限りなく透明に近い蒼
「ドナドナドーナードーナー」
「?何かおっしゃいマシタ?」
「いえ」
使者に案内され、プライ・マハの休憩室へと、重い足取りで進んでいた。
先ほど、プライ・マハの呼び出しを伝えに来たカンタトラ長官は、同行した使者だけを残して、そのままナデント、ムアの両名との外務担当者同士の会議に入ってしまった。
誰か同行してくれないかなと、うるっとした目で周りを見回したが…
「さあ?お呼び立てもされていないのに勝手についていくのも、ですね?
そして私は、この国の夫人方と懇親会がありまして。
先に失礼しますわよ」
同行を申し出てみる前に、あっさり切り捨てられた。
「殺しやしないだろう。
行って来いよ、親父」
流石にオディーリネに頼むのは色々とまずいことではあった。
だけど、まさかのノルガーにまで断られるとは。
セレステはがっかりしていた。
「お前、親衛隊長だろう?守ってくれるのでは?」
「兄上の親衛隊だよ。
そして、オディーリネ殿下のおっしゃる通り、親父一人だけを指名したじゃないか」
「くそぉぉ。
こうなりや、ハーヤ・ナクマでも呼んできて…」
とんでもないことを言い出すセレステをノルガーが止めた。
「それ国際問題!
そしてだ、先ほどぼくたち全員、威圧感を感じていた時には平然としていたくせによ。
今更何をそんなに怖気づいている?」
「いや、私一人だけ指名呼び出しってのがな…
なんか、堂々としすぎてむしろ惚れた?
『朕の前でそのような態度を取ったのは、そちが初めてじゃ』とか」
「…何考えているのか聞きたくもないから、やめろ。気色悪い。
そんなことあるか!
それに、使者殿が待っているだろうが。
相手の王様をあまり待たせないでよ。それだって外交問題になるよ」
「分かったよ、薄情息子め。
この身を投げ出して、お前たちの国のためになるなら〜よよよ」
「…だから、いい歳のおっさんが生娘の真似などやめて!」
…セレステを案内しに来ている使者が、フェリデリア語がわからないようで幸いだと思うノルガーだった。
「こちらヘ」
かれこれあって、使者の後を追って辿り着いた所には、先の朝礼の間ほどではなくても、これまた荘重で、華麗な浮き彫りが施されている扉があった。
「フェリデリア王父卿ヲ、お連れイタシマシタ」
「入レ」
侍従…いや、ここでは近侍と呼ぶべきかも。
とにかく、扉の両側に立っていた二人が、それぞれ扉を開いてくれた。
朝礼の間にも、近侍がいたんだろうけど、あれは内側で開いてくれたようだ。
…ということは…
「大義でアッタ。侍郎はもう下がってヨイ。
二人だけで話がしタイ」
絨毯の敷かれた室内に、アジア風の長椅子と卓子。
どこからか、お香の匂いがする。
そして、その奥、また簾の下ろされた奥から、プライ・マハの声が聞こえた。
「御意」
『いや、置いてかないでぇぇぇー!』
そんなセレステの心の叫びも虚しく、セレステを連れてきた使者、ここでは侍郎という官職の者は、後ろ歩きで部屋から出た。
– バタン
後ろから扉が閉まる音がし、部屋の中にはセレステとプライ・マハ、二人だけが残された。
『心配してた通り…というか、警護は!?
私なんか、警戒するに足らないと考えた?いや、実際そうだけど。
ということは、プライ・マハはそれなりの武力を…?』
そんな考えをしていた時、プライ・マハがまた言い出した。
「そんなところで何をしておる?
近うよれ。とりあえずは座って話そうではないか」
確かに、突っ立ったままでいるのもおかしい。
プライ・マハの許しも降りたわけだし、とりあえず座ることにした。
「では、お言葉に甘えて…」
と答えながら長椅子のシルククッションの上に腰をかけた瞬間、セレステは違和感を覚えた。
「プライ・マハ。
今、フェリデリア語でおっしゃいましたか?」
「ああ、そうだ。
驚くこともないだろう?そちもバリアーダ語でペラペラ話していただろうが」
微妙に、話し方も変わっている。
そう感じた瞬間のことだった。
– シャララン
簾が巻き上がる音がする。
しかし、簾の前には誰もいなかった。
それと同時に、プライ・マハが立ち上がって、こちらにくるのが見えた。
それを見たセレステも、思わず椅子から立ち上がった。
アジア風のゆったりとしていて、華麗な金糸の刺繍が施された、優雅な…あれは、袍か?
そんなゆったりとした衣装を着て歩いているのに、布の擦れる音一つしない。
武芸の達人の場合、そんな芸当ができると聞いた覚えもあるが、これはそんな類ではない。
プライ・マハは、歩いてなどいなかった。
空に浮いたまま、ゆっくりとこちらに浮遊して来ていた。
「これは…」
その顔を見た瞬間、セレステは全てを理解してしまった。
目の前のこの存在が、なぜこの国の支配者として君臨しているのか。
そして、自分以外のみんなが感じたという威圧感は、一体なんだったのか。
『そりゃ、そうなるわな…』
空に浮いたまま、こちらに来ている美丈夫…
彼の頭は、金色の鱗で覆われた『龍』の頭をしていた。
彼は黄龍、すなわち、『麒麟』だったのだ。
麒麟と言えば、全ての龍の頂点に立つ存在で、その色は中央の王権を象徴する黄、すなわち金。
聖人が世に現れる時、世界中を飛び回ってそれを報じる存在で、生きとし生ける全てのものを害しないよう、草をも踏まないように空を走る聖獣なのだ。
龍の頂点と言えば、爬虫類であるラプティの頂点に君臨するのが、当たり前だろう。
そんなことを考えながら、自分をまじまじと見つめているセレステを見て、麒麟ーープライ・マハは面白いと言いたそうな表情でセレステに聞いた。
「朕の素顔を見ても、驚かぬか?」
それを聞いたセレステが、ハッと我に帰って慌てて答えた。
「これはとんだご無礼を仕りました。
頭が高かったこと、何卒ご容赦を」
「いや…それは構わぬ。
五月蝿い連中もいないし…
正直、朕の前でそのような態度を取ったのは、そちが初めてじゃ。
面白いな」
『出たー!』
プライ・マハがあの定番セリフを口にした瞬間。
思わず胸元を正すセレステを見て、黄金の龍は怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうした?」
「え、あ、いや、つい…
なんでもございません」
いかがわしいことをされるかと心配したと、口が裂けても言えるものか。
「それでですが…
どのようなご用件でしょうか?」
「とりあえずは、座らぬか?
立ったままで話す気はないだろう」
空に浮いていたプライ・マハが、そのまま長椅子に腰をかけ、座るようにと勧めた。
それまで自分が立ち上がったことも気づいていなかったセレステも、勧められたまま長椅子に再び腰をかけた。
「噂に聞いた話だがな。
そちは、超常の力を思うがままに振る舞えると。
誠か?」
どうやら、セレステの噂を聞いて興味を持つようになったみたいだった。
「超常の力と仰いましても…
少し、ゲートを開いて空間転移ができるぐらいです。
地球とトゥシタとの時空転移もできますが。
それに、生き物ではない物質を複製することができるぐらいで…
ああ、そのついでに形質を変えることもできますね。
模型を、実物に変えることも出来ますが…
ちょっとおかしい手品のような力にすぎません。
超常などと…プライ・マハ?」
プライ・マハの見開いた目がだんだん大きくなるのに気づいたセレステが、心配そうに聞いた。
「そち…妄言はほどほどにするが良い。
それは、法術を司る朕にとっても、到底不可能な領域のことだ。
それを…手品ぁぁぁぁ?
ふざけるなぁ!ああ、むかつく!」
「え、ぷ、プライ・マハ?」
「マハでいい!
でなければ、そなたの方式で、陛下と呼んでも可!
とにかくだ、それだけの摩訶不思議の力を振る舞えるくせに、手品?
悪い冗談にも程があるよ!」
なんか、いきなり砕けた言い方になったプライ・マハに、流石のセレステも困惑してしまった。
「……ああ、すまん。
あまりにもとんでもない話を聞いてな、ちょっと乱れたところを見せてしまった。
こうなった以上、マハ様言葉はやめよう。
ヒト払いをしておいてよかったな」
「は、はあ…」
「とにかくだ。
そなたのその、力を、拝見させてもらえるか?」
「もちろんでございます。
何か試演に使ってもいいものは…」
何かいいものはないか探していたセレステは、自分のポケットの中にあるハンカチを思い出した。
「これがいいですな。自分のものなわけで。
で、ここに普通のハンカチ…
手ぬぐいがあります」
「ふむ」
「これが、『複製』できるわけで」
と言いながら5枚になったハンカチを見せると、プライ・マハはまた驚愕で目を見開いて、食い入るようにそれを見つめていた。
その姿が、セレステにはまるで手品のトリックを明かそうと集中しているように見えた。
「形質変換で大きくできますし…
あ、大きくなったのを元通りにはできません。
コットンからシルクに…もできますし。
最初は大きさぐらいしか変換できないだろうと思っていましたけど…
材質も変換できるようになっていましたね。
この間、金のネックレスに変換できたのも…
あ、このハンカチも金に…なりました。はい
もちろん金に変換するのは自重しております。
経済を滅茶苦茶にしたくは…」
「…それは当たり前だろうが…」
押し殺したようなプライ・マハの声に、セレステは何かおかしいと感じた。
「はい…そうですね?」
「それよりだ。
そなた、その力をどこで手に入れた?」
まさか、このマハさま、この力を欲するのか?
そう思ったセレステは、言葉を選びながら、恐る恐る答えた。
「それが…自分でも存じません。
地球からこちらの世界に往来できるようになってから、自分でも何がどうなったのか気づかないまま、力だけが発現して…」
「ありえない」
「はい?」
「ありえないことだ。
そなた、それがどのような力か、わかっているのか?」
「…いいえ」
セレステとしても、できればこれが何の力なのか、知りたいところだ。
「それはな、『**』の力だ」
「はい?」
何か、フィルターでもかかったように、プライ・マハの言葉の一部が、ぼやけて聞こえる。
「『**』の力と言ったのだ。
それは決して、ヒトなどが手にしていい力では…」
– 子よ、そこまでです。
プライ・マハが何か言おうとした瞬間、虚空から女性の声が聞こえた。
「え、なに?」
声が聞こえた次の瞬間。
部屋の風景が、ガラリと変わった。
蒼く広闊な空と、見渡す限りの花畑…
「え、テンゲル?
…いや、違う?」
「お、お母様!」
いきなり変わってしまった風景に当惑していたセレステは、突拍子もないプライ・マハの発言にギョッとして、彼が空を見上げているのを見て自分も上を見た。
「え?」
そこには、空によく似た蒼い色…
いや、透明で空が透けて見える、空を埋め尽くさんばかりに巨大な『龍』が、上空に浮いていた。




