、余という兄の存在を後ろ盾にしてな。
余計なことを考える連中を制御したいと?
子供らしく振る舞う割には、為政者としての千年というのは、侮れないな」
自分なんかとは、生きて来た年月も、権力者としての経験も比較にならないヒトたちだからそうなんだろうな……と思いながらも、セレステは気になることを口にせざるを得なかった。
「脱皮を手伝ったらあんな姿に生まれ変わったのは、私がこの目で確認した事実だけど…
聖母龍に嘆願?私が?いつ?
おかしい伝説を捏造してほしくないんですけどねー」
そうぶつぶつ言った瞬間だった。
- ピカッ
「あ?」
「稲妻……ですか?」
窓の外が、瞬間的に眩く光っていた。
「いや、晴れた天気だし……
そもそも、ここ、雲の上ですよ?
しかも、テンゲルには気象フィールドが貼られているから……」
- ピカッ ピカッ ピカッ
何度も繰り返して、窓の外が眩く光る。
よく見るとそれは、普通の稲妻ではなく、何か中心から爆発するような球状のプラズマが、繰り返し現れては消えていた。
「なんでしょう、あれ?」
「さあ……父上?」
「私に聞いてもな……とりあえず、テンゲルのフィールドは安全なようだけど……」
セレステも困惑していた、その時だった。
「びえーん!マイロード!」
– ベタリ
「うわ!なんだこれ!フライングうなぎ!?」
何か長い体をした、うなぎともヘビとも形容し難い生き物が虚空から現れ、セレステの首元に巻きついた。
「わわわわ!気持ち悪い!ノルガー!取って!」
「いやだよ!何それ!」
などなど、部屋のみんなが慌てふためいていたその時。
「ラガネマパイサ!よくも逃げ……!!
……失礼仕りました、陛下」
頭に当たる部分にある一対の角も、六枚の翼も、その全てが空を突かんばかりに、上へ聳え立っていた。
――多分激怒の形状と見えるアリメカリセスが室内に現れ、そこにいたヒトたちに気づいた。
彼女は一瞬で落ち着いた態度に戻って、ラシオンに恭しく謝罪した。
「あ、ああ。
ビカリ・テンゲリデ。
ずいぶん強烈な登場だな?」
「いや、そんなことより!
これ、どうにかしてくれ!
うわあああ!服の中に滑り込もうとする!」
それを見たアリメカリセスの……
その、名状し難い形状の頭に当たる部分の角と翼が、再び上へと聳え立った。
『ブチギレだな、あれ……』
セレステ以外の全員がそう考える中、セレステに向かってズカズカと歩いて来たアリメカリセスは、セレステの首元にへばりついているUMAを、握りしめた。
「ひいいいーーお姉様!」
「ラガネマパイサ……
私から逃げたのも万死に値するというのに……
マイロードにこの、あるまじき罪まで……
一度消滅して生まれ直して来なさい!」
–プチッ
そのまま、握り潰してしまった。
「きゃあああああ」
「ぎゃああああああああ!!!!」
首元にへばりついてた何かが、弾け飛んだと思って悲鳴を上げるセレステだったが……
幸というか、何か『ビチャビチャな』ものは、感じられなかった。
……だからと言って、正気を保っているほど、彼の神経は太くはなかったけど。




