八人姉弟
「もちろん金に変換するのは自重しております。
経済を滅茶苦茶にしたくは…」
「そうかそうか、賢明な判断だな」
『……あれ?』
麒麟、プライ・マハと対話していたセレステは、奇妙な違和感を覚えた。
違和感というか、デジャ・パルレ。
すなわち、この会話をいつかしていたような、そんな気がしたのだ。
「マハ?どうかされましたか?
お顔色がすぐれないような…」
「あ、いや。何でもない。
あまりにも不思議な現象を見て驚いただけ…
というか、そなたに朕の顔色が区別できるか?」
「は、はあ…」
正直にいえば、ついさっきまでは裏打ちをちゃんとしたスターブライトゴールドだったのが、今ではサーフェイサーの上に、ゴールドをそのまま吹いたような、くすんだ金色…
『などと、オタク談義をするわけにはいかない!』
と、自分に言い聞かせながら、セレステはあやふやな言葉でその場を凌ごうとした。
「はい。少し…鱗の輝きがくすんだような気がしまして…」
「そうか…
実のところ、少し気分が悪くなったのでな。
こちらから呼び出しておいて誠にすまぬが、今日は下がっていただけるか?」
「あ、いえ。お気になさらず。
では、私は下がらせていただきましょう」
ちょうど二人だけでいるのは気まずいと思っていたセレステは、この機会を逃さず、逃げることにした。
「うむ。日を改めてまた話し合おう」
「是非とも」
そそくさとセレステが部屋から逃げ…退室した後、長椅子から立ち上がって宝座へと戻ろうとしていたプライ・マハは、空に浮く力さえ失って床に崩れ落ち、そのまま倒れ込んで大きく息をついた。
「…死ぬかと思った…
あれは一体、何なのだ!?」
***
「お、お母様!」
いきなり転移させされた謎の野原。
そこの上空に現れた、空を埋め尽くさんばかりの巨大な龍は、彼を冷たく叱った。
「お黙りなさい!
お前という子は、いつになったら一人前になるのです?
とんでもないことをしてくれましたね!」
プライ・マハは、どうしてこんなことになったのか理解できなかった。
「そのお方、母のマイロードに無礼を働いた挙句、言ってはならない秘密までー」
その時だった。
「ラガネマパイサ」
透明な巨龍の上の空に、彼女(?)より一回りは大きい、六枚の翼と一対の巨大な角は認知できるが、それ以外は名状し難い何かが現れた。
「アリメカリセスお姉様!」
「あの子、処分した方がいいんじゃなくて?」
聖なる麒麟にして、偉大なる王家の正当なる王をして、まるで無価値な虫でも見ているようなこの発言。
ましてや、母の姉が言ったのだ。
それを聞いたプライ・マハは、自分の存在そのものが揺れる衝撃を感じた。
「はああ…それがいいかも。
せっかく、マイロードに会えるかもしれない機会だったのに、それを台無しに!」
*いや〜わんぱくの子供だから、そんなミスぐらい許してやってもな〜*
「ヤルデマラセナ!あなたも甘すぎるわ!
あの子も、一千年も生きてたら物心ぐらいついてくれればいいじゃない。
私、あの子を育てる時どこで何を誤ったのかしら」
&あら、お姉ちゃんだってドジっ子のくせに。クスクス&
$でも、私たち八姉弟総出で収拾しなければならない悪戯というのは、どうかな?$
◾️全くだ。マガ姉ェには、子育てにもう少し…◾️
「お、叔母様方、叔父様方?」
あれのせいで、あの八人の至高の存在が、総出だと?
『こいつは、一体何者だ?』
そう思って横にいたセレステを見たプライ・マハは、言葉を失ってしまった。
「な…」
そこにいるセレステは、空を見上げるまま固まって、微動だにせずにいた。
目は見開いて、口は大きく開けたまま。
母上――ラガネマパイサを見て驚いたその瞬間に、そのまま停止したかのように。
「これはどういう…」
「お前が、余計なことを言うからです。
私たち8人全員で対処しなければならなくなったじゃないですか」
「お母様?」
*危うく、この世界を終了するところだったよ?
あ〜あ。リセマラなんか、しんどくてやったもんじゃないのに*
「叔父様?」
☆そうだな。時が来る前に、マイロードが事実を知ってしまったら…おお、怖い怖い☆
「ろ、ロード?これがあの!?」
「これ?
ラガマダ、本当に処分されたいみたいですね?」
「ひいっ!」
最年長の叔母、アリメカリセスは、普段はあまり怒らない落ち着いた性格だ。
怒って怒鳴ったりするのは、主に弟のヤルデマラセナ叔父と絡んだ時ぐらい。
しかし、彼女が本当に怒った時は、反って落ち着いて静かになる。
そう、まさに今の彼女のように。
そんな彼女の怒りの前では、天候をも操る力を持ち、一千年余りもの間、王として君臨してきた彼だって、怯える子供以上の何者でもない。
&うーん、本当に知らなかったみたいだし。
アリメお姉ちゃん、今回に限って、許してやってもいいんじゃない?
そもそもマイロードのこと、ちゃんと教えていなかったマガネお姉ちゃんに、落ち度があるのよ?&
「ゲッ、そ、それは…」
この世界でただ一つ、純血のミールの血筋を継いでいる、栄光のバリアーダ王家。
その実は、ラガネマパイサが産み落とすーーというか、出現させた子同士が代替わりをしているので、代々王家は一人のマハだけで構成されていて、全てのマハの母であるラガネマパイサは「聖母龍」と呼ばれて、敬われている。
そんな聖母龍が、姉弟たちの前ではあんなあられもない…
「そ、そうだよね。確かに私がミスしたかも。
アリメカリセスお姉様、今回ばかりは、許してくださいませんか?」
「…作り直すのが面倒くさいから適当に謝っておこうとするんですね?」
「ギャフン!
い、いや、決してそんなことでは…」
姉弟でコントでもやっているような雰囲気だが、下で聞いているラガマダーープライ・マハとしては、笑うどころか、生きた心地がしない。
いや、実際、あの8人の気まぐれで自分の存在なんか、いつこの世から消し去られてもおかしくない。自分の位置に全く違うミールが入れ替わっても、世界は全然気づかないまま、『元よりそうだったように』思うようになる。
偉大なる麒麟、黄金の竜プライ・マハがそう恐れ慄いている時のことだった。
「マイプロビデンス!?
はい。
あ…承知いたしました。
マイプロビデンスの仰せのままに」
「ああ、マイプロビデンス!
お尻ぺんぺんで済ませてくださるとはなんと寛大な!
ありがたき幸せ!恐悦至極にございます!」
*うわ、引くわ〜
あ、マイプロビデンス、そんなことでは〜
ぎゃああ〜お許しを〜*
&いいな〜マガネお姉ちゃん。
うらやましい〜
あたしも何かやっちゃおうかな〜&
自分には何も聴こえていないのに、母と七人の叔母叔父は誰かと結構楽しそうに騒いでいる。
自分の認知を超えた何かが、そこに降臨しているのかと思い、プライ・マハは心の奥から恐怖を感じたが、どうやら許されたらしいということだけは、はっきり伝わってきた。
「オホン。
子よ、そういうことです。
今回は運良く、寛大なマイプロビデンスに許していただけました。
でも、二度目はありません。
肝に銘じておくように」
何か態度を改めた聖母竜が、厳粛にそう宣言した。
助かった。
それが、プライ・マハがやっと覚えた感情だった。
*お尻ぺんぺんで悦ぶ変態女が何をカッコつけるのかな〜*
「ヤルデマラセナ、静かにしなさい。
我らが甥、ラガマダ。いいんですか?
今回ばかりは、マイプロビデンスの命令で、あなたを許します。
今後、マイロードに無礼を働いてはなりません。
だからと言って、マイロードに余計なことを言っても、なりません。
あなたのせいで、この世界をやり直すハメにならないように。
わかりましたか?」
「ぎょ…御意!」
マハである彼の口から出るはずのないその言葉が、あまりにも自然に、即座に、飛び出してきた。
「では、時間を巻き戻します。
ヘマしないように、しっかりなさい」
聖母竜の宣言と共に、目の前の空間が、急激に一点に収斂されていき、無に帰るのが見えたー
***
「…経済を滅茶苦茶にしたくは…」
この時点に巻き戻されたのか。
プライ・マハが意識を取り戻した瞬間は、警告された『余計なこと』を口にする寸前だった。
今にでも発狂し出しそうな気持ちをかろうじて踏みとどまり、ありったけの理性を振り絞って、やっとまともに答えることができた。
「そうかそうか、賢明な判断だな」
非の打つところのない、無難な答えができたと安堵しているところだった。
セレステが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。
『何か、間違っていたか?』
と、緊張していたら、セレステが聞いてきた。
「マハ?どうかされましたか?
お顔色がすぐれないような…」
時間が巻き戻されても、記憶と気持ちが顔に出ていたみたいだった。
***
「ただいま〜」
「あ?案外早かったな?」
セレステが使節団の待機していた大広間に戻って来たところ、使節団がそれぞれの行事のために移動した後、特にやることもなく残って本を読んでいたノルガーがそこにいた。
「ああ。
私の能力に興味をお持ちのようで試演してお見せしていたわけだがー
急にお顔が優れなくなってな。
気分が悪いっておっしゃっていたんで、そのまま引き上げたよ」
「また何かやらかした!?」
「やってないよ!
腹でも壊されたんだろう!」
そんなことあるか、といいたそうなジト目でセレステを睨みながら、ノルガーがセレステに聞いた。
「試演って、何を?」
「まあ、勝手にいじってもいいものが、生憎ハンカチしかなかったんでな。
これを大きくしたり、小さくしたり、コットンからシルクに変えたり…
あ、これやるか?シルクハンカチ」
「別にいいけど…」
「あ。
この金のハンカチはどうだ?」
ポケットに手を入れたら触った感触で、ハンカチを金に変えてみせたことを思い出して、それをノルガーに見せながらセレステがいった。
「いや、そんなものいら…
って、プライ・マハの前でこれやった?」
「ああ。でも経済に悪影響を与えたくないから、自重するって…」
「当たり前だよ!
ああもう、やらかしたじゃないか!
うちの国で金を量産していると誤解されたりしたらどうする!?」
「そんなことしたらインフレ確定だろうが!誰がやるか!」
堂々とそう反論するセレステに、呆れてしまったノルガーが、指で眉間を押さえつけながら呟いた。
「いんふれがなんなのかはわからないけどな…
親父ぃ…頼むから、こんなことは他人の前でやるなよ。
それでなくても利権の塊がヒトの皮を被って歩いていると言われているくせに…」
「うわ、酷い言われ方。
ヒトをなんだと思っているのかね。プンプン」
「いや、電気公社のことで財務と商工を争わせたのはもう国中に噂になっているし…
地方領主たちから、自領の産業の件で相談の申し出が後を断たないと聞いたけど?
自動車の件は、他人に渡す気は当分はないと言ったな?
親父お抱えの料理人とパティシエで、何か企てているみたいだし…
また何か新技術の開発にも投資するとなると、その利権に関わろうと飛びつく連中が…今回の巡訪で、国際化するかもな?」
「そう…かもな?」
「だから、少しは自重するってんだよ。
まあ、並大抵の奴らにやられる親父でもないけどな。
それでも守ってあげたいぼくたちにとっては、心配になるんだよ」
「ノルガー…」
息子のその率直な気持ちに感動した…のか
「こいつぅぅ!かわいいこと言いやがって!」
ノルガーにヘッドロックをかまして脇に抱え込むと、空いた手でその頭をわしゃわしゃと力任せに掻き回した。
「わーやめろ!恥ずかしさを紛らわそうとこんなことするな!」
「お前こそ!なんでゴロゴロ喉を鳴らしてんだ!」




