刷り込み?
『さて、どうしようかな、これ』
号泣するラガマダを抱き締めたまま、優しく背中を叩いていた天城…だが。
自分の首にしがみつき、離してくれないラガマダに、少し困っていた。
『少しは落ち着いたようだが…そろそろ離してほしいな。
正直、息苦しくなってきたぁ〜』
すがるように強く抱きしめられて、少し呼吸困難を感じ始めていたのだ。
「あの…マハ?
少し、落ち着かれたでしょう?
ちょっと、離していただけませんか…」
「いやだ」
「…は?」
「そなたは私を凌辱しただけではなく…
お前呼ばわりして…
母上にも暴言の数々を浴びせ…
挙げ句の果てに、私を襲おうとした」
「ゲッ」
語弊だらけだけど、ある意味、全部事実でもある。
だから、否定しようもない。
「あの、それは…」
「わかっている。
だからだ。
もう少しだけ、こうしていさせてくれ。
生まれて初めて他人の温もりを知った赤子に、それぐらいいいだろう?」
「赤子って……」
さらっと言っているけど、並々ならぬ真実味を感じたセレステは、何も言えなくなった。
…不満を言える立場でもなかったが。
でも、これだけは言わなければならない。
天城は、変わらず自分の首を抱き締めているラガマダの腕を、ぱちぱち叩きながら押し潰されたような声で言った。
「ギブギブ!お気持ちはわかりますが!窒息しますぅ!」
***
「…逆順でいけば済む…はずですけど…
袴の中に下着、穿いていませんでしたね…」
「あなたの言う通り『ついてない』身だからな。
別に必要ない」
「…悪うございました!!!!
あ?でもなんか丈が短い…?」
ラガマダの気持ちも落ち着いたところでそろそろトゥシタに戻る話になって、さっき脱がした服の着付けの世話をしているセレステだったが、いざ着せようとすると服のサイズが合わない。
アジア風のゆったりとした衣装だから、多少は痩せたり太ったりしてもそのまま着られるはずだが、それどころの問題ではない。
全部、丈が短くなっていたのだ。
「……縮んだ?
いや、洗濯もしていないのにそんな……
……ひょっとしたら、脱皮を経てマハが成長したとか?」
「そんなこと…
あ、そうかもな?そういえば。
ラプティの子供は、成長期には一年に何度も脱皮するから」
もちろん、脱皮は成長のためでもあるということは、天城も知っている。
知ってはいるが……それでも、これは成長しすぎでは無いかな。
「千歳を超えてなお成長しますか。
羨ましいですな〜私なんか、逆に縮み始めた気がするのに」
「そうか?
なら、ラプティに生まれ変わってみないか?
私の息子にーーとか」
「それ、さらっと死ねと言ってません?
お断りします!」
類としての差のせいか、でなければ生きてきた時間の差のなすことか。
微妙にズレた生死の感覚を持っているな、と思いながら、天城はキッパリ断った。
せっかく死罪を免れたのに、また死ねと聞くわけにはいかない。
「それは残念だなーー
でも、あなたの寿命が来た後ででもいいぞ。
私は待っていられるから、考えてみてくれ」
「ああもう、その話はいいですよ!
転生って、したいからってできるわけじゃないし。
しかし、なんで閉まらないのかな、この襟は!?」
なんか、他愛も無い冗談のようでいて、とんでもない対話を交わしながらなんとかラガマダの着付けを終えたセレステだったがc
ラガマダが成長していて丈も短く、身幅も妙に狭い。
それに脱がすのは簡単でも、着せるのは全く違う話だった。
その結果、ラガマダは本当に滑稽な姿になっていた。
「ま、まあ。裸で戻らないだけでマシだと思いましょうね?
サイズぐらい、向こうでならどうにかできますから」
「私は裸でも別に気にしないが」
「…マハはそう思われるかも知れませんけど……
それ、私が死罪に処されるやつですよ?
お願いですから勘弁してください」
脱皮する前とは違って微妙にイタズラっぽく、子供じみた性格になったな、と薄々感じながら、天城はゲートを開いた。
『脱皮した解放感で、少しハイになった?
まあ、そうだったら判断力も普段とは違うはずだし……
だから『忌み時期』と称して、引きこもって過ごすのかな』
豹変したような、その性格で当惑したせいか。
天城はラガマダが自分のことを『あなた』と呼んでいるということにすら、気づいていなかった。
***
ゲートをくぐってトゥシタに戻ってきて、ラガマダは呆れたと言いたげな顔で、苦笑いしながら言った。
「……世界の間を渡るのは大法術でも天体の条件が合わなければできないというのに……
こんなことがホイホイできるくせに、大したことのない力だと?」
「いや、そうはおっしゃっても……
私にもわかりませんよ。なんでできるのかなんて」
自分でもわからないと答えるセレステを見ながら、ラガマダは考えた。
『明らかに世界の法則を上回っている力だ…
だから、母上も叔母上方もこのお方のことを…
うむ?母……上?』
ラガマダはやっと、自分の異変に気づいた。
体が大きくなったのは脱皮のおかげだと考えれば済むことだった。
しかし、ラガネマパイサとその姉弟たちを呼ぶ呼び方まで、自分でも知らないうちに変わっていたのだ。
『本当に、成長……したというのか?
千年余りを、変わらず生きてきた私が?』
自分でもそう驚いているところだった。
「お帰りなさいませ、マイロード。
うまく行ったようですね」
ダルカルヌピカの声が聞こえた。
「ああ、大変だったよー
でも、終わりよければすべてよし、ってことにはなったけど。
ああ、そうだ。
マハ、ちょっとこちらを向いてください」
「うむ?こうか?」
「はい。腕は自然に下ろしてーー」
と、セレステが言いながらラガマダの両肩に手を乗せた瞬間、時間が止まった。
「ラガマダ!お前、どこに行って……ああ!?
どこで、何をしたんです?どうしてこんなに変わり果てて!」
「このお方に連れられ、チキュウなる異世界に行ってまいりました。
『母上』」
ラガマダは、自分でも驚いていた。
あれほど恐れ慄き、認めてもらいたいと願っていた母に対し、驚くほど落ち着いて応対できている。
我ながら感心せざるを得なかった。
「は…母上?
お前、一体何をして来たんですか?」
「別に、大したことは。
ただ、生まれて初めて脱皮を経験しただけです」
「脱皮!?お前が?
あり得ません!お前は、そのように作っていない…
いや、作れなかったのよ!私たちには許されていない領域だったのに!」
「……それが、できたんです。
このお方が、死んだ皮を剥いてくださり、この新たな体へと」
「ええ!?」
透明な巨大龍、ラガネマパイサが予測できなかったことに驚愕していた。
彼女ら5次元存在の『未来の記憶』には、そんな事象は刻まれていない。
しかし……
「ラガネマパイサ、ただいま未来の記録が更新されました」
名状しがたい形状として顕現したアリメカリセスが、そんなラガネマパイサに伝えた。
「お姉様!」
「あの子は、マイロードによって改良改造……
いや、『生命体として進化』してしまいました。
よって、今回予定されていた端末交替は、キャンセルされました」
「あり得ませんわ!
あの子は今日、寿命を迎えるはずで……
それで、マイロードに迷惑をかけないように、予め処分しておいた方がいいとお姉様が………」
処分云々はそういうことだったのか。
ラガマダは、先日のあの恐怖そのものだった母と叔母たちの会話の意味が、やっと理解できた。
だから、機能不全が……
「先日までは、ね。
でも、記録が書き換えられたんです。
あの子は、『変わらない擬態端末』から『移り行く完全な生命』に進化しました。
そして、バリアーダの『王家』の祖先になります」
「……更新情報、確認しました。
で、でも、こんなことがあっていいんですか?
このレベルの権限は、マイプロビデンスにしか……!」
さらなる驚愕に打ちひしがれるラガネマパイサ。
しかし、アリメカリセスは淡々と言っていた。
「いいえ、兆しはあったんです。
いつも私たちの名を呼び違えていたマイロード、と覚えていましたね?
しかし、私の名前をちゃんと呼んでくださるようになっていました」
「タルタルソースサラ…」
アリメカリセスに負けないぐらい巨大な怪鳥。
本来(?)の姿になって二人(?)の姉のそばに滞空していたダルカルヌピカは、何か悔しい気がしてそう呟いた。
「ぶつぶつ言わない。男の子でしょう?」
*そうは言ってもな〜私たち、性別なんか意味ある?*
いつの間にか、ヤルデマラセナも合流していた。
「マイプロビデンスの趣味だったな」
「そうよ。
だからあの子にも、『形』だけで『機能』はつけていなかったのに……」
*え、なになに。
じゃぁ、あいつ、これからやりたい放題?うわあ〜*
「ヤルデマラセナ!はしたない!」
高次元存在である、母とその姉弟たちの対話を聞いていたラガマダは、いきなり込み上げてきた想いに抗えなくなった。
目の前に時間停止しているセレステを抱きしめて、高らかに叫んでしまった。
「お父さん!」
*「「「ええええええ!!!!」」」*
冷徹に事態を分析していたアリメカリセスまでもが驚く、あまりにも突発しすぎる行為。
「な、な、なななな、何をするのです、ラガマダ!
この母もまだやっていないことを………
このうらやま…いや、けしからん息子が!
直ちにそこを代わり……」
「……ラガネマパイサ?落ち着きなさい」
アリメカリセスの声が、いつにも増して冷たくなっている。
「あ、いえ、お前にとってマイロードがお父さん……
ということは、私は自動的にマイロードと……」
「……ラガネマパイサ?
どうやら、量子レベルでの仕込み直しが必要なようですね。
来なさい!」
「お、お姉様!?
きゃあああああ!」
聖母龍ラガネマパイサが怖い姉に髪の毛を鷲掴みにされ(?)どこかに消えてしまった後、残された弟たちはやれやれと言いたげな雰囲気でそれぞれの持ち場に戻りながら言った。
*兄貴、こうなるとわかっていた?*
「まさか。マイロードになら何か方法があるのではないか、と期待してみただけだ」
*ふ〜うん?そう?
あんなことを無意識でやり遂げながら、世界に何かする気はないと言いますか。
無自覚って、やっぱり怖いなぁ〜
ま、結果あの子は生き残れたし、メデタシ、メデタシ*
ヤルデマラセナが持ち場に戻り、ダルカルヌピカが小鳥の姿になった時点で、三次元空間の時間が再び流れ始めた。
「え?あの?プライ・マハ?なんですかいきなり?
両腕は自然に下ろしてと……」
「いやだよお父さん……
ラガマダと呼んでくれ」
「はい?
………はああああああああ!?
ま、まさかの刷り込み?」




