アースバウンド
また…すごく遅刻…
申し訳ございませんでした!!!!
それは、セレステがまだ王宮で時間を潰していた時のことだった。
丞相との面会は早めの打ち切りになって時間が浮いてしまったが、だからと言ってテンゲルに行ったり、地球に戻ってしまったりしたらなにか厄介なことになりそうな気がしていたからだ。
-もちろん、セレステ本人にではなく、彼に用務があるヒトたちにとって、のことだが。
そろそろナンタリアデの方からなにか動きがあるのでは、と思いながら、ナデントが会談を終えて出てきたら一緒に動くつもりで王宮の庭の東屋でぼうっとしていたら、当りを見回しながら誰かを探していたサラマの文官の一人が、こちらを見て走ってくるのが見えた。
「失礼します。
フェリデリア使節団長、レギス・セレステ閣下とお見受けしますが」
一々聞かなくても明らかにバリアーダ様式ではない出で立ちや、容貌から一目でわかるはずでは…
と思ったが、王宮の、外交のプロトコルというのがあるだろうと思い、気を取り直して返答した。
「ああ、そうだが。
何か用か?」
「はい。プライ・マハのお言葉を預かっております。
『貴殿と折り入って話がしたい。
他の用事がないなら、先日のあの部屋に来て欲しい』
との仰せでした」
『げっ』
呑気に時間を潰していたところを、この国で一番気まずい相手からの呼び出しを食らってしまったのだ。
しかも、あの言い方。
なんだか、逢瀬の誘いのような気がして、さらに気まずくなっていた。
…先にいかがわしい冗談をしたのは自分だということを棚に上げておいたセレステだったが、とにかくその言葉を伝えに来た文官は、そのまま自分の前で待機している。
『別の用事がないなら』、いや、『他の用事があっても来るように』とでも言いたげに無言の圧力をかけているようだと、セレステは判断した。
大体、王の代理として来たといっても、あくまでも『代理』なのである。
マハ、すなわち国王からの呼び出しとあらば、よほどの重要な案件でもない限り、王の呼び出しを優先するのが当たり前だ。
だから、国の上層部のごく少数だけが知る秘密であるはずの、マハの正体を知ってしまったという危機感と、呼び出しの文言から感じるいかがわ…不穏さから考えると、このまま逃げ出したくなるのも無理もないことだったが、『王の代理』という肩書の重さが、そうはさせてくれなかった。
「わかった。
幸い、今丞相殿との面会が思ったより早く終わってな。
プライ・マハのお呼び出しに応えられて、なによりだ。
案内を頼めるか?」
緊張しているわりに、舌だけは滑らかに回っていた。
『…私って、こんなキャラだったか?』
確かに、初めてトゥシタに来て、位を授けたばかりだった時期には、『貴族として』振舞う…というか、『お貴族様の演技』をするのでいっぱいだった。
しかし、ビアラ夫人に思いっきりしごかれ…もとい、特訓を受けた成果か、今では自分でも時々驚くぐらい滑らかに『貴族口調』ができて、結構貫禄が付いたような気もしていた。
とにかく、今の自分はフェリデリア国王の代理にして、息子思いの父の立場なのだ。
何があろうと、堂々と立ち向かうしかない。
…とは思ったものの、いざプライ・マハと二人だけで残されると、膝が笑い出した。
『なんでこの国のヒトたちって、こうも自分たちの王様と『どこからどう考えても胡散臭い』外国人を二人だけにするのに、躊躇いがないのかなー!?
やっぱりあれか!?無敵で偉大で素敵な黄金龍さまの前で、私のようなふにゃふにゃふわふわぼそぼそのおっさんなんか、一ひねりで始末できるから?
でもねー!私だって、国王代理だ!
大人しく始末されてたまるか!』
…と、1分240発はありそうな勢いで気持ちをまとめたセレステは、涼しい顔で優雅に挨拶をした。
「プライ・マハ、万歳。
ご機嫌麗しゅうございましょうか」
簾の向こうに、得体の知れない恐怖が、迫っている。
プライ・マハは、先ほどの自分の蛮勇を、悔いていた。
『…なんのつもりで、あの方を呼び込んだのだ、私!?』
いきなり呼び出されたというのに、その顔には一切の緊張も、不安も、不満も見えない。
あまりにも平穏とした態度で、優雅に挨拶しているその姿に、呼び出したこちらがむしろ針のむしろに座る気持ちになっていた。
しかし、もう後戻りはできない。
あの方が、この世界をどうする気なのか、確かめなければならない。
怖くて怖くて、金縛りになり、全身に痺れが来て、ろくに浮くこともできない。
仕方なく、自分の足で床を踏んで、歩いた。
意思だけで上げられていた簾すら、手で上げなければならない。
…ああ、この恐怖の前では、私の力など…
「マハ?大丈夫ですか?
お加減が優れないような…」
先日見たあの時より、マハのウロコの色が、さらにくすんでいた。
今では金色でもない、ほぼ艶のないカッパー…
『いやいやいやいや、その話はもういい!』
ウロコの色と言い、その不思議な力を使ってないことといい、これは並大抵のことではなかった。
「そんなことは、どうでもいい。
朕はそちに、聞かねばならないこと…」
‐ バタン
そのまま、気を失って倒れ込むプライ・マハ。
「ぎゃー」
悲鳴が噴き出るのを、辛うじて両手で自分の口を防ぎ、止めた。
外国の使節団長と、国王が二人だけで残された部屋の中で、体調を崩していた国王が、突然倒れた。
…生憎、その国王はいつも皆の前に姿を見せていなかったので、普段の容態は知らされていない。
つまり…
『暗殺を企んだと疑われてもおかしくないーーー!!!!
これか?私を始末するために?暗殺未遂の濡れ衣を着せようと!?
いや、それにしてはこれ…本当にやばそうだけど?
普通、そこまでする?王自ら身を張るか普通?』
完全にパニックに陥って、まったく考えがまとまらないセレステの耳に、野太い声が響いた。
「マイロード、どうか落ち着きを」
「ふんがー!」
また噴き出る悲鳴をかろうじて抑え込みながら、声がしたほうを振り向くと、左肩に一羽の小鳥が乗っていた。
「タルタルソースサラ!」
「…ダルカルヌピカです。
マイロード。一旦深呼吸をして、落ち着いてください」
「いや今そんな場合では…」
「急がば回れ。
というじゃないですか」
『この5次元存在は、どこでそんな言葉を覚えたんだろう?』
と不思議に思いながらも、セレステは一旦言われた通り、深呼吸をした。
「ひっ、ひっ、ふー
ひっ、ひっ、ふー」
…なんだか、おかしい深呼吸だったが。
「落ち着きましたか?」
「あ、ああ…
でもこれ、どうしたんだ?
あの人、なんで急に倒れた?
言っておくけど、私何もしてないよ?」
「わかっております。
私の一部は、いつもマイロードの傍にいますから」
通訳チートのためについていなければならないから、納得はできる。
「あ…うん、そうだな。
じゃ、このヒトがなんで倒れたか、わかるか?」
「いえ、そこまでは」
「…だよな。
君たちだってそこまで万能なわけ…
でもどうしよう?
このままここにいては、暗殺未遂とか、私が危害を与えたとかの濡れ衣を着せられ…」
と言い淀んで、またパニックに陥る寸前だったその瞬間。
「お逃げください」
「…はい?」
突拍子もないことを、ダルカルヌピカが言ってきた。
「いや、そうしたいのはやまやまだけど!
今私が逃げたら、国際問題になるよ!
ラシオンたちに迷惑をかける!」
「そうならないように、逃げて時間を稼ぐ必要があります」
「時間を稼げって言ったって…!
えっ?」
「あるじゃないですか。時間稼げぎにうってつけの場所が」
確かに、あるにはある。
これまでも、しきりに時間を稼いできた、あの場所が。
いや、場所というか、惑星が。
「…地球に逃げろって?」
「はい。
あの人も連れて」
「君それ、正気で言っているの?
万が一暗殺未遂の疑いは晴れても、今度は拉致犯確定だよ!」
自分の家臣が、小鳥の姿をしているから脳みそも小鳥レベルなのかと、その正気を疑っているセレステだったは、ダルカルヌピカはそんなことなど気にせず、話し続けた。
「いいですか。
マイロードは、あの人を連れて、地球に逃げてください。
あそこでなら、2~3日は稼げるでしょう」
「いや、計算上ではそうなるけど」
「その間は、私が対処します。
マイロードもプライ・マハも、対話に熱中して邪魔されたくないから誰も入るな。
ということにしておきますから」
「できるの?そんなこと?」
自信満々にそういうダルカルヌピカだったが、セレステはその小鳥の姿が頼りなく感じられ、つい聞いてみた。
「まったく、心配するなって。
マイロードは、私たちのこと、信用しないの?」
「えっ」
どこかで聞いたような、おかしい声で、おかしい口調で答えるダルカルヌピカに、セレステは当惑を感じた。
「なにそれ」
「何って。
そちの声と話し方ではないか」
今度は、誰の声なのかはっきりわかった。
「プライ・マハ?」
「そうです。
お二人の声を真似て、二人が部屋の中で話し合っているように装うなど、造作もありません。
プライ・マハは普段、臣下の前に姿を見せないから、部屋から出たくないと言っておけば無理やり入ってくる者などいないはずです」
「まて。
じゃ、さっきの変な声が、私?」
「はい。
普通、自分の声を自分で聞くことはありませんから、おかしいと感じられるのはごく自然なことです」
「いや、でも…」
「とにかく、今はそんなことで時間を費やしている暇はありません。
早く、地球に。
いざとなったら、姉弟たちの応援を呼びます」
「…形勢不利だからって、アリメカリセスに頼んでここを灰にしたりしてはダメだから!」
仕方なく、セレステはいそいそと倒れているプライ・マハに肩を貸して支えながらダルカルヌピカに釘を打った。
「そうならないための逃避勧告です。
お二人がここに残っていたらむしろ邪魔になります。
早くお逃げください」
「いや、なんか任侠映画のノリのようだけどー
とにかくわかった!
何とかしてくれると信じて、トンずらする!
後のことは任せるよ!」
「はっ。お任せを」
このまま逃げてもいいのか。
これじゃ本当に拉致犯になるのでは?
などと思いながらも、セレステは地球行きのゲートを開いて、意識のないプライ・マハを支えたまま、ゲートをくぐって姿を消した。
二人が完全に時空の向こうに行ってしまったのを確認したダルカルヌピカが、ぶつりと言った。
「ご武運を、マイロード。
あなたになら、その子が救えるでしょう」




